きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

初めての真岡鐵道(1)

新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)の市販本が、去る3日に刊行された。それを当日の産經新聞半五段広告で知ったのだが、正直いっておかしな話だ。私はこの教科書の本文デザインや装丁を担当した。事前にゲットできていていい立場だと思うが、つくる会の会員じゃないし、教科書という特殊なジャンルなので、勝手が違うのか('A`)

スクリーンショット_2015_06_09 19_17_13

でも欲しいので買いに行くと、池袋のジュンク堂にも渋谷の丸善にもない。明らかに品薄だ。どうやら、希少本であることを見越して、自分は読む気もないくせに買い占め、高く売りつけようとする輩が暗躍しているらしい。この画像では判らないところだが、発売当初から定価の2倍、3倍というあざとい値段設定で売るようなのもいた。ネットの普及がもたらす弊害の最たる例だ。こんなのに乗せられては負けなので、意地でも定価で買おうと、やっと見つけた新宿の紀伊国屋が5件目だった。
もちろん、一般人の目に触れないように工作する左翼の動きもあろう。彼らには、なぜか金とヒマがある。つくる会の教科書が、かなりの部分ボランティアで作られているのとは対照的だ。

報道の通り、つくる会の教科書は最初の検定で不合格になった。文科省による検定意見の書類を私もいただいた。ここは大事なのだが、そのほとんどが単純な誤字によるもので、内容に対する意見ではなかった。こういう単純ミスで世間の突っ込みどころを提供してしまったのは残念至極だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、母を乗せてドライブに出かけた。氷河期世代の私にとって、子供の頃にはうるせえうぜえ存在だった団塊の世代だが、今や母も高齢者となり、心身衰えてきた。こうなってみると逆に寂しいので、楽しんでもらいたくて気をつかってみたのである。

DSC_2356_20150610003020caa.jpg

母が今も住む茨城県南には大した観光地がないが、といって遠出もつらいぞという場合には、国道294号が便利なことに気付いた。母は、若い頃から渋滞が嫌いだ(好きな人はいないだろうが)。マニュアルしかなかった頃、亡き父がえらく苛立っていたことを、今さらながらに思い出す。その点、茨城県内の294号はあまり混まない。私のように運転の下手糞な免許取得歴22年にとっては適した道だといえる。度々強いられる車線変更はストレスだが('A`)
母は駅が好きだと言う。鉄道そのものではなく、人が集まり、出たり入ったりする吸引力に魅力を感じているのだと思う。この下館駅は気に入ったようだった。人が行き交うとはいっても、あまり大きな駅は気疲れすると言う。

DSC_2365_2015061000302347e.jpg

次に着いたのが、この久下田(くげた)駅だった。手前の折本駅に行こうとしていたのだが、いつの間にか通り過ぎてしまっていた。鉄ヲタを自称していてあれだが、真岡鐵道沿線に来たのはこれが初めて、勝手は全然判らないのだった。だが母はこの駅をえらく気に入り、しばらく過ごすことになった。

DSC_2360_20150610003022f07.jpg

「ここはな、儲からないので国鉄がおっ放り出して、今は三セクやねん」という私の説明をよそに、手入れが行き届いていていい雰囲気だと母が感じ入るので、ヲタの話はやめにした。

DSC_2363_20150610003022097.jpg

で、駅舎前に掲げられていた高札がこれである。不良だの廃人だのと、今や言葉狩りで消されてしまったフレーズ満載だが、どんな時代にも、悪いものを悪いと言う大人の勇気は必要だ。そうした勇気を失うことで、LINEのレスが遅いなどという理由で命を落とす子供が出てきてしまう。(イノテツ)
スポンサーサイト

| ローカル線紀行 | 01:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

三年ぶりの湊線〜青い空・高い空(5)

DSC_7717.jpg

湊線の撮影をするにあたり、磯崎〜阿字ヶ浦間でカメラを構える人は少ないだろう。確かにこの区間には、沿線の魅力だとされる開放感がない。だが、住宅地の中を行くこんな姿も、まあ絵にはならなくてもキハ20系列の日常の姿ではあった。私の世代だと、キハ20系列はすでに骨董品扱いだったので、ど田舎を走る姿ばかりが紹介され、てっきり赤字ローカル線専用みたいな印象だったわけだが、実際には昭和中期、日本が一番輝いていた時代の非電化路線の主役だった。ああ涎が垂れる。それをリアルタイムで見られた世代はこの上ない幸せ者だ。そうした時代の追体験ができるのも、いまや西の水島、東のひたちなか、この2カ所しか残されていない。

DSC_7729_20141007193240844.jpg

5回にもわたって引っ張ってきた今回のひたちなかネタ、体調不良をおして朝から夕方まで沿線を歩き続けたのも、古キハ2連の後、これが出てくるのがリサーチ済みだったからだ |∀・) まあ、ほとんどのファンはこのタイミングで帰っちゃったんだろうけどさ('A`) このデザインに塗り替えてから4年半、いい感じに年季が入り、車両に馴染んできた。…というタイミングで、このキハ3710-02にラッピングが施された。
https://twitter.com/minatoline/status/517261839713841153/photo/1
事前に連絡はいただいていたのだが、アニメのタイアップとかなのかな? しばらくこの状態で走るそうなので、好きな方は見に行かれてくださいね。

DSC_7733_20141007193241d7a.jpg

あまり注目されないこの区間ではあるけれど、駅間は短いし、意外な発見があるかもしれないから、歩いてみるのも悪くないよなどと、言うだけ言っておしまいにしようと思う。住宅地の中なので、くれぐれも地元民の邪魔にならないようにしたい。

DSC_7752.jpg

阿字ヶ浦駅。かつては海水浴客で大混雑したというこの駅も車社会に呑まれ、今やすっかり閑散としている。一方で、終着駅の哀愁感がもう一つ乏しいのは、さらに延伸される前提の、「暫定的な終着駅」だからだろう。そもそも三セクの社名は、ひたち海浜公園延伸への願いを込めて命名されている。すでに4つのルートが提案されているらしい。
湊線延伸4ルート案
この中では、海岸沿いを高架で行き、途中に「阿字ヶ浦海岸」駅を設置する案が断然魅力的だが、相応に高くつく('A`) この区間の乗客の多くが観光客であろうことを考えると、定期列車を走らせることへの不安がないではないが、シーズンには3両つないでも超満員という盛況らしいし、活かさないのも勿体ない。ぜひ実現して、車社会の一角を切り崩す力になってほしい。

DSC_7772_20141007204043eb1.jpg

暑い一日だった。阿字ヶ浦の温泉で疲れを癒す前に、浜に出てみた。おお、水平線がくっきりだ! 海辺に住んでいるわけではないので、これだけはっきりした水平線を見たのは久し振りだった。立ち去りがたく、夕暮れ時までここで過ごした。
翌日以降、えらい日焼けに皮が剥けまくったのはいうまでもない('A`)(イノテツ)

| ローカル線紀行 | 20:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

三年ぶりの湊線〜青い空・高い空(4)

湊線には並行する道路が少ない。歩いているうちに森の中に引き込まれたりする。坂道を上り切るとやがて傍らに県道が近づいてきて、線路から相当離れたことに気付いた。焦り気味に歩を進めると、田舎道の曲がり角に猿田彦大神の板碑を見た。「こっちだぜ」と言われたような気がして角を曲がると下り坂になって、再び森に引き込まれ、樹間に線路を見つけることができた。ひと安心だ。猿田彦は道案内の神様である。

DSC_7657.jpg

東水戸道路の橋脚の辺り、中根駅に近い。決めておいた構図で撮った写真は、ジャストタイミングで背景を通過する車によって見事に撃沈('A`) これはどさくさ紛れに撮ったやつである。何も考えないで撮ったものの方が良かったりする。
この辺り、ゴミの投棄を戒める立て札が執拗に並んでいる。それも相当きつい文言だ。よっぽど腹に据えかねるレベルの投棄なのだろうし、その犯人の多くが撮り鉄であろうことも想像に難くない。撮り鉄のモラルについてはかねてから問われていることでもあるし、地元民に迷惑をかけるようなことは厳に慎みたい。

DSC_7665.jpg

沿線は稲刈りの真っ最中だった。稲刈りの風景と列車を合わせて撮れば季節感満点くね? と考えるのが当然の流れというもの。とはいえ、稲刈り機と列車が同じ構図に収まる瞬間というのは意外と少ないのだった。やっと撮れたのがこれ。本当は古キハとの組み合わせを見たかったが、ちょうどそのタイミングで稲刈り機は止まり、運転していた人は籾を満載した軽トラに乗り換えて行ってしまった。籾を自宅に運んでから再開するのだろう。ああ、相変わらず本番に弱い('A`) しかしまあ、古キハと組み合わせるなら、鎌で稲刈りをする古来の図式こそ適切なわけで、ここはむしろアニマルの方が適役だったのかもしれない。
それにしても稲刈り機ってすごいんだじぇ。刈るだけじゃなくて、自動で脱穀して、籾だけになって出てくるんだじぇ。歴史の教科書でよく見る「千歯こき」。技術革新の例として紹介されるが、今や刈り取りと同時に行われる、機械化された作業なのだった。

さて、ここら辺で列車に乗ることにする。冒頭の写真の古キハ2連。キハ2004の方は貸切になっており、一般客はキハ222限定。とはいえ、動く機会の少ないキハ222に乗れるのは嬉しいことだった。すいてもなく混んでもない、快適な乗車率だ。

DSC_7705.jpg

車窓に海が現れるのは、ほぼこの区間に限られる。それも、いたって短い時間でしかない。それでも、古キハの車窓から見る海には胸に迫る旅情があるのだった。

DSC_7711.jpg

一方、私が「曙光の大地」をデザインするにあたってイメージした風景はここ、平磯〜磯崎間の畑だった。この景色もまた見事だ。広い。昨今の車両では開かなくなった窓を開ければ、爽やかな風が吹き込んでくる。北海道出身のこのキハには当然冷房も、それどころか扇風機すらついていない。だが、そんなもん要らんと思わせる秋の外気だ。いつまでも味わっていたいと思わされるのだが、残念ながら下車駅の磯崎が近づいてきた。(つづく・イノテツ)

| ローカル線紀行 | 10:23 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

三年ぶりの湊線〜青い空・高い空(3)

大のラーメン好きで辛党である。こういう食の嗜好は、会食の場面ではマイナスでしかないので封印するが、一人のときは好き勝手に食う。最たる例がこれである。

20140924164152.jpg

三田製麺所の期間限定激辛つけめん「灼熱」の大盛り。辛さは「1辛・2辛・3辛・極限」の4段階から選べ、写真のものはいうまでもなく「極限」である |∀・) いつもは「3辛」を頼んでいたのだが、話のネタにと挑戦してみたのだった。旨かった。旨かったけれど本気で辛い。正直、常人にはお勧めできない。やっぱり、飯は楽しんで食いたいよね。店員に訊いたところ、灼熱の販売は今月いっぱいとのこと。もう1回行くとすれば、やっぱり3辛にしておこうと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

DSC_7623.jpg

那珂湊駅から、線路沿いの道を中根方面へ歩いていくと、間もなくこういう立て看板が現れ、新駅設置工事の現場が近づいてきた。新駅の名前は「高田の鉄橋」。

DSC_7624.jpg

当初の仮駅名は、傍らにある住宅街からとって「柳が丘」とされていた。付近の大型店舗への最寄り駅にもなる。一応一部に上屋もついているが、国道の陸橋直下でもあり、雨の日でも安心そうだ。こんな話をしていると、市街地の真ん中のような印象だが、国道側からこの駅を見ると、

DSC_7629.jpg

隣接して4種踏切があり、未舗装の農道が田んぼにつながっているという、極めて長閑な環境でもある。おそらく、線路の南側のみが市街化区域であるために、このようなコントラストが生じたのだろう。

DSC_7632.jpg

駅名の由来となった高田の鉄橋は、駅の中根寄りにある。正式には中丸川橋梁といい、湊線に乗っていて「橋を渡っている」と実感できる唯一の場所だ。実は標高2メートルというきわどい場所。湊線は社名のに割には比較的内陸を通るので直接津波をかぶることはなかったが、ここもまさに被災地なのだった。

DSC_7633.jpg

この鉄橋を絡めた撮影は面白いと思う。私は縦位置が好きなのでついこう撮ってしまったが、多分横位置で撮った方がいいよ |∀・) 以前、国道の陸橋の上から撮った写真も、田園の広さを強調できて面白かった。
高田の鉄橋駅は10月1日開業とのこと。周辺を歩いていて、未開発の撮影ポイントがまだまだある予感がした。次に湊線に行くときは、ぜひこの駅で下りてみたい。(イノテツ・つづく)

| ローカル線紀行 | 11:10 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

三年ぶりの湊線〜青い空・高い空(2)

DSC_7582.jpg

キハ37100「アニマル」に乗って那珂湊に着いた。うわあ懐かしいなあ。交換列車は朝から走っていたキハ2004に222を増結した2両編成。ひたちなか海浜鉄道ホームページでは週末に動く車両が告知されているので、調べてから行くといい。キハ222は国鉄キハ22形の派生形であり、現役唯一の存在だ。当然湊線でも最古参なので、なかなか動かない。珍しいなと思って来てみれば、キハ205がうらぶれた姿で車庫にいた。入場中らしい。ああ、それでか。
それはそうと、構内踏切の遮断棒が上がったのにキハ222が邪魔で渡れないというのがこの図である。停止位置を間違えたのだろう。「二台つないでっから渡れねえぞ」と、懐かしき茨城弁が背後から聞こえる。こちとらおかげで面白い絵が撮れました |∀・)

DSC_7590.jpg

キハ222がまとっているのは、いわゆる「国鉄旧標準色」というやつだ。厳密にはキハ22系列の車両に塗装されたことはないんだそうだが、雰囲気的にはよくはまっている。一見地味だが、青空の下でなんともいえない存在感を示していた。

DSC_7588.jpg

ここでも駅名標を撮っておく。次駅が「なかね」になっているのは9月いっぱいで見納めだ。湊線の駅名標はほとんどが新しいものに代えられているが、ここのはどうなるのかが気になる。この形式のまま、表示だけ書き換えてほしいけどどうだろう。

DSC_7598.jpg

ホームに佇むミキ。三木鉄道から転じた当時はかすれていた「ミキ300-103」の表示が美しく書き直されていた。手入れされてるんだなあ。この番号は三木鉄道当時のままで、当然海浜鉄道とは何の関わりもない。他線に転じた他のミキ300形はそこで改番された。ミキ300-103は当初、三木市で保存される方向だったらしいが、現役で走る方が車両にとって本望だろうと、ひたちなかへ譲渡された。番号が残されたのは、三木鉄道の遺志を継ぐ意味があるのだろう。そして湊線は震災を越え、100周年を迎えた。サボが、静かに誇りと希望を語っている。

DSC_7615.jpg

いやはや今日はいい天気で気持ちいい写真が撮れるなあと悦にいっていると、傍らから話し声が聞こえてきた。
「運転手さんに立ち入り了解してもらったけれど、ここ、茨城交通の敷地だもんね」
「まあそうなんですが、皆さんここを通り道にしてるし、仕方なくてですね…」
( ;゚Д゚)ギクッ ファンと職員の会話だった。茨城交通は現在も海浜鉄道の49%株主であるし、バス営業所が那珂湊駅の一角を占めており、完全に撤退したわけではない。震災で湊線が止まったとき、代行バスを出したのは茨城交通だった。そう、ここはバスだまりである |∀・) 
あくまで私有地からの撮影であることを重々認識せねば。(イノテツ・つづく)

| ローカル線紀行 | 06:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT