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きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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新京成沿線散歩<その1>くぬぎ山駅

松戸市に転居したことによって、これまでもっとも馴染みのなかった新京成が日常使いの路線になった。と言っても、乗るのは主に最寄駅である常盤平駅と松戸駅間であり、反対方向の習志野・津田沼方面は行ったことがなかった。そこで、常盤平駅から3つ津田沼寄りのくぬぎ山駅へ行ってみることにした。なぜ途中の2つの駅を飛ばしてくぬぎ山駅だったのかは、その駅名になんとなく魅かれるものがあったからだ。
くぬぎ山というくらいだから、かつてはクヌギ林が広がる山林だったのだろう。
ちなみにクヌギは、ブナ科コナラ属の落葉高木で、「国の木」が語源と言われるくらい日本各地で多く見られる木だが、駅周辺を見渡してみても、すっかり宅地化されて、クヌギらしき木は見当たらない。
その代わり、線路沿いに桜並木が続いているところがあった。

くぬぎやま1

2くぬぎ山

桜並木の向こう側は陸上自衛隊のくぬぎ山駐屯地だ。
また、ここには新京成の車両基地があるとともに、新京成電鉄の本社もあった。
どっちが上りで、どっちが下りになるのかわからないものの、松戸と反対方向の電車は千葉中央行きか京成津田沼行きが多いので、今度、一度、車窓を眺めながら終点まで乗ってロケハンをしてみようと思っている。

それにしても、松戸に転居してはや半年がたち、後2か月ちょっとで今年も暮れる。
来年はわたしも古希で、思えば遠くへ来たものである。

木山捷平という作家の詩に「五十年」というのがある。

濡縁におき忘れた下駄に雨が降つてゐるやうな
どうせ濡れだしたものならもつと濡らしておいてやれと言ふやうな
そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた。

五十年よりさらに二十年も長く生きながらえているが、心境としては同じようなものだ(タラ坊)
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遠くの田舎より近くの田舎

先般のブログで、通勤に新京成、武蔵野線、総武線の3つの路線を使っていると書いたが、その内の、武蔵野線の乗車区間である新八柱駅~西船橋駅間の車窓からは、八柱霊園(?多分)の墓地群が眺められたり、畑があったり、森があったりと、川がないのが唯一不満なのだが、結構な田舎風景が楽しめ、こんなふうに林間を走り抜けるところもある。

武蔵野線1

線路際ではこんな風景もひろがっている。手前はネギ畑だ。

武蔵野線3

けれど、こういった田舎風景とからめて列車を撮ろうと思うと難しく、こんなふうになってしまう。

武蔵野線2

写真はいずれも、武蔵野線の東松戸駅~市川大野駅間で撮ったものだ。
遠くの田舎より近くの田舎という感じだが、難点は、近くの田舎は暑くてかなわないということだ。それに、やはり、夏のお出掛けは遠くの田舎のほうがいいなぁと思う。けれど、今年は引越しでたくさんお金をつかってしまったので(引越し本体よりもそれに付随するもので湯水のごとくお金が出ていった)、遠出は諦めざるを得ない(タラ坊)。

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新京成のクネクネ線路

5月末に市川市から同じ千葉県内ではあるものの松戸市に転居した。それにともない、これまでもっとも馴染みのなかった新京成と武蔵野線が日常使いの路線になった。
新京成に乗って気づくのは、やたら揺れることである。揺れるというのはカーブが多いということか? そう思って調べてみると、世の中にはカーブ好きというのがいるらしく、そのカーブ好きの人たちの間では、新京成というのはわりと人気の路線らしいということがわかった。
最寄駅である常盤平駅から松戸行に乗って、まず最初に現れるのが次の大カーブだ。

1新京成

2新京成

さらにその先カーブが続き、新京成は武蔵野線と接続する八柱駅へと向かう。

3新京成

なるほど。これだけ曲がっていれば揺れるわけだと納得した。
通勤は、その八柱駅で武蔵野線に乗り換え、さらに西船橋駅で総武線に乗り換えてという形になるのだが、武蔵野線も東松戸から市川大野にかけてあたり、畑があったり、森があったりとわりと雰囲気のいいところがあるので、今度、そちらのほうも歩いてみようと思っている。

ところでその日、どうもピントが合いづらいなと思ってレンズを見てみたら、なんと50mmマクロレンズを装着してきてしまっていた。引っ越し時にカメラ関係は全部カメラバッグに収めていたのだが、それを取り出すときに間違えてしまったようだ。

引っ越しを終えて、つくづく思ったのは、引っ越しというのはなんてメンドーなんだということだった。
荷物の移動自体は、引越屋さんがだいたいやってくれるのでたいしたことはないのだが、諸々の手続きやら届け出やらが実に面倒くさく、転居してから一か月少したったが、いまだに全部終わったのか終わっていないのかはっきりしない。
それは、謂わば、生きるというのはなんてメンドーなんだということにつながってくるのだが、人ひとりが社会のなかで生きていくというのは、さまざまなネットワークにつながり、雁字搦めにされることなんだなと、改めて思った(タラ坊)。

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松戸浅間神社と常磐線

JR市川駅と松戸駅間を走るバスに乗ったとき、こんもり繁る森と、その下を走る常磐線を見下ろせる跨線橋があるのが目に留まった。そこで、次にそのバスに乗る機会があったときに立ち寄ってみることにした。
こんもり繁る森は松戸浅間(せんげん)神社だった。
掲示されたご由緒によれば、創建は天保4(1647)年。木花開耶姫命と源義家をご祭神に祀るとあるが、源義家は近くにあった白旗神社を合祀した際に、この神社に祀られるようになったということだ。
山全体が富士塚で、拝殿に向かう石段のわきに1合目から9合目までを示す号目石が建てられている。

丁石

以前行った富士浅間神社ほどではないにしても、ここもかなりの段数の石段を登った
先に拝殿があった。

松戸浅間神社拝殿

以前、イノテツ氏が九州の宇美八幡宮(だったと思うが記憶が定かではない)のご神木であるクスノキを紹介されていて、その圧倒的な迫力に息を飲む思いをしたものだったが、ここのご神木もクスノキだ。

ご神木

その九州の神社ほどの迫力はないにしても、それでも樹齢100年は超えているだろう。
ご神木にクスノキが多いのは、これも受け売りながら、その常緑が命の永遠性を象徴すると同時に、しっかりと地面に根を張ったクスノキは、防風林として神域を守るものとされてきたためだそうだ。あわせて、クスノキは空気を浄化するとされているので、神域に相応しい木と言えるかもしれない。
山を降りた後、バスから見えた跨線橋に向かう。
跨線橋は絶好の俯瞰ポイントなのだが、高いフェンスに阻まれて撮影が難しかったので、少し下がったあたりから撮ってみた。

常磐線1

常磐線2

向こうの森が浅間神社だ。
この小高い森は、元々は市川国府台から続く下総台地とつながっていたそうだが、江戸川によって断ち切られて独立した小山となったとか。
またこの森は、「極相林」として県の天然記念物に指定されている。
「極相林」とは、変遷を繰り返した後、樹種の構成がこれ以上変化しない状態となった森林のことを言うと、案内板に記されていた。
ここから松戸駅まではバスでも行けるが、歩いても30分くらいだというので、歩いて向かうことにする。
松戸は千住を起点とした水戸街道の最初の宿場町であっただけに、木造の古い構えの和菓子屋さんや呉服店、酒屋さんなども多く、馬頭観音も祀られていた。

馬頭観音

途中、松戸神社があった。松戸の名前が冠されているくらいだから、松戸の総鎮守かもしれない。そう思って、市民に混ぜてもらうご挨拶をしてきた。
今年3月に閉店した伊勢丹は建物がまだそのまま残っていて、その前から駅まで続く道の「伊勢丹通り」という名もそのままだ。
いささか疲れたので、その「伊勢丹通り」沿いにあった「サンマルクカフェ」で休んだ後、松戸駅から新松戸経由武蔵野線、さらに西船橋で総武線に乗り換えて、無事、家に帰り着いた。最近はちょっとしたお出かけでもなんだか疲れてしまう(タラ坊)。

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今日は流鉄日和

所要があって松戸まで行ったので、そのついでに久しぶりに流鉄に乗りに行ってきた。
ちょうど桜が満開になった時期でもあったので、桜とからめて流鉄が撮れないかと思い、幸谷駅から線路沿いを歩いた。

幸谷駅近く

歩き始めて間もなく、民家の庭先にきれいに咲いている桜があったものの、日影で少し暗くなってしまっていて残念だった。けれど、ここ以外では、線路から離れたところでは結構咲いているものの、線路沿いにはあまり桜の木はなかった。

ところで、話が変わり、しかも尾籠な話で恐縮ながら、その数日前、内房線の青堀まで出掛けたときもそうだったのだが、今回も歩くうちにトイレに行きたくなり、青堀のときは我慢しているうちに治まったが、今回は小金城趾駅あたりまで歩いてきてどうにも我慢できなくなり、駅のトイレで用を足そうとしたものの駅にトイレがなく、駅員さんに尋ねると、駅務員用のトイレを貸してくれた。無人駅じゃなくてよかった。
そういえば、皇居走っているときも一度、そういうことがあった。
これはなんだろう。少しおかしい。体のなかで何か異変が起こっているのかもしれない。

それはともかく、危機的状況を脱してやれやれとなったところで、あらためて小金城趾駅の跨線橋から写真を撮った。

小金城趾駅

その後、流鉄に乗って終点の流山まで行った。どこか桜とからめて撮れそうなところはないかと車窓を眺めながら探したけれど、結局、なかった。

流山駅

『散歩の達人』の「柏・松戸・流山特集」(2017年10月号)に、流山の古民家カフェが紹介されていたので、そこに寄ろうと流山街道を歩いた。雑誌のマップでは、流山街道から江戸川のほうに少し入ったあたりだったように記憶していたのだが、結局、見付けられなかった。
しかし、流山街道というのは古い構えの建物が多く、そこが、照明具や雑貨の店になっていたり、イタリアンレストランになっていたりしてなかなかお洒落だ。紹介されていた古民家カフェも、そんな一軒だったのだが、行けずに残念だった。帰ってから改めてマップを見て、あゝ、この辺りだったのかと確認できたので、今度行ったときには寄ってみよう(タラ坊)。

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