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きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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都電の軌陸車 〜人知れず動く深夜の主役

2020年7月1日というのは、世界史に残るネガティブな日になった。
香港に中共の国家安全維持法が適用された。6月28日に上程、30日に全会一致で可決、そして7月1日施行というこの過程だけでも、香港の民主主義が崩壊したことが如実に分かる。英中共同声明により、1997年から50年間維持されるはずだった1国2制度は、香港返還の記念日であるこの日に当て付けるかのように、23年にして反故にされた。

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これが産経新聞の7月1日付1面トップである。
以前、新聞がスミベタ白抜きの見出しを出すときは悪いニュースだと書いたことがあった。にしても、こんな巨大なスミベタ白抜きは見たことがない。産経は、この出来事を簡潔な見出しにまとめることができなかったのだろう。「香港は死んだ」以下、行間からにじみ出てくるのは、中共の横暴さと、己の無力さへの怒り。それは私も全く同じだ。
この法律は香港のために用意されたものではなく、本土にある既存のものを適用する。内容は各自調べていただければ良いが、最も怖いのは、その運用が中共の匙加減でどうとでもなるところだ。疫病で世界が麻痺状態のときにこれを行ったことにも闇を感じる。はじめから狙ってたんじゃないかと陰謀論が湧いてきても不思議ではない。いずれにしろ、香港は中国の一地方都市に成り下がってしまった。少なくともしばらくの間は。

私が香港を訪れたのはまだ英国領の頃。中国に返還されたら将来は暗いから、今のうちに見ておこうぜという父の提案による家族旅行だった。私は私で、当時から50年の約束を中共が守るわけがないとは思っていたのだが、思った以上に早く、しかもえげつなかった。所詮、あの人達にとっての約束なんざこんなもんだ。

今後、世界はどうするのか。このままでいいわけがない。といって「約束を守ってくださいよ」と西側が言っても聞くわけがない中共なら、残念ながら穏便にはいくまい。民主活動家は、活動を続けるためにも、不本意でも一時香港を離れる選択があっていいと思う。周庭さんなんかは日本語が話せるし、日本に拠点を置いてもいいのではないか。他人事ではないと世界の多くの人が共通認識を持つことが大事だ。

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さて今日は都電軌陸車のお話をしましょうか。このネタは以前もしたので、こちら→(深夜、線路をトラックが走る〜軌陸車の活躍)も併せてご覧くださいね。
このときは他社からレンタルした軌陸車2台が作業している様子を撮影したのだが、交通局も専用のものを所有している。それがこの黄色いトラックである。これは、荒川車庫で時折行われるイベントで展示されたときのものだが、昨今はすっかりお子様向けイベントへと変貌して足も遠のいた('A`) この写真も2年ほど前のものになるが、裏方車両に子供は興味がなく、なんだか寂しげに佇むこの車両が妙に愛おしく感じたものだった。

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軌陸車の特徴はこれ、鉄道用鉄車輪を装備していることだ。これを使って踏切などから線路に進入し、レール上を走りながら保線や架線のメンテナンスなどを行う。当然、活躍するのは終電後の深夜ということになる。

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(新庚申塚〜庚申塚間)

具体的にはこんな感じだ。個人的な話になるが、私は以前この辺りの線路沿いにあるアパートに住んでおり、深夜、こうした車両が動いているのを眺めるのが楽しみだった。そういえば大雪が降った晩、スノープラウを付けた6152号車がラッセル車として動いたのもこのアパートから見た。写真を撮らなかったのが返す返すも悔やまれる。

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(巣鴨神田〜大塚駅前)

現在の都電荒川線は、かつて都内を縦横無尽に走っていた都電とはいろんな意味で違っており、かつての都電らしい景色を求めようとしても、そんなものはない('A`) そんなものがないのが存続した理由なのだからまあ仕方ないのだが、ここなんかは、かつての都電の当たり前の雰囲気がわずかばかり残っているところ。本当にちょこっとなので、通常の電車を入れようとするとアラが出てしまう。軌陸車だから撮れた写真だ。

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(大塚駅前〜向原)

終電が終わった深夜ながら、大塚駅南口の広場には人が絶えない(撮影は2年前です念のため)。架線のメンテをするのだから当然通電しておらず、踏切の遮断機なども動かないので、歩行者が優先となり軌陸車は歩行者が通り過ぎるのを待って動く。こういう感じも裏方っぽくていいよね。
なお、撮影時は当然のように飲み会の帰りであり(しつこいですが2年前)、千鳥足かと思わせながらフットワークは意外と軽く、動画とスチルを撮り分けながら、車を追いかけたり先回りしたりしていた。作業してる人にすればさぞうざかったことだろう。

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(向原〜東池袋四丁目)

これ以上ついていくと自宅が遠くなるし、不審者丸出しなのでここで見送ることにした。深夜の軌陸車の活躍ぶりはなかなか捉えられないものなので、酔っ払いながらもそこそこ綺麗に撮影できてよかった♪



こちらがまとめ動画です。つべの登録者1000人到達記念動画ですが、内容はいつも以上に地味 |∀・) エンディングをキハ52からキハ22に変えました。昭和の北海道のどっかの風景っぽく見えたらいいかなと多少エフェクトをかけています。(イノテツ)
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| 都電・路面電車 | 23:48 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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変わりゆく御茶ノ水駅周辺 〜姿を現した都電遺構

チャドクガにやられちまったよぉ・゚・(つД`)・゚・
緊急事態宣言が解除され、県境を超えてもまあいいよという雰囲気になったので実家に帰り、荒れてきていた庭の手入れをしていたのだった。体が弱いので無理はせず、草むしりと芝刈りだけにしとくつもりだったが、椿の木に毛虫がたかっているのを見つけてしまったのだった。チャドクガの幼虫である。
田舎暮らしが長かったので奴らには何度かやられており、刺されるとどうなるのかは知っている。なので今回は気を付けて慎重に枝ごと落とし、毛虫に触れないように片付けた。
でもダメだった('A`)
毛虫に刺されるとどうなるかを画像で示すとこうである。

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(グロ画像注意、クリックすると拡大します。)

まあ私自身が体を張ってモデルを務めたわけだが、実際に刺された箇所だけでなく、毒は徐々に周囲に拡がっていき、激しい湿疹で実にキモい様相を呈する。それでなくてもマスクで暑苦しいご時世に半袖が着られなくなった。しかも、完治するのに通常2週間ほどかかる。勘弁してくれよもう('A`)
どうしてこうなったかというと、直接刺されはしなくても、椿の葉っぱや枝がすでに毛虫の毒毛まみれだったということだ。奴らの毒毛は極めて抜けやすく、風が吹くだけで飛散し、毒を被ってしまう。
まあ、半袖で作業をしていたのが浅はかだった。画像を見れば分かる通り(見なくてもいいけどw)、軍手をしていた手は概ね無事だった。
チャドクガは卵から成虫、そして死骸に至るまでずっと毒を持っているのがタチの悪いところで、駆除するにも注意を要する。殺虫剤や農薬を使いたくない場合には完全防護の上で枝を落とし、枝ごと火をつけて焼くといいみたいね。熱で毒も消えるそうだ。ていうか熱以外では解毒できないらしい。まあ田舎ですら庭で煙を立ててると通報されちゃうようなせせこましい世相でもあり、といって毛虫がついたまま燃えるゴミの日に出すわけにもいかんわけで、実に悩ましい夏の虫である。

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緊急事態宣言下のJR御茶ノ水駅前である。週末の昼下がりにしてほぼ無人(一人だけ写り込んでるけど)。静まり返った街に紺碧の空が美しく広がり、それが逆に不気味ですらある(PLフィルタを使ったのは秘密だw)。強制力のない要請だけでこれを成し遂げる日本人はすげえやと、私はこの光景を感慨深く眺めていた。
そもそも緊急事態宣言は三密(集緊閉・しゅうきんぺい)を避けることが目的で発出された(一部ネタを含む)。私はもともとリモートワークをしてきたし、大人数でウェーイとかやる習慣もないので、誰よりもお上の方針を守ってる自信があるぞとの自負の上で、ガラガラの丸の内線に乗ったのだった。そう、誰も乗ってなくても電車は通常ダイヤで動いていたわけだ。大損だったろうな東京メトロ。

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で、なんでそんな時期に御茶ノ水に足を運んだのかというと、これを見るためだった。錆びたレールを護る美しい敷石。廃止直後にも見える路面電車の線路。お茶の水橋改修工事に伴い、都電錦町線の遺構が姿を現したのだ。これは不要不急ぢゃねえだろ絶対 |∀・)

錦町線路線図

錦町線は戦時中にそれこそ不要不急路線として休止になり、戦後間もなく正式に廃止された路線だ。なので、この線の現役時代をリアルタイムで知っている人はすでに少ないはずだ。なお私は三ノ輪橋〜早稲田間しか知らないナウなヤングであり、資料をあさって咀嚼し、この概略図を作るのはなかなか大変だったんだじぇと主張しておく |∀・)

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もっともこの件は日本で武漢肺炎の蔓延が拡がる以前の1月には知られていた。当ブログのメンバー3人で会う前に撮った写真がこれである。多くのファンが知っているのがこの状況だと思う(まだ人通りがある)。まあ私は数日遅れたために、手前のレールはすでに撤去されてしまっている。

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おかげで見えたのがレールの断面だ。注目なのが左側のレールで、現在の都電では使われていない溝付きレールになっている。これは珍しい。当時の線路は急カーブで外堀通りに入っていたため、脱線防止のために採用されたのだろう。現在の都電ではこういう場合、補助レールを別に敷いている。この写真だけだと分かりづらいと思うので、最後の動画を見てね。しけた3D画像を使って図示しときました |∀・)

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なんだかんだでこのネタのために3回足を運んだのだけど、その間に聖橋口の長年親しんだ駅舎が閉鎖された。これもまたいかにも昭和中期風のつまんねえ駅舎ではあったが、なくなるとなれば寂しいものだ。この駅舎は取り壊されて、駅前広場として整備されることになる。現在は、お茶の水橋寄りに仮駅舎ができており、しばらくはこれを使用することになる。

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駅舎と同時に、この時代がかった跨線橋も閉鎖された。奥からは人工地盤の建設が進んできており、聖橋口の新駅舎は、ちょうどこの跨線橋のあたりに建てられることになる。昨今は新駅舎が建つと従来よりへぼくなることが多くて萎えるが、ここの場合はもともとへぼかったので、新駅舎を楽しみにできる。



で、こちらのまとめ動画、これまでになく図版を多用した力作ながら、話題性で後塵を拝し、全く伸びません('A`) とはいえ登録者数が1000人を越え、広告を付けられるいっぱしのチャンネルとして認められるようになったようなので、記念動画を作ろうというところです。まあ悩みは、時節柄新ネタがないことですが('A`) (イノテツ)

| 都会の鉄道 | 15:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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静かな春の京成金町線 〜柴又帝釈天・葛西神社

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魚卵の煮付けが大好物です♪
煮付けにする魚卵といえばタラコが一般的で、冬場には、魚介系の得意なスーパーでなら時折見つけることができるでしょう。このいわゆる生タラコは見た目がグロいので手が出ないなんていう人もいるかもしれませんが、安価に手に入るので是非挑戦してみてください。マジ美味いですよ。
で、上の画像は左がサワラ、右がブリの魚卵になります。そう、春もまた魚卵のシーズンってことなんですね。サワラは、漢字で書くと「鰆」。スケール感がいまいち分かりづらいと思うので、調理したものを見てみてください。

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これはサワラの方を煮付けたもの。一人鍋用の土鍋が満ちるくらいの量になります。サワラは安い魚で、そういえば父が死の床についたとき、病院食で食ってたのがサワラの焼き魚だったっけ。その魚卵についてはあまり顧みられないものだそうで、確かに私が買ったときも100円(税別)でした。
でもその味ったらタラコをも凌ぐんじゃねってほどの素晴らしいもの。レア物にして安物のサワラの魚卵、またねえかなと店に通っても、幻だったかのようにもう二度と見ませんね('A`)

調理法はいたって簡単です。水と醤油・酒・みりんをテキトーに調合した煮汁を沸かし、昆布と刻み生姜を投入。一口大に輪切りにした魚卵をぶっ込んで10分ほど煮込んで出来上がり。思いのほかばらけることもなく、画像のような「花が咲く」状態となるので食べやすく、酒のつまみとして最高の一品になります。また残った煮汁にはこれでもかとばかりに旨味が出ているので、飯にかけて食うと、必ずや生きてて良かったと思えることでしょう。

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今日はちょっと鉄とは違う話をしましょうか。
鬱に淀んだ私にとって、この疫病の自粛というものは、ある意味心の安らぎでもあった。多くの人が苦しんでいる中、こういうことを言うのは不謹慎ではあるが、私は突如訪れたこの静けさに心身を預け、ゆったり過ごすことができた。世間では自粛疲れとかいわれたが私にとっては大して苦ではなく、むしろこの時間を充電のために使うことができた。
これをもって時代も変わっていく。ある人にとっては受け入れがたいものかもしれないが、今まさに未来への過渡期にあるのだ。過渡期が安穏に過ぎることは叶わず、我々はそれを乗り越えていかなければならない。

週末の柴又駅の静寂。映画『男はつらいよ』シリーズも、大人の御伽噺となって語り継がれていくものなのだろう。
京成金町線に来たのは久しぶりだった。前回は寝台特急北陸と急行能登の最終日。尾久へ引き上げていくのを日暮里で見ていたら赤電のリバイバル塗色が傍を通り過ぎたので、それに誘い込まれたのだ。あの日の金町線は神がかっていて、赤電に新赤電、さらに青電まで加わって、まるで私が京成沿線に住んでいた70年代に戻ったかのようだった。

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平成22(2010)年3月13日撮影

そう、これこれ♪ 70年代の京成といえば、本線すら4両編成の赤電というイメージだった。でもこれはあくまでもリバイバル。往年とはいろいろ違ってしまっている点に突っ込むのは、今回はやめておく。

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あれから10年経ち、金町線の車両はこちら、3500形(右)と3600形になっている。3500形の方が新しっぽい顔に見えるが、これは改造を受けたため。未改造の車両は既に全車引退している。

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平成21(2009)年11月10日撮影

ちなみにこれが原型の3500形。私が幼少期に見た「新車」はこれだった。一見同じように見えるけど、いろいろ違っているから比べてみてね。

10年前と比べて最も変わったのは、起点である京成高砂駅が高架化されたこと。これにより京成高砂〜柴又間の上り線は出入庫線になり、金町線は全線単線となった。中間駅がある都内の路線で全線単線なのはここだけである。

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終点京成金町駅の向かいにはJR金町駅があり、常磐線の高架を潜って北口へ出る。東京の東の果て、ここが私が生まれて初めて住んだ街である。
江戸川へ向けて歩いていくと、土手の間近に葛西神社が鎮座している。私の「生家」は神社から徒歩1分の借家だった。父がそこを借りたのはもう50年前になるが、当時ですら古かったという家が、驚くべきことに現存していた。私が住んでいたのは2歳までなのでリアルタイムの記憶はないが、不思議な懐かしさが胸に満ちた。

さて、多くの人が疑問に思っているであろうことが、自分の産土(うぶすな)神の所在である。一般的に、「生まれたときに近所にあった神社」ということになっている。これが混乱を呼ぶのだ。なぜなら、多くの場合カーチャンは実家へ帰り、ゆかりのないどっかの病院で出産するからだ。
どうやらそうではなく、自分が生をうけた時点で母親が住んでいた場所の近所の神社と考えれば良いようだ。とすれば私の場合は戸籍上の出身地である茨城県水戸市ではなく、金町の借家を基準にすればよい。そうすると、葛西神社以外の産土様は有り得ない。ああ実に分かりやすい謎の解明だった。
ご無沙汰しましたが、20年ぶりくらいでお参りに来ました。

満開を過ぎた桜の花びらがひらひらと舞い、自粛の界隈に時折響くのは江戸川橋梁を行く電車のジョイント音ばかり。幼い私はきっと、それを聴きながら鉄ヲタとしての素地を育んだのだろう('A`)

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疫病に際して、公共交通機関が受けた打撃は甚大だ。三密を防ぐためだといってガラガラの列車を走らせ続けさせられ赤字を垂れ流した。JRや大手ならいざ知らず、中小鉄道会社は苦しいだろう。何とか持ちこたえてほしいのだが…。

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葛西神社境内には恒例だという露店が出ていたが、HPの触れ込みよりずっと少なく、しかも客は皆無だった('A`) そういえば私の現住所である巣鴨でも、ここしばらくは縁日ですら参道は閑散としている。こんなのが続いたら社会が崩壊するわな。
といって、もう以前には戻れない。それはさっき見た京成のリバイバル塗色みたいなもので、いくら以前を懐かしんで似せようと結局フェイクなのだ。誰もが幸せになれる新しい時代を模索していくしかない。
戻るのではなく進むこと。未来は、それをいかに多くの人が意識できるかどうかにかかっている。



といっても過去を捨てろとかは言いませんよ。それでは危ない新興宗教です。そうですね、中島みゆきの「時代」的な感じでいきましょう。もっとも、時代は回っているかに見えても螺旋を描いており、同じところには戻らんのです。
そんなわけでまとめ動画ですが、動画をうpし続けて11年、ついに登録者が1000人に達しました。YouTubeのすべてのチャンネルの中で、登録者が1000人いる比率って思いのほか少ないですからね。皆さんどうもありがとう つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
でもまあ、11年で1000人とか超絶遅っw ていうのも事実ですね。野心ないですからね。でも収益欲しいなあ。だってこれって権利収入なわけでしょう。そういうのには密かに憧れちゃいますね。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 04:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日は流鉄日和

先月29日から続くひきこもり生活にもいいかげん飽きた。それに、コロナウイルスは紫外線に弱いと、誰かが言っていたので、それでは紫外線を浴びに行こうと、それこそ「不要不急」の外出になり、自粛ポリスの「正義の人」たちから罵倒されかねない危険を冒し、久しぶりに流鉄に乗りに行ってきた。
去年4月、桜と流鉄をからめた写真を撮りに行っているけれど、そのときは外から見るだけで乗車はしていないので、流鉄に乗るのも、いつごろ以来になるだろうか。
幸谷駅から小金城址駅まで乗ったが、一車両数人程度の乗客で、閑散としていた。
小金城址駅の跨線橋からまずは1枚。

流鉄1

桜の季節より緑が濃くなっている。この川沿いの土手に紫陽花が咲くのも間もなくだろう。
小金城址駅から幸谷駅まで歩いて戻ることにする。
途中、線路の傍らでラベンダーの咲いているところがあった。

流鉄2

さらに歩いて行くと、今の季節に相応しく「若葉」のヘッドマークを付けた若草色の列車がやってきた。

流鉄3

属している俳句の会から、しばらく句会を開けないから「メール句会」をするので何句か送れという案内がきた。そこで、

息ひそめ嵐過ぎるを待つ立夏

人絶えて猫町鳩町風光る

人の世にエール送ろかホーホケキョ

などの句をつくり送った。
「オンライン句会」ではなく、「メール句会」というところが、年寄りが多い我が会らしくていい。
前、句会をやったのは2月下旬ころで、調布の深大寺でだった。そのころも、そろそろ騒がれはじめてはいたものの、まだ門前の蕎麦屋は賑わっていたし、神代植物公園も開園していたし、打ち上げをした三鷹駅近くの居酒屋も普通に営業していた。
あれからまだ3か月しかたっていないけれど、あのときが、はるか昔のように思われる(タラ坊)。

| 未分類 | 13:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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花咲くJR新金線 〜可能性を秘めた貨物専用線(2)

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産経新聞4月29日付に新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)の検定不合格教科書市販本の広告が出ました。他紙は見てないけど、産経だけなのかな('A`) 2面の全5段できましたよ。これは強気、っていうか文科省への怒りの強さでしょうね。
この話を後輩にしたところ、「で、やばい内容なんですか?」と訊かれました。「いや、いたって普通の内容だよ」と答えるしかなかったわけです。初版の頃からやたら叩かれていたつくる会の教科書。どんだけひどいのかと市販本を買って読んだら極めてまともで、叩かれる理由がまるっきり分からなかったことを思い出します。今回の検定では、文科省側が一層腐敗したってことでしょうね。
当ブログを共同で書いているタラ坊さんを通してつくる会とのご縁をいただき、今回の版では歴史と公民のそれぞれ装丁を担当させていただきました。この画像だとちょっとわかりにくいのですが、メインに使っている土偶の写真は藤岡先生の思い入れが特に深く、直接お話をお聞きしながらデザインを作っていきました。前の版以上にいいものに仕上がったので、不合格となり、本来の教科書として使い得なくなったことに大変失望したものです。
ですが、文科省がおもいっくそ「宣伝」してくれたわけですから、市販という形でガンガン売っていってもらいたいものです。武漢肺炎のせいで本屋もやってなかったりしますが、通販という手もありますからぜひ読んでみてください。リンクも貼っときますね |∀・)
検定不合格 新しい歴史教科書

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【前回のあらすじ】
京成高砂駅で降りて、新金線の南半分の沿線を歩いた。

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というわけで、今回は北半分を歩いていきます。話をわかりやすくするために話を編集しており、時系列がめちゃくちゃになっているのはご勘弁くださいね。

新金線はJR線ではあるものの、手っ取り早くアクセスするなら京成がいい。新金線のちょうど中程で交差しており、京成高砂駅が最寄りになる。ここから南の新小岩に向かうか北の金町に向かうかは迷うところ。私の場合は南に向かい、高砂まで戻ってきたらもう夕方だった('A`) とはいえ、川面に映る夕陽の輝きにはなぜか胸が締め付けられるような雰囲気がある。

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列車はもう夜まで来ない。ゆったりした気分で沿線を北上しながら、気に入った景色を撮影していく。
住宅街を通っている新金線は、一般的な貨物専用線と違って特有の無機質感がない。旅客列車が来てもなんら違和感がない雰囲気だ。路線は全線葛飾区に収まっており、旅客化にあたり、他自治体との面倒な折衝が必要ないのも強みだ。茨城県の日立電鉄や鹿島鉄道が廃止されたのにひたちなか海浜鉄道が存続したのはそんな理由だったりもする。葛飾区は本気を出し始めている。沿線で行われている工事もまずは新金線の改良が目的ながら、旅客化を想定した動きだと捉えることができる。

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とはいえ、最大の問題はやっぱりここだ。天下の国道6号(水戸街道)を踏切で横切る旅客線が新規で認められるとは思えない。道路交通上、最強の存在は鉄道なのだ。この写真でも、実は貨物列車のために救急車が止められてしまっている。こういう事態が増えるのはまずくないか。
そこで、この踏切を鉄道より格下の軌道扱いにして、列車も信号で止まるようにすればいいという案がある。旅客化の有力案が通常の電車ではなくLRT(路面電車)なのもこのためだ。だが実際、貨物列車はそう簡単に止まれない。とすれば、鉄道でもあり軌道でもある、旅客列車のときは信号に従うが貨物列車のときには遮断機が下りるというような前例のないことができるかどうかだ。うーん、日本のお上には難しいだろうな('A`)

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その隣、まだ水戸街道の喧騒が届くところに、この柴又踏切がある。まあもっともここは柴又でもなんでもない。どうしてこう名乗っているのかというと、おそらく帝釈天への近道だからだ。この踏切を渡り、ひたすら道なりに行くと参道に行き着く。そこそこ距離があるので、ちょっとした散歩道になるだろう。

Shinkane Line

いうまでもないがこの写真だけ撮影日が違う。柴又踏切からさらに北上し、金町駅に最も近いところにある踏切だ。前回も紹介した工臨が来る日にはここでもいい絵が撮れる。臨時列車なので来るかどうかは運次第だが、正午過ぎに金町駅に行き、構内に機関車がいれば多分来ると思う |∀・)
めったに列車が来ないために「閉じずの踏切」とか言われちゃってるくらいなので、カメラを構えてると相当ディープな鉄ヲタ認定なのは間違いない。それでもこのとき、同業者がもう一人おられたのに驚いた。まあ仕事だろうと趣味だろうと、深めるほど面白いことだけは間違いないよね。



さあここでまとめ動画です |∀・) 能書きはここで散々書き散らしたので、主にビジュアルを動画でご覧ください。
ああそうだ、今年はろくに花見もできなかったって人が多いと思うんです。呪われたGWをを記念して、新旧の桜と鉄道を絡ませた詰め合わせ動画も特別企画としてうpしましたよ。



正直私自身は茨城の実家へ帰省ができず母のことが心配ですが、もともと仕事は斜陽だしテレワークだし、緊急事態だとかいっても状況は大して変わらんのです。むしろ、登山の計画とか立てなくていいし金も使わないで済んでああ気が楽だと、朝から晩まで趣味のお絵描きをしながら酒浸りといったザマです。インドアとアウトドア、どっちの趣味も持ってるのは強いなと密かに思いつつも、動画関係はもっぱら外で撮影するチャンネルなので、それが制限されると困ってしまいます。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 14:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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