きまぐれ 鉄道日和

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最後の鉄道連絡船・宮島航路へ(2)

金正男氏が暗殺された。遺体の検視により、それが確定した。政治的野心を持っていない人物に対してあまりにひどいことで、首謀者として確実視されている実弟の金正恩・朝鮮労働党委員長の冷酷非道を糾弾せずにはいられない。「金王家」の嫡男として生まれた運命の悲劇を、外人の立場ながら深く悼む。
それなりの家であれば、嫡男っつうものはそれだけで余計な重荷を負うのだ。私んちは「金王家」なんぞよりはずっとしょぼい家かもしれないが、それでも嫡男である立場でありながら一族の総意に反し、結果として縁を切るという行為には勇気が必要だった。だから私は、金正男氏にシンパシーを感じていたのである。
総意が間違っていることは往々にしてある。
日本全体でも、民主党政権を選ぶという大きな間違いがあった。「民主党はいかん」と私がいくら訴えても、親も友人も、誰も耳を貸してくれなかった。だが一方で、昨今、安倍政権の支持率が上がるにつれ「多数派が正しい」みたいな雰囲気が醸成されつつあるのも私は怖い。正しいことは何なのか、誰かに頼るのではなく、各々が、自分の頭で考えてほしいのだ。

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【前回のあらすじ】
可部線から山陽本線乗り換え、宮島口駅から連絡船に乗り込んだ。

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宮島駅である。駅とはいうが列車は一切来ない。来たこともない。かつて鉄道が来ていたバス停が引き続き駅と名乗っていたり、いつか鉄道が来る(かもしれない)といって駅を名乗っているのとも違う。JRと広電、2社の便が頻発しながら、実質はフェリーターミナルなのである。
「宮島へは船で行くのですか、知らなかった」。タラ坊さんの言葉にはっとした。瀬戸大橋も関門トンネルもあるこのご時世、より土木的には簡単そう、かつ旺盛な往来がある宮島へは、そういえば船便しかないのだ。そこを鉄道会社の経営とし、路線の一部としている。余計なインフラを整備しては地元の生活を破壊するお上ですら「宮島大橋」をかけることはない。なぜなのか。
聖地だからである。
時折クイズ番組なんかで出題される。「宮島にないものは何か」。それは墓である。島民の墓は全て対岸の本土にあるそうだ。聖地だからという理由だけでどんな不合理も許されるのが日本の伝統であり、私もまたそれを支持する。

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などといかめしいことを言ってると鹿に笑われる。宮島では神の使いとして神聖視され、島内各所を普通に徘徊している。どうだろう、「そんなに肩をいからすなよ、俺らにはそもそも肩がないぜ」と私には聞こえたのだ。

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(中略)どれ、なかなか来る機会もないのだから、厳島神社にお参りしていこう。うわ、拝観料とるのか、神社にしては珍しいな(300円)。世界遺産だから仕方ないのか。
とはいえ、「国寶厳島神社」とともに掲げられれている「世界文化遺産」の掲示がしゃらくせえわ。ユネスコごときの権威がそんなに有り難いのか、己の権威がいかにして築かれたのか忘れてんぢゃねえのかボケとさんざ腹のなかで悪態をつきつつも、話がめんどくさくなるのもイヤなので、おとなしく300円払って入場した('A`)

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(中略)私は、神社とか神道を外人に理解してくれとは思わない(してくれれば嬉しいけどさ)。神道は世界宗教ではなく、先進国の国民が信奉するにはありえない(と思われている)原始的なアニミズムだからだ。多分、島に鹿が徘徊してる意味も、なかなか外人には伝わるまい。でも私は教義だの戒律だのめんどくさいことよりも、そういう原始的なところにこそ宗教のキモがあるんじゃないかと思っている。僧侶の孫として大正大学に入り、仏教学士を取る過程において、徐々にそういうところに気づいていったことは皮肉だった。

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日が暮れてきた。聖地にいると立ち去るタイミングが掴みづらい。なにせ居心地がいいのだ。だがせせこましい人生で余裕がなく、今日のうちに対岸の四国・松山に渡らなければならない。面白いのだが、広島は母の、松山は父のゆかりの地で、でも出会ったのは東京なんだね。東京なんぞよりずっと近いところにいたのに出会うことはなかったってことだ。これが人の縁ってやつなんだね。あいにく私は、そういうものには恵まれそうにないけどさ('A`)

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(中略)名残惜しいが再び船に乗り、宮島口駅に戻った。うーん、ここもいかにもの昭和中期式の駅舎だわな。私は伊勢神宮のことを思い出していた。天皇陛下もご利用になる近鉄の宇治山田駅は実際立派な駅だが、それに比べて、より有利な立地のはずのJR伊勢市駅はまさにこんな感じの駅舎だった。それも近年、それっぽくリニューアルされたよね。
ここは大事なのだが、伊勢神宮は世界遺産ではない。ていうか、今後も登録されんなやと個人的には思っている。私は「世界遺産」というブランドをこの上なく胡散臭く感じてるクチだが、日本という国が思いの外注目される存在となり、この地を観光に選ぶ外人が増えたのなら、銭金は置いといて、なぜここが聖地なのか、どっかしらで説明してあげてほしいと、この駅舎を見ながら感じていた。(イノテツ)
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| 鉄ヲタ紀行 | 17:16 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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最後の鉄道連絡船・宮島航路へ

しばらくぶりでゆっくり休める週末だ。気兼ねなく酒が飲めるぜと未明から呑んだくれていたのだが、明るくなってきた頃、うわいけね、今日は紀元節だと思い出し、午前中のうちに氏神様へお参りしてきた。
日本国の建国は紀元前660年2月11日ということになっており、これが国際的にも公式なデータだ。だがソースは日本書紀の伝説であり、実際にはそこまで古くはなかろう、でも正確なところはよくわかんね、というのが大方の見解だ。「正確なところはよくわかんね」。社会の教員免許所持者の私としては、それが非常に気になる。そんな国は世界で日本だけであり、このことが日本人の中で建国記念日の存在感を希薄たらしめているのかもしれず、残念だ。ただ、史実に残っている部分だけでも現存最古の国であることだけは間違いない。世界は再び激動の時代に入ったが、我が国はいかにして世界の動きに対応し、千年単位の長きに渡り存続し得たのだろうか。
折しも安倍首相が渡米し、トランプ大統領との時間を過ごしている。破格の厚遇を受けているらしい。「やばい奴が大統領に決まってしまった」と世界が右往左往する中、安倍首相の動きは早かった。日本が国際政治の中で素早く動くというのを見たことがなかったので、ここのところは驚かされてばかりだ。
中東問題に端を発して、世界が急速にナショナリズムへシフトしている。それに呼応するように今年のサミットの顔ぶれは去年の伊勢志摩サミットからずいぶん変わると予想されている。当初は極右と呼ばれ、世界で浮いた印象もあった安倍首相が、今や安定の古株となり、むしろナショナリズムを抑える立場になっているのが面白い。日本という国はもしかすると、世界の動きに対応するというより、先取りすることで存続してきたのかもしれない。

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疲れてるし病気だし歳だし、旅程に色々詰め込むなやと戒めているのだが、遠出する機会は少ないしせっかくだからと生来の貧乏性が発動。可部線沿線を歩いた後、可部駅から列車に乗り込んで山陽本線と接続する横川(よこがわ)駅で下車した。釜飯と横軽で有名な信越本線の横川(よこかわ)駅と紛らわしいが、読みが違う。

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おおっ、キハ47の5連キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! しかもタラコ色で統一されている。東日本ではお目にかかれない代物なので思わず感動。この後芸備線へ行くんだろうか。そしてタイミングよく山陽本線の下り列車が来るというアナウンス♪

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だが、快速は横川通過なんだね。先ほどの可部線の列車を広島まで乗り通しとけばよかったのである。しくった…しくったわい('A`) まあキハが見られたからいいやってことで次の普通列車を待つのだった。

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宮島口駅で下車、駅前の通りをしばし歩くと桟橋に着く。日本最後の鉄道連絡船・宮島航路である。窓口で切符を買うと、このような常備軟券がゲットできる。高いものではないのでいい記念になると思うが、私は思わず使ってしまった('A`)

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狭義の鉄道連絡船は対岸にも線路があり、鉄道車両を積んで行き来できる航路のことである。残念ながら、そういう航路はすでに日本には残っていない。宮島航路の船は実質純然たるフェリーであり、鉄道連絡船というイメージではないのだが、船体にはしっかりJRのロゴが描かれており、ここがJRの路線であることを主張している。
さて、奥に見える青い船は宮島松大汽船(みやじままつだいきせん)のフェリーである。こちらは広電の関係会社であり、その航路はJRと完全に被っている。
こうして同じ航路を2社で競合している例として以前の宇高航路を思い出した。あそこは2社共倒れの危機が取りざたされる状況だった。現在は四国フェリーに集約され、かつずいぶん減便されて、私が乗船した夜行便もなくなっているようだ(当時のことはここを見てみてね)。だがこちらは旺盛な需要に恵まれ、両社とも10分間隔の運航であり、シェアもほぼ半々、うまく共存できているといえるのではないだろうか。

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冬の海風が身にしみたが甲板に立った。船に乗ると外に出たくなるのだ。ガキでごめんね |∀・) 同じ航路を行く2社の船から見る景色に大差はないと思うが、JRの方が厳島神社の大鳥居に近いコースをとるので、JRとしてもそこをウリにしている。ああ見えてきた、10年振りくらいかな。前回は元気に弥山に登ったりしたのだが今回は病んでるし時間もないので、厳島神社参拝だけになりそうだ。冬の日は早くも傾きかけていた。(イノテツ・つづく)

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今、再びの田浦梅林へ

「今、再びの奈良へ」という、JR東海のTV・CFが気に入っている。
あれを見ると、たまらなく冬の奈良を歩きたくなってしまう。

それはともかく、昨年に引き続き、今年も田浦梅林に出かけて来た。
昨年は、こんなところに来ている場合ではないという状態のなかで、その後、2月から3月、4月はじめ頃まで、それこそ、嵐のような日々が続いたのだったが、今年はそういうものはない。3月はじめに予定されている2泊3日の検査入院が、気の重いまま徐々に日が迫っているぐらいだ。

田浦に出かける前日に、その入院前検査があり、MRIやらレントゲンやら心電図やらを撮り、耳たぶに針を刺してどれくらいで血が止まるかの検査も受けた。血が止まるまで3分ちょっとかかり、それが遅いのか早いのか看護師さんに尋ねたら「フツー」と答えていた。
最後に検査に関する説明があり、看護師さんが、「手術当日は」とか、「手術に際しては」とか、「検査」ではなく、「手術」という言葉をしきりに使う。
検査室ではなく手術室でやるみたいだし、本人だけではなく、親族の同意書も必要みたいで、「検査」というより、はるかに「手術」に近いもののようだ。
手術室でやるのは、緊急時(おい、おい)に即対応できるからのようだが、同意書を書かされるのは、何かあっても文句言わないでね、訴訟起こさないでね、ということだろう。
話を聞いているうちに段々受ける気が失せてきた。来週、その検査結果に関する説明があるようなので、数値がそれほど深刻なものではないようなら、今回は検査を見送ろうかという方向に気持ち的にシフトしてきている。

その翌日の梅見散策は、ちょうど、厄払いのような感じになった。
昨年同様、今回も、そのほうは交通費が安いからという理由で、JR田浦駅ではなく、京急の安針塚駅を起点にした。
京急品川駅で、都営線からの三崎口行きの特急を見送り、その後の品川始発の久里浜行きの快特に乗った。品川始発ならクロスシートなのではないかと思ったからだが、残念ながらロングシートだった。
金沢八景で各停に乗り替えて安針塚駅で降りる。昨年は駅前から道々に「田浦梅まつり」の幟が立っていたが、今年は立っていない。まだ梅まつりがはじまっていないのかもしれない。
京急の線路際の梅林の登り口にある梅も、まだちらほら程度しか咲いていなかった。昨年はそこに灰皿が設置されていたが、今回はなくなっていた。
全体にまだ蕾状態の木が多かったものの、日当たりの良いところでは花を咲かせてくれている木もあった。

紅梅

白梅

登るにつれて眼下に海が見えてくるようになる。

横須賀港

戻りがてら、大六天神社にも立ち寄った。

大六天神社

山を降りて再び安針塚駅に戻り、横須賀中央まで行って、昨年同様、その駅ビルにある「仕立屋」という店で昼をとった。昨年は鮪竜田揚げ定食を食べたが、今回は、焼き魚におでんがついた和定食にした。鎌倉の「仕立屋」でも食べたことがあるけれど、ここは結構美味しい。
横須賀中央から品川行きの快特(これもロングシートだった)に乗り、京急蒲田で各停に乗り換えて新番場で降り、品川神社にお詣りした後、北品川温泉天神湯の黒湯に入って、今回のショートトリップも終了した。

さて、検査を受けるかどうか、決断をせねばなるまい(タラ坊)。

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JR可部線復活区間で試運転開始(3)

「いやはや早いですね、もう1月が終わってしまいました」。そんな時候の挨拶で始まったラジオ番組。それに対してコメンテーターが、「私なんか昨年の続きで13月が終わった気分ですよ」とか、俺は忙しいんだぜ感を醸しておったのであるが、そう言われてみれば、私も全く同じ感覚だったりする('A`)
何せ、昨年の年末進行が完全に破綻し、進行中だった仕事のほとんどが年をまたいでしまった。先日、ようやく鉄道もののムックを1冊入稿できたが、危惧した通り過労で数日寝込むなどしたので、まだまだ区切りがつかず、13月どころか14月に突入だ。
私の場合、過労に陥ると酒が飲めなくなるのがサインだ。5日ほど全く酒を飲まなかった。普通の人だと5日くらい全く当たり前のことだと思うが、アル中の私の中では事件である。こんなときのために漬け込んである特製薬用酒すら喉を通らず、意味ないじゃんかと嘆きの病床だった。だがここのところ、ようやくこれが飲めるところまで回復してきた。生姜、ニンニク、唐辛子などを漬け込んであるのでとにかく温まる。虚弱な体をだましだまし、もう一踏ん張りせねばなるまい。

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可部線ネタは前回で終わりにするつもりだったのだが、可部〜三段峡間廃止直前の頃の写真が出てきたので、懐古ネタとしてうpしてみることにした。

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三段峡駅に停車中のキハ40 2047である。この車は現在は首都圏色(タラコ)に塗り替えられて岩徳線あたりを走っているらしい。記録によると平成14(2002)年12月31日の撮影だ。廃止の約1年前ということになる。

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広島市内だけの短い路線となった現在の可部線からは想像もつかないが、廃止区間、中でも末端部は全くの山間のローカル線であり、1日わずか5本の運行。私が乗車したときも、賑わう車内の大半は明らかに鉄ヲタであり、公共交通機関としての役目はすでに終えているとの印象が濃かった。
三段峡はこのように立派な駅舎を構えていたが、すでに解体されており現存しない。また、最後まで委託駅であったので窓口で常備軟券を買うことができた。確かに出札の様子を覚えているが、なぜか手元にそれが残っていない。金がなくて買わなかったのだろう('A`) 蒐集鉄の私にしては全く不覚だった。

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当時の可部駅である。電化区間のみで折り返す列車用の頭端ホームが1・2番線で、三段峡方面へ行く列車が発着したのが3番線だった。頭端ホームを擁する駅というのは、いかに小規模でも旅情をそそるものである。

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で、これが現在の様子。頭端ホームの1・2番線は使用が停止されており、近く撤去されるらしい。当時の3番線が1番線になり、側線のあったところにホームが新設され、それが2番線になっている。駅の機能が南にずれ、対面ホーム2面2線の構造に変わったわけだ。つまり、全くの途中駅になったということである。

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3月の改正時刻はまだわからないが、状況証拠からすると、現在の可部行きは全便あき亀山まで行くことになるだろう。可部線から可部行きがなくなるとすれば、おそらく初めてのことだと思う。代わりにあき亀山駅が頭端式の地平駅となったが、現場で見ると、なんというか、旅情みたいなものはまだ感じられなかった。そういうものを纏うには、ある程度の年季みたいなものが必要なのかもしれない。復活区間にできた新駅が景色に馴染んでいくのを見るのも楽しみだといえるだろう。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 06:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日は、鎌倉日和

久しぶりに鎌倉に走りに行って来た。
前、来たのはいつ頃だったろう。多分、鎌倉で句会をやった、昨年の9月以来ではないかと思う。
今回はこれも久しぶりに北鎌倉から入った。
まず、駅際の円覚寺を参詣する。禅刹らしい清澄さがあって好きなお寺のひとつだ。
境内の紅梅が、早くも少し花を着けはじめていた。

鎌倉2紅梅

円覚寺から線路沿いを歩き、次は明月院を訪ねる。紫陽花の時期はごった返しているものの、この時季は静かだ。ここは蠟梅の木が多く、これも少し花を着けはじめていた。

鎌倉1蠟梅

明月院から東慶寺へ向かう途中の線路際に、数人がカメラを構えて屯している所があったので、私もちょっと立ち寄ってみた。

鎌倉3横須賀線

左側に「鉢の木」と書かれた看板が見るけれど、ここは精進料理の店だ。謡曲の「鉢の木」に因む命名らしく、立原正秋が店名を揮毫したというようなことを、昔、取材したときに聞いたことがあるような気がするが、はっきり覚えていない。
しかし、こうして改めて見ると、横須賀線というのは、やはりつまらない。もっとも、鎌倉に来る人の90%くらいは、横須賀線がどんな車輌であろうと恐らく関心はないだろう。
東慶寺から浄智寺へと廻る。浄智寺には、私が好きな澁澤龍彦の墓がある。
その後、扇ガ谷の切通を抜けて浄光明寺、海蔵寺とお参りして、鎌倉駅へと出た。
まだ松の内だけあって、鎌倉駅周辺は人であふれていた。
江ノ電駅裏の「カフェ・ロンディーノ」でツナトマ(ツナとトマト)スパゲッティとコーヒーで簡単に昼食を済ませ、さらに妙本寺、ぼたもち寺、安国論寺と廻ったが、なんだかそれだけでいささか疲れてしまった。走りに来るときは、お寺めぐりは少しセーブしたほうがよさそうだ、というのが今回の結論だった(タラ坊)。

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