きまぐれ 鉄道日和

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雨の季節の前に

6月7日だったか8日だったかに気象庁が関東、甲信地方も「梅雨入りしたと思われる」という発表をしたものの、その後、雨らしい雨が降らない。しかし、いずれにしろ雨の季節は間近だろう。その前にと思い、6月11日の日曜日に鎌倉へ走りに行ってきた。
おりから紫陽花の季節であり、おまけに日曜日とあって、鎌倉はどこもかしこも人であふれていた。腰越から乗った江ノ電は、「混雑のため」とかで数分遅れとなっており、長谷から先は、それこそ朝の通勤ラッシュなみの混雑だった。
いつも思うことだが、江ノ電は儲かってしょうがないだろう。この乗客の半分でも、いすみ鉄道や銚子電鉄に分けてやれればいいのだが…。

紫陽花

それはともかく、先日UPした「おこがましいデジャヴュ体験」で、私が撮ったのと同じ構図で中井精也先生が撮ったものが「一日一鉄」に載っていたと書いたが、せっかく中井先生が「こうやって撮るんだ」と示してくれたので(そんなわけはないが)、改めて、腰越の満福寺でお地蔵さん越しに江ノ電を撮ってみた。
う~む。でも、やっぱり、なんか違うなぁ。
お地蔵さんが少し大きすぎたかもしれない。

お地蔵さん

瞬間的に、これ以上でもこれ以下でもないというものを決められるというのは、やはりプロのなせるワザだろう。

満福寺から小動岬下の海へ出ると、いつもより遠くまで岩伝いに行けるようになっていたので、その岩の上から江ノ電を撮ってみた。

小動岬

先日までNHKで「つばき文具店~鎌倉代書屋物語~」という、鎌倉を舞台にしたドラマをやっており、しみじみしたなかなか良いドラマだった。そこでは、妙本寺や腰越漁港なども出て来て、それを見ながら、鎌倉に暮らすというのは、経済的な意味ではない豊かさのようなものがあるように感じた。

その日は材木座・五所神社の例大祭とかで、材木座の通りは法被姿の老若男女で賑わっていて、清水湯で着替えて海へ出ると、ちょうど、お神輿の海渡りをやっている最中で、2基のお神輿が海のなかで競り合っていた。
清水湯も祭りの参加者らしき人で混み合っており、背中一面に入れ墨を入れた人もいた。

しかし、雨が降らない。降らないほうがありがたいのだが、稲をはじめとした作物の生育に影響がでなければいいのだが、と思う(タラ坊)。
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おこがましいデジャヴュ体験

先日中井精也先生の「一日一鉄」(5月28日付)を見ていて、一瞬、あれ? なんで私の写真がこんなところに載っているんだろうと思った。あるいは、悪い写真の例として引かれたのか? しかし、中井先生が私の写真なんかを目にすることはないだろうし、そんなわけはもちろんない。
鎌倉・腰越の満福寺のお地蔵さん越しに江ノ電を撮った写真なのだが、以前、私も同じようなアングルで写真を撮っており、2013年5月30日付の「鉄道日和」で載せている。
こんな写真だ。

201305301859587e8_2017060220084394f.jpg

同じ場所で、同じようなアングルで撮れば同じような写真になってしまうだろうから、そのためデジャヴュ感のようなものに襲われたわけだが、しかし、同じような写真といっても、私の写真と中井先生の写真とは、よく見れば明らかに違う。
私のは単なるスナップ写真の域を出ないものだが、先生のはやはりひとつの作品になっている。
これを、一瞬とはいえ、私の写真と勘違いしたのは、おこがましい限りであった。
しかし。写真を見ていて、また鎌倉走りに行きたくなった。
来週半ばくらいには梅雨入りしそうだが、梅雨の晴れ間を見て、6月中に一度行って来ようかと思っている(タラ坊)。

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今日は、鎌倉・海RUN日和

4月29日から5月5日までパート仕事は休みになった。と言っても、5月1日は病院だし、2日は一部の人間だけ出社を命じられ、その一部の人間に組み込まれてしまったので、完全に7連休とはならなかったものの、せっかくの休みなので、旅行やハイキングに行くだけの気力もなく、そんな気分にもなれなかったけれど、せめてもと思い、鎌倉・海RUNをしてきた。
この時季は北鎌倉や鎌倉駅周辺はごった返しているので、そちら方面は避け、大船からモノレールに乗って江ノ島経由で鎌倉入りした。
こちらへ来るといつもそこで昼をとる片瀬の東家というお寿司屋でランチの握り(1,000円)を味わう。
オバマさんが来日した際、安倍さんと訪れた、ミシュラン三ツ星の「すきやばし次郎」は、昼も夜も3万円だそうだが、そちらは行ったことがないので、3万円のお寿司がどんなものかわからないけれど、わたし的には1,000円のランチの握りで十分だ。
1,000円のランチの握り(と、しつこく繰り返す)で十分満足したところで龍口寺を参拝する。

龍口寺

龍口寺の出水舎で、外国人が作法通りに手と口を清めていて、へぇーと感心した。日本人でも、お寺で柏手を打っている人や、逆に神社で合掌している人を時折見かけることがある。形より心が大切だとは思うけれど、最低限の作法は心得ていて損はないだろう。

満福寺
満福寺

前回、あちらこちら歩き回って、それだけで草臥れてしまったので、その反省もあり、今回は、小動神社は、走る途中に参拝することにして、満福寺をお詣りした後、腰越から江ノ電に乗って、そのまま鎌倉駅へと向かった。
とはいえ、清水湯が開く3時まではまだ間がある。そこで、妙法寺やぼたもち寺(常栄寺)、安国論寺と廻り、さらにまだ時間があるので、材木座の光明寺にまで立ち寄ってしまい、今回もやはり、いささか疲れてしまった。

妙本寺
妙本寺はあふれるばかりの緑に包まれていた

紫蘭
ぼたもち寺の狭い境内には紫蘭(シラン)が咲き乱れていた

藤の花
ぼたもち寺から安国論寺へ向かう途中、藤の花がきれいに咲いているところがあった

海RUN日和というにはその日、天気は良かったものの風が強く、海岸沿いの道を走っていると砂がピシピシ顔に当たってくる。
それでもその日は、疲れを感じることなく、材木座から腰越海岸まで快調に走れた。戻りも稲村ケ崎公園で、夕陽に染まる海を眺めながら少し休んだだけで、快調に材木座まで戻れた。
清水湯のお湯は少し熱めだけれど、あのくらいの熱さが一番気持ちよいように感じる。
小さい子が熱くて湯船に入れず、お父さんが「やけどしないから大丈夫だよ」といくらなだめても入ろうとしなかった。子どもというのはあれで、結構用心深いところがあるようだ。
冬だと、清水湯を出る頃はもう真っ暗で、材木座周辺は人けも絶えて真夜中のような雰囲気になってしまうけれど、今頃だとまだ多少明るさを残しているので、気分的に楽だ。
後半の3日から5日までの3連休は、そのうちの1日、皇居を走りに行こうかなと思っている(タラ坊)。

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高尾梅郷梅見散策

イノテツ氏の「駅前温泉紀行」で触れられていたように、3月半ばに、高尾梅郷と呼ばれる裏高尾の旧甲州街道沿いを、イノテツ氏を誘い歩きに行った。
その前日に雨が降ったし、もう梅は遅いかとは思っていたもののかなり咲き残ってくれていた。と言うより、枝によってはまだ蕾状態のものすらあった。
梅の季節にここを訪れるのは、八王子在住の知人に誘われ、高尾梅郷梅まつりに来て以来だ。その梅まつりは、その前の土日で終わっている
旧甲州街道の蛇瀧口の少し手前から中央線の走るほうへ入って行くと、中央線をまたぐ上下2つの踏切がある。以前、そこまでは来たことがあったものの、その先までは行ったことがなく、今回はじめて足を踏み入れてみたのだが、思いのほか景色が開けていて、背後にそびえる外環道の高架を見上げたりさえしなければ気持ちの好い場所だった。

高尾1

高尾2

オオイヌノフグリやオドリコソウなどが咲き乱れる草地に腰をおろし、高尾駅近くの和菓子屋で求めた豆大福といちご大福を食べた。この齢になると、そういう小さなことにも幸福を感じるようになる。もっとも、私の場合、美味しいものを食べれば、たとえどのような状況下にあろうと、そのいっときだけは幸福感に浸れるのだが…。
立原正秋が「まずい食い物には希望がない」と書いていたけれど、私もそう思う。
と、そのようなことはどうでもいいのだが、左側の土手状になっている梅林は梅まつりのときであれば開放されていて中に入れたかもしれないが、そのときはロープが張ってあって、立ち入り禁止の札が出ていた。個人所有の梅林なのだろう。
その後、再び旧甲州街道に戻り、蛇瀧口から、高尾山内に2つある滝行場のひとつである蛇滝を経て、登山道を登り、薬王院にお詣りした後、6号路を京王線の高尾山口へと下りてきた。ここから先は、イノテツ氏の「駅前温泉紀行」をご参照いただきたい。
高尾山へは年に1~2回は行くものの、大抵、小仏城山を経て小仏峠か、あるいは相模湖のほうに下りてしまって、京王線の高尾山口に下りることはあまりないので、その駅構内といってもいいような場所に日帰り温泉施設ができていたことを知らなかった。まだ新しいせいかきれいで気持ちよく、アルカリ性単純温泉ということで、少しヌルヌルした感触のお湯だった。
高尾山に温泉ができたことは喜ばしいのだが、なにしろ駅直結で便利過ぎるから、紅葉などのハイシーズンの土日などは、それこそ、1~2時間待たなければ入れない状態になるのではなかろうかと危惧される(タラ坊)。

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最後の鉄道連絡船・宮島航路へ

しばらくぶりでゆっくり休める週末だ。気兼ねなく酒が飲めるぜと未明から呑んだくれていたのだが、明るくなってきた頃、うわいけね、今日は紀元節だと思い出し、午前中のうちに氏神様へお参りしてきた。
日本国の建国は紀元前660年2月11日ということになっており、これが国際的にも公式なデータだ。だがソースは日本書紀の伝説であり、実際にはそこまで古くはなかろう、でも正確なところはよくわかんね、というのが大方の見解だ。「正確なところはよくわかんね」。社会の教員免許所持者の私としては、それが非常に気になる。そんな国は世界で日本だけであり、このことが日本人の中で建国記念日の存在感を希薄たらしめているのかもしれず、残念だ。ただ、史実に残っている部分だけでも現存最古の国であることだけは間違いない。世界は再び激動の時代に入ったが、我が国はいかにして世界の動きに対応し、千年単位の長きに渡り存続し得たのだろうか。
折しも安倍首相が渡米し、トランプ大統領との時間を過ごしている。破格の厚遇を受けているらしい。「やばい奴が大統領に決まってしまった」と世界が右往左往する中、安倍首相の動きは早かった。日本が国際政治の中で素早く動くというのを見たことがなかったので、ここのところは驚かされてばかりだ。
中東問題に端を発して、世界が急速にナショナリズムへシフトしている。それに呼応するように今年のサミットの顔ぶれは去年の伊勢志摩サミットからずいぶん変わると予想されている。当初は極右と呼ばれ、世界で浮いた印象もあった安倍首相が、今や安定の古株となり、むしろナショナリズムを抑える立場になっているのが面白い。日本という国はもしかすると、世界の動きに対応するというより、先取りすることで存続してきたのかもしれない。

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疲れてるし病気だし歳だし、旅程に色々詰め込むなやと戒めているのだが、遠出する機会は少ないしせっかくだからと生来の貧乏性が発動。可部線沿線を歩いた後、可部駅から列車に乗り込んで山陽本線と接続する横川(よこがわ)駅で下車した。釜飯と横軽で有名な信越本線の横川(よこかわ)駅と紛らわしいが、読みが違う。

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おおっ、キハ47の5連キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! しかもタラコ色で統一されている。東日本ではお目にかかれない代物なので思わず感動。この後芸備線へ行くんだろうか。そしてタイミングよく山陽本線の下り列車が来るというアナウンス♪

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だが、快速は横川通過なんだね。先ほどの可部線の列車を広島まで乗り通しとけばよかったのである。しくった…しくったわい('A`) まあキハが見られたからいいやってことで次の普通列車を待つのだった。

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宮島口駅で下車、駅前の通りをしばし歩くと桟橋に着く。日本最後の鉄道連絡船・宮島航路である。窓口で切符を買うと、このような常備軟券がゲットできる。高いものではないのでいい記念になると思うが、私は思わず使ってしまった('A`)

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狭義の鉄道連絡船は対岸にも線路があり、鉄道車両を積んで行き来できる航路のことである。残念ながら、そういう航路はすでに日本には残っていない。宮島航路の船は実質純然たるフェリーであり、鉄道連絡船というイメージではないのだが、船体にはしっかりJRのロゴが描かれており、ここがJRの路線であることを主張している。
さて、奥に見える青い船は宮島松大汽船(みやじままつだいきせん)のフェリーである。こちらは広電の関係会社であり、その航路はJRと完全に被っている。
こうして同じ航路を2社で競合している例として以前の宇高航路を思い出した。あそこは2社共倒れの危機が取りざたされる状況だった。現在は四国フェリーに集約され、かつずいぶん減便されて、私が乗船した夜行便もなくなっているようだ(当時のことはここを見てみてね)。だがこちらは旺盛な需要に恵まれ、両社とも10分間隔の運航であり、シェアもほぼ半々、うまく共存できているといえるのではないだろうか。

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冬の海風が身にしみたが甲板に立った。船に乗ると外に出たくなるのだ。ガキでごめんね |∀・) 同じ航路を行く2社の船から見る景色に大差はないと思うが、JRの方が厳島神社の大鳥居に近いコースをとるので、JRとしてもそこをウリにしている。ああ見えてきた、10年振りくらいかな。前回は元気に弥山に登ったりしたのだが今回は病んでるし時間もないので、厳島神社参拝だけになりそうだ。冬の日は早くも傾きかけていた。(イノテツ・つづく)

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