きまぐれ 鉄道日和

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高尾梅郷梅見散策

イノテツ氏の「駅前温泉紀行」で触れられていたように、3月半ばに、高尾梅郷と呼ばれる裏高尾の旧甲州街道沿いを、イノテツ氏を誘い歩きに行った。
その前日に雨が降ったし、もう梅は遅いかとは思っていたもののかなり咲き残ってくれていた。と言うより、枝によってはまだ蕾状態のものすらあった。
梅の季節にここを訪れるのは、八王子在住の知人に誘われ、高尾梅郷梅まつりに来て以来だ。その梅まつりは、その前の土日で終わっている
旧甲州街道の蛇瀧口の少し手前から中央線の走るほうへ入って行くと、中央線をまたぐ上下2つの踏切がある。以前、そこまでは来たことがあったものの、その先までは行ったことがなく、今回はじめて足を踏み入れてみたのだが、思いのほか景色が開けていて、背後にそびえる外環道の高架を見上げたりさえしなければ気持ちの好い場所だった。

高尾1

高尾2

オオイヌノフグリやオドリコソウなどが咲き乱れる草地に腰をおろし、高尾駅近くの和菓子屋で求めた豆大福といちご大福を食べた。この齢になると、そういう小さなことにも幸福を感じるようになる。もっとも、私の場合、美味しいものを食べれば、たとえどのような状況下にあろうと、そのいっときだけは幸福感に浸れるのだが…。
立原正秋が「まずい食い物には希望がない」と書いていたけれど、私もそう思う。
と、そのようなことはどうでもいいのだが、左側の土手状になっている梅林は梅まつりのときであれば開放されていて中に入れたかもしれないが、そのときはロープが張ってあって、立ち入り禁止の札が出ていた。個人所有の梅林なのだろう。
その後、再び旧甲州街道に戻り、蛇瀧口から、高尾山内に2つある滝行場のひとつである蛇滝を経て、登山道を登り、薬王院にお詣りした後、6号路を京王線の高尾山口へと下りてきた。ここから先は、イノテツ氏の「駅前温泉紀行」をご参照いただきたい。
高尾山へは年に1~2回は行くものの、大抵、小仏城山を経て小仏峠か、あるいは相模湖のほうに下りてしまって、京王線の高尾山口に下りることはあまりないので、その駅構内といってもいいような場所に日帰り温泉施設ができていたことを知らなかった。まだ新しいせいかきれいで気持ちよく、アルカリ性単純温泉ということで、少しヌルヌルした感触のお湯だった。
高尾山に温泉ができたことは喜ばしいのだが、なにしろ駅直結で便利過ぎるから、紅葉などのハイシーズンの土日などは、それこそ、1~2時間待たなければ入れない状態になるのではなかろうかと危惧される(タラ坊)。
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最後の鉄道連絡船・宮島航路へ

しばらくぶりでゆっくり休める週末だ。気兼ねなく酒が飲めるぜと未明から呑んだくれていたのだが、明るくなってきた頃、うわいけね、今日は紀元節だと思い出し、午前中のうちに氏神様へお参りしてきた。
日本国の建国は紀元前660年2月11日ということになっており、これが国際的にも公式なデータだ。だがソースは日本書紀の伝説であり、実際にはそこまで古くはなかろう、でも正確なところはよくわかんね、というのが大方の見解だ。「正確なところはよくわかんね」。社会の教員免許所持者の私としては、それが非常に気になる。そんな国は世界で日本だけであり、このことが日本人の中で建国記念日の存在感を希薄たらしめているのかもしれず、残念だ。ただ、史実に残っている部分だけでも現存最古の国であることだけは間違いない。世界は再び激動の時代に入ったが、我が国はいかにして世界の動きに対応し、千年単位の長きに渡り存続し得たのだろうか。
折しも安倍首相が渡米し、トランプ大統領との時間を過ごしている。破格の厚遇を受けているらしい。「やばい奴が大統領に決まってしまった」と世界が右往左往する中、安倍首相の動きは早かった。日本が国際政治の中で素早く動くというのを見たことがなかったので、ここのところは驚かされてばかりだ。
中東問題に端を発して、世界が急速にナショナリズムへシフトしている。それに呼応するように今年のサミットの顔ぶれは去年の伊勢志摩サミットからずいぶん変わると予想されている。当初は極右と呼ばれ、世界で浮いた印象もあった安倍首相が、今や安定の古株となり、むしろナショナリズムを抑える立場になっているのが面白い。日本という国はもしかすると、世界の動きに対応するというより、先取りすることで存続してきたのかもしれない。

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疲れてるし病気だし歳だし、旅程に色々詰め込むなやと戒めているのだが、遠出する機会は少ないしせっかくだからと生来の貧乏性が発動。可部線沿線を歩いた後、可部駅から列車に乗り込んで山陽本線と接続する横川(よこがわ)駅で下車した。釜飯と横軽で有名な信越本線の横川(よこかわ)駅と紛らわしいが、読みが違う。

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おおっ、キハ47の5連キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! しかもタラコ色で統一されている。東日本ではお目にかかれない代物なので思わず感動。この後芸備線へ行くんだろうか。そしてタイミングよく山陽本線の下り列車が来るというアナウンス♪

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だが、快速は横川通過なんだね。先ほどの可部線の列車を広島まで乗り通しとけばよかったのである。しくった…しくったわい('A`) まあキハが見られたからいいやってことで次の普通列車を待つのだった。

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宮島口駅で下車、駅前の通りをしばし歩くと桟橋に着く。日本最後の鉄道連絡船・宮島航路である。窓口で切符を買うと、このような常備軟券がゲットできる。高いものではないのでいい記念になると思うが、私は思わず使ってしまった('A`)

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狭義の鉄道連絡船は対岸にも線路があり、鉄道車両を積んで行き来できる航路のことである。残念ながら、そういう航路はすでに日本には残っていない。宮島航路の船は実質純然たるフェリーであり、鉄道連絡船というイメージではないのだが、船体にはしっかりJRのロゴが描かれており、ここがJRの路線であることを主張している。
さて、奥に見える青い船は宮島松大汽船(みやじままつだいきせん)のフェリーである。こちらは広電の関係会社であり、その航路はJRと完全に被っている。
こうして同じ航路を2社で競合している例として以前の宇高航路を思い出した。あそこは2社共倒れの危機が取りざたされる状況だった。現在は四国フェリーに集約され、かつずいぶん減便されて、私が乗船した夜行便もなくなっているようだ(当時のことはここを見てみてね)。だがこちらは旺盛な需要に恵まれ、両社とも10分間隔の運航であり、シェアもほぼ半々、うまく共存できているといえるのではないだろうか。

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冬の海風が身にしみたが甲板に立った。船に乗ると外に出たくなるのだ。ガキでごめんね |∀・) 同じ航路を行く2社の船から見る景色に大差はないと思うが、JRの方が厳島神社の大鳥居に近いコースをとるので、JRとしてもそこをウリにしている。ああ見えてきた、10年振りくらいかな。前回は元気に弥山に登ったりしたのだが今回は病んでるし時間もないので、厳島神社参拝だけになりそうだ。冬の日は早くも傾きかけていた。(イノテツ・つづく)

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今、再びの田浦梅林へ

「今、再びの奈良へ」という、JR東海のTV・CFが気に入っている。
あれを見ると、たまらなく冬の奈良を歩きたくなってしまう。

それはともかく、昨年に引き続き、今年も田浦梅林に出かけて来た。
昨年は、こんなところに来ている場合ではないという状態のなかで、その後、2月から3月、4月はじめ頃まで、それこそ、嵐のような日々が続いたのだったが、今年はそういうものはない。3月はじめに予定されている2泊3日の検査入院が、気の重いまま徐々に日が迫っているぐらいだ。

田浦に出かける前日に、その入院前検査があり、MRIやらレントゲンやら心電図やらを撮り、耳たぶに針を刺してどれくらいで血が止まるかの検査も受けた。血が止まるまで3分ちょっとかかり、それが遅いのか早いのか看護師さんに尋ねたら「フツー」と答えていた。
最後に検査に関する説明があり、看護師さんが、「手術当日は」とか、「手術に際しては」とか、「検査」ではなく、「手術」という言葉をしきりに使う。
検査室ではなく手術室でやるみたいだし、本人だけではなく、親族の同意書も必要みたいで、「検査」というより、はるかに「手術」に近いもののようだ。
手術室でやるのは、緊急時(おい、おい)に即対応できるからのようだが、同意書を書かされるのは、何かあっても文句言わないでね、訴訟起こさないでね、ということだろう。
話を聞いているうちに段々受ける気が失せてきた。来週、その検査結果に関する説明があるようなので、数値がそれほど深刻なものではないようなら、今回は検査を見送ろうかという方向に気持ち的にシフトしてきている。

その翌日の梅見散策は、ちょうど、厄払いのような感じになった。
昨年同様、今回も、そのほうは交通費が安いからという理由で、JR田浦駅ではなく、京急の安針塚駅を起点にした。
京急品川駅で、都営線からの三崎口行きの特急を見送り、その後の品川始発の久里浜行きの快特に乗った。品川始発ならクロスシートなのではないかと思ったからだが、残念ながらロングシートだった。
金沢八景で各停に乗り替えて安針塚駅で降りる。昨年は駅前から道々に「田浦梅まつり」の幟が立っていたが、今年は立っていない。まだ梅まつりがはじまっていないのかもしれない。
京急の線路際の梅林の登り口にある梅も、まだちらほら程度しか咲いていなかった。昨年はそこに灰皿が設置されていたが、今回はなくなっていた。
全体にまだ蕾状態の木が多かったものの、日当たりの良いところでは花を咲かせてくれている木もあった。

紅梅

白梅

登るにつれて眼下に海が見えてくるようになる。

横須賀港

戻りがてら、大六天神社にも立ち寄った。

大六天神社

山を降りて再び安針塚駅に戻り、横須賀中央まで行って、昨年同様、その駅ビルにある「仕立屋」という店で昼をとった。昨年は鮪竜田揚げ定食を食べたが、今回は、焼き魚におでんがついた和定食にした。鎌倉の「仕立屋」でも食べたことがあるけれど、ここは結構美味しい。
横須賀中央から品川行きの快特(これもロングシートだった)に乗り、京急蒲田で各停に乗り換えて新番場で降り、品川神社にお詣りした後、北品川温泉天神湯の黒湯に入って、今回のショートトリップも終了した。

さて、検査を受けるかどうか、決断をせねばなるまい(タラ坊)。

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今日は、鎌倉日和

久しぶりに鎌倉に走りに行って来た。
前、来たのはいつ頃だったろう。多分、鎌倉で句会をやった、昨年の9月以来ではないかと思う。
今回はこれも久しぶりに北鎌倉から入った。
まず、駅際の円覚寺を参詣する。禅刹らしい清澄さがあって好きなお寺のひとつだ。
境内の紅梅が、早くも少し花を着けはじめていた。

鎌倉2紅梅

円覚寺から線路沿いを歩き、次は明月院を訪ねる。紫陽花の時期はごった返しているものの、この時季は静かだ。ここは蠟梅の木が多く、これも少し花を着けはじめていた。

鎌倉1蠟梅

明月院から東慶寺へ向かう途中の線路際に、数人がカメラを構えて屯している所があったので、私もちょっと立ち寄ってみた。

鎌倉3横須賀線

左側に「鉢の木」と書かれた看板が見るけれど、ここは精進料理の店だ。謡曲の「鉢の木」に因む命名らしく、立原正秋が店名を揮毫したというようなことを、昔、取材したときに聞いたことがあるような気がするが、はっきり覚えていない。
しかし、こうして改めて見ると、横須賀線というのは、やはりつまらない。もっとも、鎌倉に来る人の90%くらいは、横須賀線がどんな車輌であろうと恐らく関心はないだろう。
東慶寺から浄智寺へと廻る。浄智寺には、私が好きな澁澤龍彦の墓がある。
その後、扇ガ谷の切通を抜けて浄光明寺、海蔵寺とお参りして、鎌倉駅へと出た。
まだ松の内だけあって、鎌倉駅周辺は人であふれていた。
江ノ電駅裏の「カフェ・ロンディーノ」でツナトマ(ツナとトマト)スパゲッティとコーヒーで簡単に昼食を済ませ、さらに妙本寺、ぼたもち寺、安国論寺と廻ったが、なんだかそれだけでいささか疲れてしまった。走りに来るときは、お寺めぐりは少しセーブしたほうがよさそうだ、というのが今回の結論だった(タラ坊)。

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今日は、富士急日和

お正月の3日に富士急に乗りに行ってきた。
なぜ3日かと言えば、3日までなら大月まで「休日おでかけパス」が使えるからだ。これを使うと使わないでは交通費で1200円以上の差が出る。わずかばかりの年金でつましく暮らしている身にはこの差は大きい。
それはともかく、今回は、高尾から「ホリデー快速河口湖行き」に乗れたので、大月での乗り換えなしで富士急に直通乗り入れすることができた。このホリデー快速は特急車両を使っており、それほど混んでもいなくて快適だった。
大月を過ぎてしばらくして、ああ、菊花山へ登る途中で見えるのはこの辺りかと思うところを通過する。
ホリデー快速は大月を出ると、都留市、都留文科大学前に停まり、その次が三つ峠駅だった。そこで降りる。

富士急三つ峠駅

駅員のおばさんに「がんじゃ踏切」に行く道を尋ねると「あー、写真を撮られるのですね。今日は天気がいいのでいい写真が撮れるでしょう」と言われた。どうやら有名な撮影ポイントであるらしい。
余計なことながら、駅にアルバイト駅員募集の案内が張ってあった。時給800~850円で、切符の販売や精算、駅構内の清掃が主な仕事らしい。そのおばさんもそうなのだろう。
それはともかく、教えられた通りに行くと、約20分ほどで、その「がんじゃ踏切」に着いた。
いかついカメラを三脚にセットした、いかにもという雰囲気の人が4~5人集まっている。私ごときがその仲間入りするのはおこがましいのだが、スマホを構えている人もいたのでいくらか気が楽になる。それに、せっかく来たのだしと思い、割り込ませてもらうことにする。
ところが、車内から見た富士山はあんなにきれいだったのに、現地に着いてみると雲に覆われてしまっていた。

富士急がんじゃ踏切1

う~む、残念。最初の列車が通り過ぎた後、一旦雲が流れて山頂が望めたものの、次の列車が来る頃には再び雲に覆われてしまった。
諦めて駅に戻ろうと歩き始めてしばらくして振り返ると、雲が流れて山頂が顔を出し始めていたので再び踏切に戻った。

富士急がんじゃ踏切2

三つ峠駅へ戻り、次は十日市場駅からほど近いという「田原の滝」へ行ってみた。
ネットの富士急撮影ポイントガイドでは、そこは順光・逆光関係なしとなっていたのに、見事に完全逆光だった。
午前中か、あるいは高曇り程度のときであれば、もっときれいに撮れるかもしれない。

富士急田原の滝

十日市場駅に戻ると次の大月方面が来るまで少し間があった。トイレに行きたかったのだが、駅にトイレがなく、隠れてできるような場所も周囲にない。こんなとき、トイレが近い年寄りは困る。我慢しながらやっと来た列車で次は禾生駅で降りる。ここにはトイレがあり、三つ峠駅と同様、駅員のおばさんがいた。
禾生駅からは、駅からほど近いという禾生橋に行ってみた。ここもネットの情報では順光・逆光関係なしとなっていたのに、やはり逆光だ。

富士急禾生橋

やや消化不良気味の気分を抱いたまま大月駅へと戻る。また、来年のお正月にも来てみよう。それでもお天気もよく比較的温かくて、気持ちの好い1日を過ごせた。
今年もこうして無事お正月を迎えられてありがたいと思う。後何回お正月を迎えられるかわからないけれど、その1回1回を大切にしたいと思う(タラ坊)。

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