きまぐれ 鉄道日和

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写真補正機能を使ってみた

去年(一昨年だったかな?)買ったノートPCに写真を取り込むと、色調整とか補正とかの機能が表示される。今までそうした機能を使ったことがなかったのだが、どんなふうになるのだろうかと、先日UPした「長瀞七草寺霊場巡拝記」で載せた荒川橋梁の別カットの写真を使って試してみた。
上が補正する前のオリジナルで、下が補正したものだ。

オリジナル

補正後

左のほうにある黒い斑点をトリミング処理で消し、色補正で緑を増し明るくしてみた。色具合に関しては補正しないほうがよかったもしれないが、なるほど、こういうふうになるのかと思った。
対象に集中していると全体に目が行き届かず、つい余計なものが入ってしまったというようなことがよくあるが、そんなとき、これからも使ってみようと思った(タラ坊)。
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鱗雲

最寄駅から家までの間に京成の踏切がある。
先日、その踏切を渡るとき、ふと見上げると、きれいな鱗雲が出ていた。
こんなとき、スマホのカメラは便利だ。

鱗雲2

鰯雲、鯖雲、巻積雲などいろいろな呼び名があるが、この雲を見ると、あー秋だなと思う。
この雲が出ると天気は下り坂だと言われているとおり、次の日は雨だった。
また、地震の前触れとも言われているが、これもそのとおりで、翌日、福島で震度5弱の地震があった。
よく、潮の干満とヒトの生き死にとの関連がいわれるが、これも、そういうことと関係があるのだろうか。

今年は、家族内で大きな出来事があり、血縁関係の面倒くささを感じる年だったが、その今年も残すところ後2か月半だ。
年々、ときのたつ早さが加速していくように感じられる。
願はくは、心静かに、ゆったりと、残された日々を過ごしたいものだが、なかなか、そうはうまく問屋が卸してはくれないように、世のなか、できているようだ(タラ坊)。

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(続)長瀞七草寺霊場巡拝記

葛花の寺である遍照寺から野上駅方向へ向かい、また踏切を渡って、次に朝貌(桔梗)の寺である多宝寺(真言宗智山派、本尊は十一面観世音菩薩)、藤袴(フジバカマ)の寺である法善寺(臨済宗妙心寺派、本尊は阿弥陀如来)を参拝したが、桔梗も藤袴もあまり咲いていなかった。
藤袴の寺で思い出したのだが、取材時、この寺でちょっとしたトラブルがあった。取材に当たっては予め霊場会に断りをいれてあったのだが、この寺で「お宅が商売で本をつくるのは勝手だけれど、なんでうちがそれに協力しないといけないの」と取材拒否にあったのだ。言い分はもっともなような気もするが、それでは取材にならないので、霊場会に連絡し、霊場会から話を通してもらって、やっと取材が叶った。
私もこれまで取材等で数多くの寺を訪ね、住職にもお会いしてきたけれど、愛想の良いお坊さんもいれば、こういうヘンクツというか融通の利かないお坊さんもいる。けれど、それは、お坊さんに限らず、どの世界でもそうだろう。
それはともかく、藤袴の咲いていなかった藤袴の寺である法善寺から長瀞駅方向へ進み、次に女郎花(オミナエシ)の寺である真性寺(真言宗智山派、本尊は不動明王)を訪ねた。

女郎花咲く真性寺

藤袴の寺の法善寺の、いかにもやる気のなさそうなのに比べて、ここの女郎花は見事だった。庫裏で自家製の梅干しなどいろいろなものも販売していて、せっかく足を運んでくれた参拝者に楽しんでもらおうというサービス精神が旺盛だ。
いろいろな考え方があるから、一概にどちらが良いとか悪いとかの問題ではないけれど、いつまでも檀家制度に依存していられる時代ではないのだから、お寺も時代に合わせた意識改革が必要なのではないだろうかと思った。
と、そんなことはどうでもいいのだが、お彼岸まではまだ間があるけれど、その境内で、早くも彼岸花(曼珠沙華)が咲いていた。

彼岸花

この花を見るといつも、羯諦 羯諦(ギャーティ ギャーティ)という気分になる。
最後に、蠟梅で有名な宝登山の麓にある撫子(ナデシコ)の寺である不動寺(真言宗醍醐派、本尊は不動明王)を参拝し、ここを結願寺とした。

不動寺

この寺に霊場会の事務局がある。
7か寺全部巡れてよかったものの、この後、荒川橋梁に行く予定にしていたのだけれど、いさかか遅くなってしまった。これから行ったのでは暗くなってしまってダメかと思ったけれど、行くだけ行ってみようと、長瀞駅から1駅乗って上長瀞駅で降り、荒川の河原に下りた。
日暮れ間近の河原は、川面から靄が湧き出して幻想的な風景を見せていたが、やはりいさかか暗く、写真がモノトーンになってしまった。

荒川橋梁

さて、完全に暗くならないうちに河原を抜け出さなくては。
薄暗くなりはじめた観光地というのは、シーズンオフのときもそうだけれど、店もほとんど閉まってしまい、人通りも絶えて、なんだか寂しいものがある。
駅で列車を待つ間に完全に真っ暗になってしまったけれど、久しぶりに気持ちのよい1日を過ごせた巡礼行だった(タラ坊)。

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長瀞七草寺霊場巡拝記

9月9日の土曜日に、長瀞七草霊場を巡って来た。
以前、霊場関係の本をつくったときに取材しており、本は2000年11月1日付の発行だから、取材はその前年の1999年の9月初め頃にしているはずだ。したがって18年ぶりの再訪ということになる。
その霊場のことも、取材したこともすっかり記憶の彼方にあったのだが、NHKのニュースで季節の話題としてこの霊場のことが紹介されていて、それを観ながら、ちょうど季節だし、行って見ようかという気になったのだ。
七草寺の七草とは、言うまでもなく、山上憶良が「万葉集」で、秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふればと挙げた、萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝貌の七種(ななくさ)の花のことで、次第に少なくなってきている日本古来からのこれらの花を守り育てて行こうと、長瀞町内に七か寺を選び、それぞれの花を植え育てていったのが始まりとされている。
今では、長瀞駅前から七か寺を結んで巡回バスも出ているようだが、取材したときと同じコースをたどり歩いて廻ろうと、まず、秩父鉄道の樋口駅で降り、そこからほど近い、尾花の寺である道光寺をスタート寺にした。ここは臨済宗妙心寺派の寺で、本尊は釈迦如来だ。

道光寺

道々、西武鉄道ハイキングと書かれた道標がいたるところに掲示されていて、おかげで、道に迷うことなく巡れた。
そのハイキングの参加者と思われる、そのほとんどは私と同年配のおじさん、おばさんたちだが、その人たちと後になり先になりして以後、進むことになる。
リーダーと思しき人が山上憶良の歌を詠んだうえで、朝貌(あさがお)というのは間違いで、実は桔梗のことなんですよ、というような説明をしていたが、桔梗であるというのはその通りなのだが、あの時代は朝咲きの花を総称して朝貌と呼んでいたというのが通説なので、間違いと言ってしまうのはいかがなものかと思ったが、そういう指摘をするとリーダーとしての権威が失墜してしまうだろうから、余計なことは言わないでおいた。
次に、線路を挟んで反対側にある萩の寺である洞昌院を訪ねる。

洞昌院

ここは真言宗智山派の寺で、本尊は不動明王だ。
次に、葛花の寺である遍照寺へ向かう。ここも真言宗智山派の寺だ。本尊は木製寄木づくり等身大の神変大菩薩像で、さすが、役行者を本尊とする寺だけあって、途中から完全な山道になってしまう。

遍照寺 (2)

葛は繁殖力が旺盛で、他の植物を駆逐してしまうことから嫌われもので、公園などに植栽されることはまずない、と言うより、出てきたら引き抜かれてしまう。そういうこともあってか、葛花の寺と言いながら、本堂前に咲いていたのは黄花コスモスで、葛は1か所にまとめられていた。
これが葛の花だ。

葛の花

山寺という趣のこの遍照寺へ向かう道以外はほぼコンクリートで舗装されたところを歩くのだが、車の通行も少なく、折から金木犀が香り始めており、山々を眺めながら歩く道は、いささか日差しが強く暑かったものの気持ちよかった。
途中の踏切の傍らにも黄花コスモスが咲いていた。

黄花コスモス咲く踏切

やっと、鉄道にからむ写真が出せてよかった(タラ坊)。※以降は次回につづけます。

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晩夏

8月20日の日曜日に、所要があって千葉県の富津漁港近くまで行って来た。
と言っても、漁港はもとよりどこにも寄らず、ただ行って、用件を済ませて帰って来ただけだ。
千葉駅から乗った内房線の普通列車は木更津止まりで、ここで館山行きの普通列車に乗り換える。
3月のダイヤ改正で内房線は木更津乃至君津止まりになってしまい、館山まで直通する列車はなくなってしまったそうだ。
君津より先に住んでいて千葉駅や、あるいは蘇我で京葉線に乗り換えて東京方面に通勤、通学している人は不便このうえないだろう。
JR各社はこのところ豪華列車の開発に熱心のようだけれど、一部の人しか乗れないような豪華列車を走らせるより、日常使いの列車をこそ大事にしてほしいと思う。そのあたりにも、JRがどこを向いて商売しているのかがわかるような気がする。
それはともかく、五井駅で車窓から小湊鐡道のキハ200系(多分)の気動車が見えた。

小湊

やはり気動車はいいなぁ、乗りたいなぁと思いながら、五井駅を出た列車は、続いて姉ヶ崎、長浦に停まって行く。
長浦で、つげさんの「やなぎ屋主人」という漫画を思い出す。
網走番外地の唄を聞いて急に海が見たくなり、新宿から房総行きの列車に飛び乗って、N浦という寂しい駅で降りた、というところからはじまる話だったが、N浦は多分長浦だろう。駅舎も含めてその漫画に描かれていたような寂しげな風情は、今は何もない。
やがて、終点木更津駅に到着する。そのホームから久留里線の車庫が見えた。

久留里線

久留里線も1回乗っただけだ。
ここで乗り換えた館山行きの普通列車は次に君津に停まり、その次が青堀という駅で、ここで降りる。
木造瓦屋根のなかなか雰囲気のよい駅だったが、スマホのカメラはまだ慣れないせいか、構図のとりかたがもうひとつうまくいかず、ボツにした。
その駅前から富津公園行のバスに乗り、終点の少し手前の停留所で降りる。
このバスは木更津駅から青堀駅経由で富津公園まで走っているので、帰りは青堀駅で降りず、そのまま木更津駅まで乗ってしまった。
用件自体は特に気が重いというものではなかったけれど、格別心弾むような類のものでもなく、それでも、車窓からとはいえ、久しぶりに田園風景や両側がコンクリートで護岸されていない川などが眺められて、気持ちが和んだ。
それにしても木更津というのは、このあたりの中核都市だろうが、その駅前は人通りも少なく閑散としていた。
地方都市の衰退というのは、日本中に見られることだろうが、やはり、少し寂しい気分になってしまう(タラ坊)。

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