きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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過去の鉄道、未来の鉄道。

JR高崎線・籠原駅で火災が発生し、2日にわたって高崎線が麻痺した。私がこのニュースを知ったのは、税務署で確定申告を済ませた帰り、池袋のラーメン屋で恒例のフルコース(ラーメンにビールや餃子や野菜炒めも付けるの♪)を楽しんでいる時、店のテレビでだった(情報遅っ)。
瞬間的に思ったのは、「なんでわざわざ籠原?」ということだった。籠原駅そのものはそう大した乗降客があるわけではないが、列車運転上、線内随一の拠点であり、この駅1つがやられるだけで高崎線全線が影響を受ける。特に上り方面は麻痺状態に陥ってしまうことが、今回の事故でも証明された。北関東3県へ向かう他のJR2線にも似たような存在の駅があり(東北本線の小金井、常磐線の土浦)、これらの駅がダウンすれば、同様の影響が出ることだろう。
「もしかして、狙われたんじゃねえか?」ラーメンを食いながら、私はそう直感した。単なる事故なら以後気をつければいい話なのだが、もし外部の誰かに狙われたんだとしたらことは面倒だ。なにせこれまでの民度の高さに依存して、日本の防犯体制は実に脆弱だ。先ごろJR東日本で頻発したケーブル火災も、当初いわれたようなJRの過失ではなく、外部に犯人がいた。もし今回もそうなのだとしたら、JRは防犯のために、これまでかけなくてよかった余計な経費を振り向けなければならなくなるだろう。私の杞憂ならいいのだが。

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忙しいながらも意外と体調がよかったので、貴重な晴天を狙って取材に出た。鉄の仕事ならよかったが、全く関係ない |∀・) 場所は横浜・みなとみらい地区。実家がある茨城県某市のネーミングは、ここのをパクったのだろうともっぱらの噂である('A`)
撮影していると、小さくもごつい橋がかかっているのに気付いた。

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お、あれは鉄道橋ぢゃねえのか? まあそうだとしても明らかに廃線ぽいけど…とりあえず行ってみることにした(仕事はどうした)。

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案の定、臨港線の廃線跡を利用した遊歩道だった。汽車道と呼ばれている。廃止されて随分経つんだろうと思ったらそうでもなく、横浜博覧会(1989・平成元年)の際には、ここを臨時の旅客列車が走ったのだという。両脇の木は桜だろうか。もうじき見事に沿道を彩るだろう。

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橋はアメリカンブリッジという会社によって架けられた明治時代のものだった。1907年の銘板と、対岸のランドマークタワーがなんともいえない景色を生み出している。
せっかくここまで来たのだから他にもいろいろ見て回りたかったのだが、いかんせん時間がなく、滞在時間わずか30分にして現地を後にした('A`)

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だが、帰りに偶然、山手線の新車E235系に遭遇! 帰り道とは逆の外回り運用だったが、ちょっとだけ乗ってみることに(時間がないんじゃなかったのかよ)。
車内はまあ、窓上の広告スペースが液晶画面になっている以外、それほど新味のあるものではなかったが、偶然乗り合わせたと思われる外人観光客が、やたら物珍しそうにしているのが印象的だった。
この写真では側面がよくわからないが、E235系では、扉と扉上部のみにうぐいす色が配されている。目の当たりにして気付いたが、扉が開くとほとんどステンレスの地色のみとなり、破滅的に安っぽいのだ。まあ安っぽいというか実際安くあげたんだろうがこれはいけない。東武50000系のように、窓の傍にも色を配したほうがいい。

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大塚まで帰ってくると、これまた偶然、前回紹介した8900形の3次車(8905号車)がやってきた。おお、もう営業運転を始めていたのか。さすがにこれに乗ってるヒマまではなく、さっくり撮影して先を急いだ。(イノテツ)
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| 都会の鉄道 | 05:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬晴れの東武野田線

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メイン機としてこれまで使ってきたiMac(左・24-inch, Early 2008)、不景気で金がないこのタイミングでガタがきた。中でも光学ドライブがぶっ壊れ、気まぐれにディスクを吐き出さなくなったのが恐怖で、新型(Retina 5K, 27-inch, Late 2015)を導入し、Early 2008はサブ機とした。これまでのサブ機はPowerMac G4だったのだがこれを処分、とうとうOS9の環境を手放すことになった。昨今では、古いパソコンを着払いで送りつけると、無料で処理してくれる業者があるので助かる。私も今回はこれを利用した。
さてLate 2015、当初は27インチはさすがにでかすぎるだろうと、21.5インチの廉価モデルを検討していた。だが、実は大きさだけではなく、後から自分でメモリの増設ができるか否かという、結構重要な違いがあったのだった。また、昨今、記憶媒体がHDDからSSDに移行しつつあるということを初めて知った(この世界には疎いからね)。このSSDは梅モデルには搭載されておらず、なんだかんだで最上位の松モデルを選択することに。価格.comで最安値の店を探し、そこの吊るしを注文したわけだが、それでも思い切り予算オーバー('A`) ソフト類やフォントなども新調せざるをえず、凄まじい出費となった。まあ、金のことばっかり言ってると鬱になるので、仕事を少しずつ新環境に移し、作業の練習をしている。だいぶ使い勝手が変わっており、慣れるのにはしばらくかかりそうだが、なかなか楽しい。
ところで、27インチは思ったほどでかく感じなかった。アスペクト比が変わったこともあり、24インチと比べて高さは1センチしか違わない。そして、何しろ画面が綺麗だ。何せ5Kだぜ♪ 新しく買おうと目論んでいるカメラで4K動画を撮っても、余裕で対応できる。今年は景気が悪かったが、こうして今のうちに新環境を準備しておき、来年巻き返しを図りたいと目論んでいる。

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忘年会たけなわですね。私もいくつか出席したわけだが、今回は船橋でやるというので、早めに現地入りし、東武野田線の撮影をしてみることにした。
野田線といえば、以前、当ブログのメンバ−3人で競作企画を立てたのだが、当時は流れた。走ってる車両が8000系ばかりでつまらんというのが理由だった。そのせいか、その後も野田線を扱ったネタはなかった(と思う)。

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だがあれから数年、野田線の様子はずいぶん変わった。画像の電車は10030系。そのうち流れてくるだろうなと予想はしていたが、思いの外早い投入で驚いたものだった。

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そして60000系。野田線に直接新車が投入されたのはさらなる驚きだった。しかも60000系は、野田線専用の形式だ。先輩格の50000系同様、いわゆる走ルンですシリーズのようなチープさがなく、個人的には好きな車両だ。

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そんなわけで、8000系はだいぶ影が薄くなった。すでに伊勢崎線の浅草口や東上線の池袋口からは撤退しており、6両連ねて走る姿は今や貴重なものとなった。時代の移り変わりの早さである。

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そうは言うのであるが、愛称の「アーバンパークライン」は如何なものか。今回初めて新船橋〜馬込沢間を歩いたのだが、どこがアーバンでパークやねんという、いい感じの田舎だった。沿線民の知り合いは「誰もそんな風に呼ばない」と言っている。どうやら近年、東武は野田線を伊勢崎線、東上線に次ぐ路線として重視しているらしいのだが、その一環としてこの愛称をつけたんだとしたら、むしろイメージを微妙なものにしてしまっている気がして残念だ。(イノテツ)

| 都会の鉄道 | 15:08 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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19時のスナップ

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最近はホッピーがマイブームだ。昔、父にホッピーとはどんな飲み物なのかと尋ねたら、貧乏人がビールの代わりに呑むもので旨くはないという答えだった。私はそれを信じてこの歳になったが、父の話はどうやら嘘だった。旨いぢゃないですかこれ♪
実はこれまで、居酒屋でなら何度か呑んだことがあったが、確かに私にはしっくりこなかったのだ。ジョッキに入った焼酎にホッピーを注ぎ、割りながら呑むという居酒屋の流儀にどうも馴染めないのだ。ところが、製造元が勧める飲み方は、てんでそれとは違っていた。冷やしておいたグラスに冷やした焼酎を少し入れ、そこに冷やしたホッピーを勢いよくジョバジョバ注ぐいわゆる「3冷」という方法だ。25度の焼酎を5倍のホッピーで割れば5度。見た目もビールっぽくなるのだが、すっきりした味わいでのどごしが良く、ビールの代用品なんかではないと感じる。また、低カロリー・低糖質・プリン体ゼロと、昨今流行りのビールテイスト飲料のはしりがすでにここにあったことも初めて知り、驚かされた。
とはいえ意外なことに、ホッピーは東京ローカルの飲み物なんだそうだ。首都圏でほとんどが消費され、地方ではお目にかかれないものなのだという。あるいは四国出身の父は、実際には飲んだことがなく、聞きかじりの知識で誤摩化していたのかもしれないなと、ふと生前のことを思い出すのだった。

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Macやカメラや他諸々が一斉に買い替え時期になり、怒濤の出費になりそうだ。こうなると他を切り詰めるしかなく、今日などもせっかくの行楽日和に近所を徘徊するのみ、食事はカップラーメン一食とかいうザマ。どう考えても痩せそうだが、特異体質なので、こんな生活でも全く体重は落ちない('A`)
そんな状況ではあるが歩くのは好きなので、近頃は足首にウェイトを付け、トレーニングを兼ねて歩いている。そのついでに、こうして写真を撮ったりしているのだ。

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ニコンD90。私にとっては初めての一眼レフカメラであり、手持ちで夜景が撮れるという新世界を教えてくれた。一度修理に出したが、6年使っているので私の中では最も長持ちしたカメラだ。だがさすがにぼちぼちガタがきている。

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まあ随分と乱暴な使い方をしたもんな。でもあともうしばらく頑張ってくれとなだめながら、気まぐれに反応しなくなったシャッターボタンを押すのだった。(イノテツ)

| 都会の鉄道 | 22:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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夏の俯瞰はビールとともに〜展望喫茶アサヒスカイルーム

先日書いた『時刻表読本』の続編の件、宣伝の時間がやってまいりました |∀・) タイトルは『夜行列車読本』、本日発売です。
私は本文全てのデザインを担当、各章扉などで、写真も提供しました。ただし、表紙のデザインは「読本シリーズ」通してのデザイナーさんを別に立てることになり、下ろされました('A`)
その表紙でフィーチャーされている「夜行列車で北帰行ができた時代」は、私が「これは素晴らしい!」と絶賛したコーナーで、そのせいか、制作途中で巻頭に移動になりました。その他、前回同様全て白黒なのが残念なものの、写真がかなり増え、楽しい誌面になりました。その一方で文字量が減ったわけではなく、要するに一層濃くなりました。一応ムックを名乗ってはいますが、そう簡単に読み終わらないだろうと思います |∀・) 旅のお供に、またタイムスリップの燃料に、一冊いかがでしょうか。

私は氷河期世代、若い頃には、辛うじて夜行列車網が維持されていた。これらを宿にして全国を貧乏旅行ができた最後の世代でもある。一方で、今回の本の著者さんたちは、夜行列車の全盛期を謳歌したど真ん中の世代が中心。その文章や写真に触れれば、妬ましさすら感じるほどだ。日本の鉄道は、失ってはならないものを失ったんだなと、改めて思わされる。
さて、私が目次の背景や章扉など、そこここに使ったのは、臨時列車でもあり、著者さんたちには一言も触れてもらえなかったムーンライト松山の写真。帰省に観光に幾度となく乗った、私にとっては愛着深い列車だ。とはいえ私の写真はイメージ扱いなのでキャプションは付かず、よってこの本に「ムーンライト松山」の名前は一度も出てこない。なのでせめて、ここで種明かしをしておきたい。

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当ブログ主の3人が、しばらくぶりで浅草に集合した。土用の丑の日じゃないけど鰻を食おうぜという、恒例に近くなったイベントである。年に一度、あるかないかのうな重。金と身体が許すなら何時間でも食い続けたい代物だが、至福の時間はたちまち過ぎてしまうのだった。

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駅前を過ぎて隅田川を渡る。昭和中期の無味乾燥な服を剥いだ浅草駅舎は、狭い立地ながらも堂々とした佇まいを取り戻した。だが残念なことに、近頃とみに目立つようになった外人観光客は、この駅舎には何の感心もない様子。バックにしてポーズをとり記念写真に収めるのはひたすらスカイツリー、そしてうんこビルの方なのだった('A`) 外人、特に西洋人にしてみれば、日本に来てまで洋風レトロ建築を見る意味がないのだろう。

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目指す展望喫茶アサヒスカイルームは、このうんこビルの隣、金色のアサヒビール本社ビル内にある。当たり前といえば当たり前だが、ビールが旨い。私は大ジョッキを注文(飲む前に撮影しとけよ)。スカイツリーの高さにちなんだ634ml入りだ。ほぼ大瓶に相当する量だが難なく飲み干せた。もう一杯いきたいところだが、深酒をする店ではないのでこの辺にしておく。

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元々ここはタラ坊さんが当ブログで紹介され、俯瞰の本の企画のヒントにもなった店だ。ビールの旨さはもちろんだが、素晴らしい展望が第一のウリである。我々が初めてここに来た時は、まだスカイツリーは建設中であり、全体を写真に収めることができた。だが今や、ここからでは巨大すぎて、うまくは撮れないだろう。

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画像右上がスカイツリーの足元になる。ソラマチの賑わいも見える。隣接して東武電車が走っており、対比するとその巨大さを実感できるだろう。そして、この構図で撮ると、否応無しにアサヒの看板が中央に入ってくる。計算ずくなのだとしたら見上げた商魂である。
ていうか、りょうもうの離合キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! この区間は急カーブが続いて電車が遅く、撮影にはうってつけだといえる。昨今ではスペーシアの色が多彩となって楽しませてくれる東武特急だが、さらに新しい車両を投入するそうで、そちらも楽しみだ。(イノテツ)

| 都会の鉄道 | 01:37 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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迷い込んだ夜〜神奈川臨海鉄道千鳥線

今井雅之さん、今いくよさんと、有名人が相次いで癌で亡くなった。二人とも、命を落とすにはまだ若かった。
私も父を癌で亡くしている。やはり、まだ死ぬような歳ではなかった。癌は他の病気と違って、自分の身体自身が変質して自らを壊していく病気だ。自分が敵だから厄介なのだ。
末期癌の治療、もっとどうにかならないものか。今井さんの場合も「壮絶な闘病」とかいわれたが、そんな言葉遊びはやめてくれ。それでなくても弱ってる患者に、壮絶な闘病なんかさせんなやってことである。なるべく最期までQOLを保てる治療を確立してほしい。父は余命3ヶ月を宣告され、実際には50日で逝った。だがもしこれが1週間に縮んだとしても、最期の時間を自由に穏やかに過ごしてほしかった。

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この仕事、大変スパンが長いのでいまだに正体を明かせないのだが、これに関わる取材でタラ坊さんと川崎に出かけた。すでに版元との契約期間を過ぎているため、ノーギャラである。出版業界は、こういうお人好しによって辛うじて保たれているのだ。しかも取材は失敗に終わり、とぼとぼ帰るザマ('A`)
まあそもそも、時間の読みを誤っていた。夕景を撮るつもりが、現地に着いた頃にはとっぷり日が暮れてしまっていた。私がタラ坊さんを誘い、ぬくぬくと温泉なんぞに浸かっていたせいだ('A`)
…と、タラ坊さんが鬱になっている傍らで、私のテンションは上がっていた。「あっ、線路がある♪」。

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川崎駅から市バスに揺られること20分、京浜工業地帯の一角である。鉄ヲタで1000円以上するごつい時刻表を買っていたとしても、その路線図に全ての鉄道路線が載っているわけではない。あそこに載っているのは旅客営業をしている路線だけだ。つまり、貨物専用線は載っていないわけで、当然知名度は低い。

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通りを横断すると、そっちにも線路があった。何本も並んでいるのでこっちが本線だろう…程度の想像はついたが、乗り鉄の私が、この貨物専用線のことを知るわけもなかった。
神奈川臨海鉄道千鳥線。後で調べると、そういうかっこいい名前の路線であることが判った。この線路が並んでいる場所は操車場で、時折、ここに中古の旅客車両が引っぱられてきて、海外に旅立ったりしているらしい。だが、基本はあくまでも京浜工業地帯から全国を行き来するための貨物専用線である。
さて、臨海鉄道というのは鉄道の一ジャンルである。ひたちなか「海浜」鉄道とか道南「いさりび」鉄道とか、昨今の三セクのネーミングでは地名と鉄道の間になんか一言挟むのが流行っているが、それらとは性格が違う。国鉄(現在はJR貨物)の貨物輸送を補完するために、港湾付近に敷設された鉄道の総称だといえる。有名なのは鹿島臨海鉄道と水島臨海鉄道だろう。この2社は旅客輸送も行っていて時刻表に載っているからだ。だがあくまでも、本業は貨物輸送だ。
いずれも昭和の高度成長期に開業した路線で、千鳥線も昭和39(1964)年の開業。全国の臨海鉄道同様、支線は廃止されつつあり、いわば、日本が最も輝いていた時代の名残だということもできる。

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工場マニアという趣味があるそうだ。確かにこうして見ると、複雑に絡み合った無機物の集合体が、あたかも生きているかのように動いて光り、煙なんかを吐いている。鉄道に対して感じる魅力と、どこか共通点があるように感じる。

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帰りは上野東京ラインを利用した。総武線方面のタラ坊さんには何の恩恵もないのだが、乗り換えなしで上野まで来られる私にとって、これはやっぱり便利だ♪
東京方面から6番線に常磐線のE231系が滑り込んでくるのは新鮮だし、高架ホームに185系が止まっているのもまた新鮮だ。185系はれっきとした国鉄型であり、塗色が登場当時の白地に緑の斜めストライプに戻されつつある。185系にはやっぱりこれが一番似合うわな。だが、オリジナル塗色に戻されるのは廃車の前兆だともいう('A`) これまであまり注目されることのなかった185系だが、活躍の場は確実に減りつつある。今のうちに記録しといた方が後悔しないだろう。(イノテツ)

| 都会の鉄道 | 10:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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