きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

広電から松山行きフェリーへ

「総意が間違っていることは往々にしてある」
これは前回(っつっても3週間も前だけどさ)書いたことだが、それがまた隣国・韓国で繰り返されてしまったようだ。
朴槿恵大統領の反日っぷりは酷くて嫌いだったし、一方国内でもセウォル号事件での対応のまずさ、周囲との連絡の薄さなど責めは確かにあった。だが、大統領罷免の直接的きっかけは、友人の政治介入疑惑にあったらしい。これで世論が沸騰し、電柱が高いのもポストが赤いのもクネのせいということになってしまった。
朝鮮人の激しやすい民族性は、しばしば理性より感情を優先することで、その判断を間違えた方へ導いてしまう。政治や司法にはそれを修正する役割が求められるが、韓国ではそれも機能しない。すでに政治では、極左の文在寅(ムンジェイン)氏が次期大統領に確実視されている。左傾化を志向する国民の意思なのでそれは仕方ないが、冷静に法律の権威を守るべき憲法裁判所の8人の裁判官までが、全員一致で罷免を認めてしまった。ポピュリズムに法の支配が屈したのだ。私はこれを、共同体としての国家の崩壊と見た。
民衆の気まぐれによって法律も条約も覆されてしまうのでは、一切の秩序も信用もありえない。国際的にそう受け止められていることに、韓国民のどれほどが気付いているだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P1000990.jpg

広島駅から広電に乗り、宇品へ。日本で最も路面電車路線網が充実している広島なので経路はいくつか選べるが、この比治山下経由の5号線が最も近道になる。近道な代わりに、車窓も車両そのものも、どことなく地味だったりはする。

P1000994.jpg

さてこの宇品の電停、実際には「広島港(宇品)」と案内される。それにしても、頭端式の、路面電車にしては壮大なターミナルだ。都電でいうと、これが早稲田や三ノ輪橋に相当するわけだから、正直羨ましくなる。
背後の広島港は拡大を重ね、広電もそれに合わせて線路を伸ばしてきた。宇品電停はその度に移動し、広島港の連絡口という性格を強めていった。電停名が広島港に改名されたのは2001(平成13)年のことだ。
この電停の最大の特徴は、広島港フェリーターミナルとバリアフリーで直結していること。写真右の明るくなっているところが入り口で、死ぬほど便利だ。

P1000995.jpg

松山行きの船に乗る。乗船時間が比較的短いこともあってか窓口で切符を買うだけで、乗船名簿とかの記入は不要、そもそも予約も不要なのが楽だ。この航路にはジェットフォイルとフェリーが就航しているのだが、安くゆっくり行きたい私は当然フェリーを選択。19時45分の便が最終のようだ。

P1010008.jpg

村下孝蔵に、そのものズバリ「松山行きフェリー」という曲がある。あの曲はもっと黄昏たライトな雰囲気だったが、私が見た乗り場はターミナルの最も端の仄暗いところにあり、陽もとっぷり暮れた今回、むしろ「瀬戸内の 泡になります 憎いわあなた」的なドロドロの演歌を連想させた。なお、このフレーズは私が今考えたやつなので悪しからず |∀・)

P1010010_20170311025411b48.jpg

うっわー、繁忙期のはずなのに明らかに儲かってねえだろというパラパラの乗船率。客としては空いてる方が快適だが、石崎汽船が心配になり、酒を2本ほど買って飲み、援助したつもりになった |∀・)
2時間40分の船旅というと、夜行フェリーに慣れてきた私にとってはちょっと物足りない感じだったが、定刻の22時25分に松山観光港に着いた。ここから松山市駅まで行く伊予鉄道のバスが連絡していたが、私は鉄ヲタで電車に乗りたいのでこれをスルーし、海岸の道を高浜線の高浜駅へ向けて歩いた。これが間違いだった(つづく・イノテツ)
スポンサーサイト

| 鉄ヲタ紀行 | 03:43 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

最後の鉄道連絡船・宮島航路へ(2)

金正男氏が暗殺された。遺体の検視により、それが確定した。政治的野心を持っていない人物に対してあまりにひどいことで、首謀者として確実視されている実弟の金正恩・朝鮮労働党委員長の冷酷非道を糾弾せずにはいられない。「金王家」の嫡男として生まれた運命の悲劇を、外人の立場ながら深く悼む。
それなりの家であれば、嫡男っつうものはそれだけで余計な重荷を負うのだ。私んちは「金王家」なんぞよりはずっとしょぼい家かもしれないが、それでも嫡男である立場でありながら一族の総意に反し、結果として縁を切るという行為には勇気が必要だった。だから私は、金正男氏にシンパシーを感じていたのである。
総意が間違っていることは往々にしてある。
日本全体でも、民主党政権を選ぶという大きな間違いがあった。「民主党はいかん」と私がいくら訴えても、親も友人も、誰も耳を貸してくれなかった。だが一方で、昨今、安倍政権の支持率が上がるにつれ「多数派が正しい」みたいな雰囲気が醸成されつつあるのも私は怖い。正しいことは何なのか、誰かに頼るのではなく、各々が、自分の頭で考えてほしいのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【前回のあらすじ】
可部線から山陽本線乗り換え、宮島口駅から連絡船に乗り込んだ。

P1000936_20170218135442a1e.jpg

宮島駅である。駅とはいうが列車は一切来ない。来たこともない。かつて鉄道が来ていたバス停が引き続き駅と名乗っていたり、いつか鉄道が来る(かもしれない)といって駅を名乗っているのとも違う。JRと広電、2社の便が頻発しながら、実質はフェリーターミナルなのである。
「宮島へは船で行くのですか、知らなかった」。タラ坊さんの言葉にはっとした。瀬戸大橋も関門トンネルもあるこのご時世、より土木的には簡単そう、かつ旺盛な往来がある宮島へは、そういえば船便しかないのだ。そこを鉄道会社の経営とし、路線の一部としている。余計なインフラを整備しては地元の生活を破壊するお上ですら「宮島大橋」をかけることはない。なぜなのか。
聖地だからである。
時折クイズ番組なんかで出題される。「宮島にないものは何か」。それは墓である。島民の墓は全て対岸の本土にあるそうだ。聖地だからという理由だけでどんな不合理も許されるのが日本の伝統であり、私もまたそれを支持する。

P1000940.jpg

などといかめしいことを言ってると鹿に笑われる。宮島では神の使いとして神聖視され、島内各所を普通に徘徊している。どうだろう、「そんなに肩をいからすなよ、俺らにはそもそも肩がないぜ」と私には聞こえたのだ。

P1000960.jpg

(中略)どれ、なかなか来る機会もないのだから、厳島神社にお参りしていこう。うわ、拝観料とるのか、神社にしては珍しいな(300円)。世界遺産だから仕方ないのか。
とはいえ、「国寶厳島神社」とともに掲げられれている「世界文化遺産」の掲示がしゃらくせえわ。ユネスコごときの権威がそんなに有り難いのか、己の権威がいかにして築かれたのか忘れてんぢゃねえのかボケとさんざ腹のなかで悪態をつきつつも、話がめんどくさくなるのもイヤなので、おとなしく300円払って入場した('A`)

P1010042.jpg

(中略)私は、神社とか神道を外人に理解してくれとは思わない(してくれれば嬉しいけどさ)。神道は世界宗教ではなく、先進国の国民が信奉するにはありえない(と思われている)原始的なアニミズムだからだ。多分、島に鹿が徘徊してる意味も、なかなか外人には伝わるまい。でも私は教義だの戒律だのめんどくさいことよりも、そういう原始的なところにこそ宗教のキモがあるんじゃないかと思っている。僧侶の孫として大正大学に入り、仏教学士を取る過程において、徐々にそういうところに気づいていったことは皮肉だった。

P1000973.jpg

日が暮れてきた。聖地にいると立ち去るタイミングが掴みづらい。なにせ居心地がいいのだ。だがせせこましい人生で余裕がなく、今日のうちに対岸の四国・松山に渡らなければならない。面白いのだが、広島は母の、松山は父のゆかりの地で、でも出会ったのは東京なんだね。東京なんぞよりずっと近いところにいたのに出会うことはなかったってことだ。これが人の縁ってやつなんだね。あいにく私は、そういうものには恵まれそうにないけどさ('A`)

P1000986.jpg

(中略)名残惜しいが再び船に乗り、宮島口駅に戻った。うーん、ここもいかにもの昭和中期式の駅舎だわな。私は伊勢神宮のことを思い出していた。天皇陛下もご利用になる近鉄の宇治山田駅は実際立派な駅だが、それに比べて、より有利な立地のはずのJR伊勢市駅はまさにこんな感じの駅舎だった。それも近年、それっぽくリニューアルされたよね。
ここは大事なのだが、伊勢神宮は世界遺産ではない。ていうか、今後も登録されんなやと個人的には思っている。私は「世界遺産」というブランドをこの上なく胡散臭く感じてるクチだが、日本という国が思いの外注目される存在となり、この地を観光に選ぶ外人が増えたのなら、銭金は置いといて、なぜここが聖地なのか、どっかしらで説明してあげてほしいと、この駅舎を見ながら感じていた。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 17:16 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

JR可部線復活区間で試運転開始(3)

「いやはや早いですね、もう1月が終わってしまいました」。そんな時候の挨拶で始まったラジオ番組。それに対してコメンテーターが、「私なんか昨年の続きで13月が終わった気分ですよ」とか、俺は忙しいんだぜ感を醸しておったのであるが、そう言われてみれば、私も全く同じ感覚だったりする('A`)
何せ、昨年の年末進行が完全に破綻し、進行中だった仕事のほとんどが年をまたいでしまった。先日、ようやく鉄道もののムックを1冊入稿できたが、危惧した通り過労で数日寝込むなどしたので、まだまだ区切りがつかず、13月どころか14月に突入だ。
私の場合、過労に陥ると酒が飲めなくなるのがサインだ。5日ほど全く酒を飲まなかった。普通の人だと5日くらい全く当たり前のことだと思うが、アル中の私の中では事件である。こんなときのために漬け込んである特製薬用酒すら喉を通らず、意味ないじゃんかと嘆きの病床だった。だがここのところ、ようやくこれが飲めるところまで回復してきた。生姜、ニンニク、唐辛子などを漬け込んであるのでとにかく温まる。虚弱な体をだましだまし、もう一踏ん張りせねばなるまい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

可部線ネタは前回で終わりにするつもりだったのだが、可部〜三段峡間廃止直前の頃の写真が出てきたので、懐古ネタとしてうpしてみることにした。

P1010036.jpg

三段峡駅に停車中のキハ40 2047である。この車は現在は首都圏色(タラコ)に塗り替えられて岩徳線あたりを走っているらしい。記録によると平成14(2002)年12月31日の撮影だ。廃止の約1年前ということになる。

P1010040.jpg

広島市内だけの短い路線となった現在の可部線からは想像もつかないが、廃止区間、中でも末端部は全くの山間のローカル線であり、1日わずか5本の運行。私が乗車したときも、賑わう車内の大半は明らかに鉄ヲタであり、公共交通機関としての役目はすでに終えているとの印象が濃かった。
三段峡はこのように立派な駅舎を構えていたが、すでに解体されており現存しない。また、最後まで委託駅であったので窓口で常備軟券を買うことができた。確かに出札の様子を覚えているが、なぜか手元にそれが残っていない。金がなくて買わなかったのだろう('A`) 蒐集鉄の私にしては全く不覚だった。

P1010027.jpg

当時の可部駅である。電化区間のみで折り返す列車用の頭端ホームが1・2番線で、三段峡方面へ行く列車が発着したのが3番線だった。頭端ホームを擁する駅というのは、いかに小規模でも旅情をそそるものである。

P1000878.jpg

で、これが現在の様子。頭端ホームの1・2番線は使用が停止されており、近く撤去されるらしい。当時の3番線が1番線になり、側線のあったところにホームが新設され、それが2番線になっている。駅の機能が南にずれ、対面ホーム2面2線の構造に変わったわけだ。つまり、全くの途中駅になったということである。

P1000880.jpg

3月の改正時刻はまだわからないが、状況証拠からすると、現在の可部行きは全便あき亀山まで行くことになるだろう。可部線から可部行きがなくなるとすれば、おそらく初めてのことだと思う。代わりにあき亀山駅が頭端式の地平駅となったが、現場で見ると、なんというか、旅情みたいなものはまだ感じられなかった。そういうものを纏うには、ある程度の年季みたいなものが必要なのかもしれない。復活区間にできた新駅が景色に馴染んでいくのを見るのも楽しみだといえるだろう。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 06:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

JR北海道に金を落とす旅(6.賑わう新函館北斗駅)

週末、人と電話をしていると玄関の呼び鈴が鳴った。なんだよタイミングわりーな。「ごめん、すぐかけ直すね」と一旦電話を切り、出てみたらNHKだった。
地デジ化に合わせてテレビを捨て、NHKを解約して早5年。先日携帯電話もiPhoneに替えたことだし何もやましいことはない。「放送法64条にいう受信機は備えておりませんので、今後とも契約するつもりは一切ございません」というような感じで完全論破してやろうと、ある意味手ぐすね引いて待っていたのがついに来たのだ。だが、悲しいことに私はいつも本番に弱いのだった。

「帰れ!!!」

開けた扉を再び閉めるまでの所要時間5秒。私が発したのはこの一言だけだった。「何大きな声出してんですか」と捨て台詞を吐いて奴は帰っていった。まあ確かに近所に響いただろうなあれは|∀・) これまで来てたのは女だったので少しは気を遣っていたのだが今回は男だった。加えてえらく高圧的だったのが一層癪に障ったのだ。
人間、自分のことをよくわかっていないものだ。私もそうで、自分のことを至極温厚だと思っているのだが、実はもしかして気が短く沸点が低いのではなかろうか。
とはいえ実は、下手に説明するよりも、罵倒して取りつく島を与えないというのも悪くない方法なんだとか。確かに、いくら正直に説明しても、自分の数字のためには平気で人を騙す下衆どもだから、こうするのが最も有効なのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多分、今年最後の更新になるのかな。ここで北海道編を終わらせとこう。ていうか、本当はネタはあるんだけど出版業界特有の年末進行が今年は特に厳しくて、今回も現実逃避での更新になります('A`)

札幌から特急スーパー北斗で南下、新函館北斗駅に降り立った。
車内の注意書きで面白かったのは、日本語では「車内では静かにしてね」だけの注意書きが、中国語では「旅先で楽しい気分になるのはわかるけど、車内には他にもたくさんお客さんがいて、中にはゆっくり休みたい人もいるので静かにしてね」と異様に詳しくなることだった。私はハングルを解さないが、同様の字数を費やしてるところからして、同じようなことが書いてあるのだろう。要は中国人・朝鮮人のための注意書きなのだ。ああなるほど、大沼公園駅で大量の中国人が乗り込んできて、車内はえらい喧騒となった。インバウンドだかなんだか知らないが、エチケットをわきまえない奴らには、いくら金を落とそうが来てほしくない。私は日本が貧しくなることよりも、日本社会のモラルが壊れることをよっぽど恐れる。

P1180265.jpg

見事な晴天の新函館北斗駅。改名直前、前身の渡島大野駅についてはこちらをご覧くださいね。なんだか色々それっぽい説明はしてあったけど、要するに直方体ですよね('A`) デザイナーを自称する私がいうのもアレだが、そんなにネタがないなら、先人のアイデアを拝借するのも手だと思うよ実際。

P1180270.jpg

多分、駅前には再開発区域みたいなものが指定されていて、その範囲は以前来た時とは見違えるような発展ぶりだった。だが、同じ駅前でも、それに指定されてないんだろう区域は相変わらずこんなだった。これは先ほどのリンクで定点撮影をしているので比べてみてね。良くも悪くも見事に変わってません。

P1180273.jpg

あっ、これ残したんだ! と嬉しくなったのがこの油庫である。あれ、でもこんなところだったっけと手前の説明板を見てみると、やはり移設したらしい。だがこれがあることで、新函館北斗駅が全く新しい駅ではなく、前身の駅が明治時代からあったことを証明できるだろう。

P1180279.jpg

私が乗るはやぶさ34号がやってきた。高架ばかりで基本的に撮影ポイントに乏しい新幹線だが、ここ新函館北斗駅はいいかもよ。もっともエチケットは守ってね。そこを破るとみんなの不利益につながってしまうから。

P1180290.jpg

先日も書いたが、34号の席は新青森駅までしか取れず、新青森で36号に乗り換えなければならなかった。まあここで酒やつまみを買えたので別に不満はないのだが、改めてこの駅名標を見てげんなりとした。七戸十和田の仮駅名は「七戸」だったし、奥津軽いまべつのそれは「奥津軽」だった。七戸町も十和田市も南部縦貫鉄道、十和田観光電鉄を失って必死だったんだろう。今別町も仮駅名を見て、自分のところの町名が消えることに反発したのだろう。だが、こういう複合駅名は新函館北斗もそうだが、長ったらしくて利用者の利便を損ねる。奇跡的にうまくいったのが地下鉄の清澄白河だが、基本的にはやめてもらいたい駅名設定法だ。まあ、うちの実家の最寄り駅「みらい平」みたいな、土地に何の縁もゆかりもない腐った駅名よりはずっとマシだけどさ('A`) (イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 04:28 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

JR北海道に金を落とす旅(5.さよなら留萌〜増毛間)

先日、十数年使ってきたコンポが天寿を全うした。金もないのでMaxLPという一体型のターンテーブルのみを買い換え、あとはiMacの内蔵スピーカーでネットラジオなんかを聴いていた。そんなある日、ジャズ、それもベーシストのリーダーアルバムを聴きたいなと思い、外付けドライブにビル・クロウのCDを入れてみたところ、あれ? ベースの音がしない。まあ内蔵スピーカーじゃ無理もないか(‘A`) 一方で、ターンテーブルの内蔵スピーカーもまた、当然のように貧弱なのだった。うーん、やっぱり別途スピーカーは要るなあと物色してみると、なんかもう、時代はすっかりBluetoothなんだね。そういえば、うちのマウスやキーボードはすでにBluetoothなわけだ。確かにコードレスは扱いが楽だわな。また、もともとiMacの内蔵スピーカーは性能がいいので、半端なものを買うとがっかりするとの情報もあった。で、Bose SoundLink Mini Bluetooth speaker IIという、思いっきり高いやつを選んでしまった(今ならキャンペーン価格で22000円)。Bose製品は初めてだったが、Boseといえば、低音がブインブインというイメージ、ベース好きな俺向きじゃね? と思ったのだ。デザインといい大きさといい、iMacにすごく合う。そして件のビル・クロウを再びかけてみると、もう全く別世界。この小さな筐体から、どうやってこんな迫力ある音が出るんだろうと驚いた。まあいかんせん小さいのでステレオ感が乏しいのだが、こればかりは仕方ないか。Bluetoothスピーカーながら従来の入力端子もあり、ターンテーブルと繋げば、懐かしのアナログサウンドが豊かに甦るのだった。
こうして、私の部屋から25年ぶりにコンポがなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【前回のあらすじ】
増毛駅で夜を明かし、有名撮影ポイントで回5923Dを撮影、再び増毛駅に戻った。

出版業界は今まさに年末進行で、私も無茶なスケジュールに悶絶状態なのです。これも現実逃避的に書いてるわけで、冒頭の枕駄文にいたっては先日書いてストックしといたもの。実際、やってる場合ではないのだが、今日は留萌本線(留萌〜増毛間)の最終日ということで、無理に更新しちゃいます。

P1180238.jpg

素晴らしく晴れた朝の増毛駅。高台の左のほうに増毛灯台が見える。そこに、いつものように列車がやってきた。車両がキハ54になってからでも30年繰り返されてきた光景だ。
だがそれはすでに当たり前の光景ではなく、消えゆく前の特別なものに変質し始めていた。私は鉄ヲタとして、いくつかの鉄道路線最終日の現場に居合わせた。だがもう今は、あのイベントめいた雰囲気に耐えられない。私にとって鉄道は、いつも当たり前のように走っていなければならないものなのだ。

P1180237.jpg

すでに全ての側線が剥がされ、本線だけが簡易な車止めで途切れている留萌本線の果て。レールの端に66k720mとあるのが判る。もともとJRの本線格として筑豊本線に次ぐ短さだったが、今日の区間廃止で最短の本線となる。もっともその時期も長くはなく、残る深川〜留萌間の廃止もほぼ確実な情勢だ。
すでに並行して深川留萌自動車道が供用されていて、近く全通の予定だ。明らかに留萌本線を潰すのが目的だろこれという道である。真新しい高架の存在感が、ひなびた線路を圧倒する風景には胸締め付けられた。
また、留萌からは増毛・雄冬を経由して札幌への近道となる国道231号ができ、今回の廃止区間沿線の人は、すでに札幌へ出るのに深川を経由する必要がなくなっている。寂しいことだが、時代の流れの中で、留萌本線は役目を終えたのだ。

P1180247.jpg

名残惜しかったがこの深川行きに乗り込み、廃止区間を乗り納めることにした。この区間は、最後まで昔ながらのスタフ閉塞が残されており、留萌駅で通票の授受を行なっていた。すでにすっかり時代がかった鉄道アイテムであるこの通票も、路線とともに姿を消すことになる。
増毛を出た列車は、箸別までそろそろと進んだ。線路の状態が悪いながらも、廃止を控えて本格的な補修もできないからだ。昨夜歩いて巡った朱文別や舎熊、信砂といった駅一つひとつに別れを告げながら噛みしめるように乗車した。

P1180251.jpg

留萌駅で下車し、次の留萌始発の列車を待つことにした。連休の素晴らしい行楽日和だというのに人影は稀。いかにも昭和中期式の立派な駅舎に残る昔日の賑わいの跡が、亡霊となって抜けるような青空に吸い込まれて消えていくような、おかしな錯覚を覚えた。

P1180257.jpg

窓口で、新函館北斗までの乗車券を購入。この3月に開業(改名)したばかりの新函館北斗駅と、今日で廃止される増毛駅。共存していたのは今年のわずかな期間のみだった。ある意味貴重な切符になるのではと思い、JRへの援助も兼ねて購入したのだ。この時の私はまだ、留萌駅もまたなくなる運命にあることを知らなかった。途中下車しといてよかったと、後で思ったのだった。

ぼちぼち最終列車の頃合いかな。できればもう一度行きたかったが、やはり叶わなかった。今頃現地は大賑わいだろうが、私は遠くからさよならを言うしかない。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 19:43 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT