きまぐれ 鉄道日和

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初めての真岡鐵道(2)

私がデザインを担当した「時刻表読本」。おかげさまで好評をいただいたようで、現在、続編を制作中です。はっきりいって、前回の以上に力を入れています。出来上がったら、宣伝させてくださいね |∀・)
最近の仕事で感じるのは、編集のトレンドが変わってきたことだ。しばらく前までは「空間を活かす」とかいって、スカスカな本がもてはやされた。文字を大きくし、行間もガバガバ空けて、1頁数秒で読み飛ばせるような本を私も随分作った。だが最近は濃密な編集が目立つように思う。本文の文字の大きさからいって、駆け出しの頃お世話になった自費出版の某社だと14Q(3.5ミリ)が標準だったのが、今やっている本だと12Q(3ミリ)である。たった0.5ミリの差と思われるかもしれないが、入る情報量や誌面の印象は全く違う。
いうまでもなく出版業界は斜陽であり、常にネットとの対抗を意識しなければならない。そうしたとき、より濃密さと重厚さでもって存在感をアピールする方向に移ってきたのではないだろうか。デザインする側としては要素が増え、大変だ。昨日も「原稿が多すぎです。削れませんか」と編集に要望したりした。ただ、スカスカな本を作るよりも、明らかに充実感がある。この方向は間違っていないと感じている。

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【前回のあらすじ】
母とドライブで真岡鐵道沿線に来た。
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国道294号を下っていくと、「真岡8km」の標識が出た。「せっかくだから真岡まで行ってみようか」、私はそう言って、車を北へ走らせた。母は以前、亡き父に乗せられて、この先の益子には行ったことがある。だが益子はいいと言う。それでなくても多すぎる器の類いを処分している最中なのだ。
真岡に来たのは初めてだった。栃木県の中小都市には味のあるところが多いが、ここもそうだった。住んでみたいところだと母は言った。予定外だったので、予備知識はない。奇天烈な駅舎がある真岡駅の写真を見たことがあるだけだ。駅は、メインストリートを外れた、裏道みたいなところに面していた。

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真岡鉄道といえばSLもおかである。この駅舎もSLを模しているわけだが、私の関心は、当然、展示されているキハ20に向いているのだった。全ての鉄道車両の中で、私が最も好きなのが、このキハ20だ。しかし、ナウなヤングの私は、こうして静態保存してあるのを眺めることしかできない。現役のキハ20には、ひたちなか海浜鉄道でしか乗ったことがない('A`)

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なんでここにあるのかはよく分からないが、蒲原鉄道の貨車なんかも展示されていた。私が全国を旅していた頃は地方私鉄がバタバタ廃止されていた時期で、限られた金と時間では到底まわり切れなかった。蒲原鉄道も、最後まで行くことができなかった路線で、残念だ。

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ていうか、真岡駅がこんなに鉄分の濃い駅だとは知らず、結構楽しめた。
屋内に展示されていた旧型客車には「平⇔原ノ町」のサボが掲げられており、一時期福島に住んでいた母にとっては大変懐かしいもののようだった。母が越してきたときは平市だったのが、途中で合併していわき市になったんだと聞いている。思えば、現在の実家があるのがつくばみらい市という、実にみっともない市名なのだが、母があんまり抵抗を感じていないのは、当時としては極めて斬新だったひらがな市名への変更を、若い頃に経験していたからかもしれない。

現在は合併して真岡市となったが、以前は二宮町という自治体があった。私はてっきり神社の二宮があるからだろうと思っていたが、二宮尊徳が由来なのだった。そういえば、先に訪れた久下田駅にも尊徳の像があった。それで、桜町陣屋跡に寄っていこうかと提案したのだが、母が別にいいと言うので通過した。これが当たりだった |∀・) 行きに見つからなかった折本駅に着くと、SLもおか到着の10分前だったのだ。全くの偶然だった。うわ、SLを見るのは、俯瞰の本の取材でザンゲ岩に登って以来だぞ♪

折本駅に関しても全く予備知識がなかったが、駅付近におあつらえ向きの歩道橋があり、すでに見物客が集まっていた。階段は緩く作ってあり、膝の悪い母でも登ることができた。

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「SLとかいうからもっとごついのかと思ったら、小さいのね」。これが母の感想だった。そう、真岡鉄道のC11やC12は、ローカル線向けの小型機関車だ。母は都会育ちで、ローカル線というものに馴染みがない。SLといえば、D51やC62みたいなごついやつしか知らないのだ。それでも、もうもうと立ち上る黒煙や、懐かしい汽笛を聞いて、感動している様子だった。

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下館からの返しも、この歩道橋から撮った。茂木方にディーゼル機関車が連結され、C12は引っぱられているだけだった。それでもこの長閑な鉄道風景は、いまや得難いもので実に素晴らしい…ようにこの写真からは思えないかもしれないけど。露出の設定をしくじり、えらく飛んでしまったので、加工とトリミングを施しました('A`) 本来は背景に筑波山が入る。駅近くの歩道橋という極めてお手軽ながら、すごくいいポイントだ。
「ここはいい所だった。今度は列車に乗って来るわ」と感激していると、母が身も蓋もないことを言うのだった。「列車で来たら切符代が要るやないか」。なんかもう、さすがに大阪出身だけのことはあるわな('A`) 「いや、切符を買ってあげないと廃止されてしまうがな」。乗り鉄的にそう答えるしかなかった。
ごめんなさい。そういうことで、今回は真岡鐵道に一銭も落としていません |∀・) また機会を改めて、しっかり全線乗り通したい。そうそう、ここは「ときわ路パス」のフリー区間に加わったんだった。そういうのを活用しても面白そうだ。(イノテツ)
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| 沿線散歩 | 14:19 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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東京駅〜日本橋 百年散策

今回の衆議院選挙では、野党やマスゴミが、大義がないだの700億円だのと、いつになく批判的だった。解散風が吹き出す直前までは「国民に信を問うべきだ」とか同じ口で言ってたわけで、臭いものを感じていた。
選挙には「振り子理論」が働くという。前回大勝ちした政党は次は大負けするという、あれである。確かに直近数回の衆院選はそれに沿って推移してきた。しかし今回はそうならなかった。そうならないタイミングで解散し、勢力を維持して政権を延命しようというのが安倍首相の狙いだったろうし、野党やマスゴミもそれを感じたからこそ反発したのだろう。政策より政局が優先された印象は確かに否めない。
そうした中で漁父の利を得たのが共産党だったし、波に飲まれたのが次世代の党だった。正直言うと、大勢のことより、この部分の方が遥かに切なかった。時代はなかなか進まないなあ…。

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東京駅開業100周年ということで、いろいろなイベントが用意された。最大のイベントが丸の内駅舎の復原だったわけだが、それは置いといて、その他各種の催し物に関して、私はオールスルーだった。とにかくひねくれ者なので、他人と同じ行動をしたくないのだ |∀・) だがこの、「東京駅〜日本橋 百年散策」企画だけにはのらざるを得なかった。

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東京駅と、周辺四カ所をまわって、記念レプリカ硬券を集める企画である(12月20日まで、硬券がなくなり次第終了)。ああ、もろに収集癖がくすぐられるぢゃねえかw 丸の内駅舎のイラストが描かれたこれは台紙になっていて、これら5枚の硬券ともども無料でもらえるという太っ腹ぶり。あくまでレプリカではあるが、往年の硬券と同じ素材と方法で製造されている(ソースはパンフレット)ので、見た目は極めてリアルだ。日付もダッチングによるもので「14.12.20.」とある。14は当然西暦で、開業日の1914年12月20日からの100年を表していているわけだ。地紋は実は当時のものではない。五枚でそれぞれ違うので、観察してみると面白い、とにかく凝っている。

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裏面には、経由地であり主催者である五カ所の紋章が印刷されている。下のものはあまり見かけないが、鉄道省時代から受け継がれてきた動輪マークで、実は現在でも一部のJRで制帽などにあしらわれている。
また、本物の硬券同様、番号が印字されている。小さく付いている丸数字は、3巡目、4巡目を表しているのだろうか。だとすると、このイベントに、相当な人が参加したことになるなあ。
無料ではあるが、逆にいえば非売品なので、直接現地に足を運ばないと手に入れられないところに意味がある。この機会に、普段は行かないようなところを歩いて楽しかった。

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最たる例が、散策コースの起終点となる東京駅の八重洲口だ。うををっ、いつの間にかすっかり様変わりしているっ! 丸の内駅舎ばかりに気をとられて全然知らなかった。ツインタワーを両側に配し、駅舎そのものは低層になったので開放感があっていい。おそらく、丸の内側からの景観に配慮したのだろう。

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ここ日本橋も、通過したことは何度もあるだろうが、わざわざ足を止めたことはなかったと思う。橋銘は徳川慶喜の揮毫によるもので、平成11(1999)年に国の重要文化財に指定された。その辺を踏まえて現状を見ると、覆いかぶさる首都高速が改めて邪魔だ。昭和の遺産のうち、悪いものの典型例がこれだろう。撤去の構想は多くの人が語ってきたことだが、例えば東京オリンピックまでに実現できたら素晴らしいな。無理だろうけど('A`)

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日本国道路元標(本物)。交通には充分気をつけて撮影しています。

で、高架の影になった橋の中央に、この日本国道路元標がある。日本の道路の起点がここである。文字は佐藤栄作首相(当時)の揮毫によるもの。昔の人は字がうまいよなあ。なお、本当に橋の中央にあるため、撮影するのにここまで行くことそのものがデンジャーだ。橋のたもとにレプリカがあるらしいことは帰宅してから知った。ネット上の画像検索でも出てくるのは概ねそっちの方だ。安全に撮れるわけだし、別にレプリカで良かった('A`)

道路元標を撮影した勢いから鉄道のそれも見たくなり、東京駅へ戻ることにした。そういえばこれまで実物を見たことがなかったのだ。しばしば利用する駅でありながらこうである。まあそもそも本来、駅という施設そのものが、ゆっくり見てまわる類いのものではないわけだが。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 18:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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初詣・板橋不動尊〜つくばエクスプレス沿線の名刹

新年ですが、喪中なのでお祝いの言葉は申せません。本年も、よろしくお願い申し上げます。
新年最初の仕事は、墓石に刻むデザインだ。父は長男なのだが、まあいろいろあって、故郷・松山にある墓には納骨せず、新たに墓を建てることにした。母は僧侶の娘、私も名門T大学卒の仏教学士だが、父の葬式は自由葬だし、また公園墓地を選んだので、ある程度自由なデザインが許される。だいたい、「先祖代々之墓」とか刻んだところで、どうせ俺で断絶だしな('A`)

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そんな状況ながら、初詣には行ってきた。初詣というと、実家近くのお不動様と、東京の氏神様の2カ所にお参りするのが常だ。今日は氏神様の方だった。おみくじを引き、例によって鬱になりつつ結んでいる背後で、「やったー大吉だ!」という若い女の大きな声がした。ああそれはよかったですねと思っていたら、さらにこう続けた。「他の人は凶だろざまーみろ♪」。ああこいつ、確実に大吉取り消しだわ。

さて、今回メインの話にしたいのは、「実家近くのお不動様」の方。大きい寺だが、清安山願成寺不動院という正式名はほとんど知られていない。「板橋のお不動さん」と呼び親しまれているという解説をよく見るが、そんな風に呼ばれているのを聞いたこともない |∀・) 地元では、もっぱら「板橋不動尊」と呼んでいる。大同3(808)年、弘法大師空海による開基と伝えられる古刹で、関東三大不動尊の一つだとか、北関東三十六不動尊霊場のトリだとかで意外とメジャー。子供の頃は近所の寺くらいの認識だったが、そういえば近隣に、ここまで大きい寺は他にないのだった。

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村には長らく鉄道も国道もなく、メインストリートはこの県道だった。県道沿いに2つの旧市街があり、こちら、板橋の旧市街の方が歴史がある。現在ではすっかり寂れたが、初詣の時期には、渋滞が起こるほどの賑わいを取り戻す。県道沿いに伽藍が現れるこの景色は、地元民ならずとも胸躍る渋さだ。

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母は体が弱く外出を好まないので、初詣にはいつも、父と二人でここに参っていた。世間では全く顧みられることはないが、この辺りも家の屋根が崩れたり塀が倒壊したり、あるいは地盤沈下もあったりという震災の被災地だ。そんなことを話しながら、不動尊への坂道を上っていったことが思い出される。今年は一人だ。

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参拝の後、引き続いてつくばエクスプレスの撮影に移るのだった。本来、沿線の徘徊は徒歩でするものというのが持論なのだが、地元の強みということで、今回は原付を使用している。使ってみると便利だわ実際 |∀・)
ここ、みらい平駅は不動尊の最寄り駅になるのだが、歩くには20分以上かかるだろう。道は分かりにくいし、バスは1日3往復。どうも周辺と隔絶されている印象がある。村がつくばみらい市とかいう恥ずかしい名前になったのも、この駅名のせいだ。待望の鉄道だったが、旧住民には何の利益ももたらさなかった。

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実際、母はいまだに乗ったことがないし、父も生前「本線(常磐線のこと)の方がいい」と言っていた。いや、本線は東北線のことで、常磐線は支線なのだがなどということを言ったところで、通じるのは鉄ヲタだけだろう('A`)

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村で一番高い建物は学校の校舎だった。2階建ての雑居ビルが実在するって知ってますか。3階建てになるとビューハイツ。いや、本当に眺めがいいんだもん。そんな村にでかいマンションが建ち、かっこいい電車が走るようになったことは、実益はなくとも嬉しいことではある。人口も4万7千人まで増えた。5万人に達すれば、堂々と市を名乗れるじゃないか。

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建築中のスカイツリーを逐一撮影し、完成したそこに登ることを楽しみにしていた父だったが、その望みが叶うことはなかった。フィーバーが落ち着いたところで、遺影を持って登りたいと思っている。その際には、母もTXを利用することになるだろう。この写真は、みらい平〜守谷間で撮ったもの。私が知る限り、最も遠くから見るスカイツリーである。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 01:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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上野の高架下

実家の母が、電気ストーブを半分つけて言った。「独りだからこれで充分」。冬ですね(;´Д⊂) で、私も帰宅後、押し入れから電気ストーブを引っぱり出して、半分つけた。上京直後以来で使うからすげえ久し振りだ。確かに暖まる範囲は極めて狭いのだが、スチーム機能も付いてるし、一人ならこれで充分だ。

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嵐のスケジュールもようやく落ち着き、気付くとすっかりヒマだ('A`) どうしてこんなに偏るんだろうと心底思う。この時間があの時期にあれば、しっかりやり切れたのに。
世の中、うまくいかないようにできてるなあ…なんてぼやきながら上野をぶらついていた。増殖したCDを片付けられる棚はないかと、例の紫の店に向かうのだった。

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だが、表示された価格は想定の倍以上しており、あえなく撃沈。俺の経済感覚は、世間からえらく乖離しているのかもしれない。鬱なので、高架下を歩いた。上野はこれができるからいい。アメ横は人が多いので極力避けて、こんなところを歩いている。

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上野といえば高架と、その下に連なる店の数々を思い浮かべる。ここは、山手線・京浜東北線の電車線高架(右)と、東北本線の列車線高架(左)に挟まれた通り。アメ横とは一筋違いだが、人通りは少ない。現在、左の高架は回送列車しか通らないが、縦貫線が開業すれば、東海道線と直通する列車が盛んに行き交うことになるだろう。

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そして昼間から立ち飲み屋に吸い込まれ、独り酒場で悲しい酒をあおるのであった。ああ、電車が通る度に響く轟音と振動。侘しさが泣かせるぜ('A`) この立ち飲み屋、実は椅子があり、座り飲みもできて落ち着けた。つまみは100円からあり、1000円でそこそこ酔っぱらえる。上野駅からも近いので、今度は人と一緒に行ってみようかと思う。

帰宅後ネットを見たら、思い通りの棚が、想定の半額で出ていたので即ポチった。自分の経済感覚は、やっぱり世間から乖離してるのかな。そもそも、何のために出かけたのかよく分からなくなったが、まあ気分転換になったから、それだけでも良かった。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 18:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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線路脇の小さないきもの

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…というタイトルにすると、真っ先に出てくるのが猫であるわけだが、ここはぶっちゃけ普通の空き地だ。春爛漫、花に囲まれて幸せそうだったので、関係ないけどうpしちった |∀・)

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鉄道写真を撮っていると、構図に花を入れることも多いと思う。けれど多くの場合は背景だったり、脇役だったりする。花を主役に持っていこうと目論んでも、やっぱり列車も入れたいなーとか思って、結局中途半端になってしまう。そんなときは、諦めて花に集中するというのも手かもしれない。

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都電9002を撮った同じ場所で、こんな写真が撮れるのは驚きだ。右下の白い花を拡大すると、こんな別世界があったのだ。
で、この花だが、ハタケニラらしい。見た目や葉っぱの質感なんかニラそっくりだ。毎度言っているが貧乏なので、後日ナイフを持って出直し、採取する気満々でいたわけだが、似ていても食えないとネットに出てた('A`) 毒があるというより、激しく不味いようだ。それでいてすさまじい繁殖力で、強害草とかいわれているらしい。憎まれっ子世にはばかるということか。アメリカ原産と聞いて、ああなるほどなんて変に納得してみたり。

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巣鴨駅である。近年、立派な駅ビルに建て替わった。だが、駅舎を共用している都営がこれにのらなかったせいか、三田線の入口付近だけは以前のままで残っており(手前の部分)、厳密には「増築」というのが正しそうだ。以前の駅舎はいかにも昭和中期風のつまらん建物で、全く写真も撮らなかった。撮っておけば比較ができて面白かったかもしれない。一方、この駅ビルも、いかにも平成風でつまらん。ちょっとは土地柄を考慮すればいいのに。今からでも破風とか付ければ、節操のないデザインが話題を呼びそうとか妄想してみる。

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駅から白山通りを挟んで、山手線の線路沿いに伸びているのがこの通りだ。最近ようやく名前がついた。駅前とは思えない閑散っぷりだ。染井吉野発祥の地付近だというのにあまりに影が薄い。観光資源として、磨けば光りそうな素材だけに勿体ない。5月ともなれば葉っぱが生い茂り、薄暗くなるのも陰気なイメージに拍車をかけているのかもしれない。

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そんな足下で、エキサイティングな光景が繰り広げられていた。アリに襲撃されるカメムシである。背中のハート印がキュートなエサキモンキツノカメムシ。都会の線路際にも、目を凝らせば野生の世界が存在しているということだ。人間の世界より、絵的にいけているわな。もっとも、彼らにしてみれば生きるか死ぬかの状況だ。私自身、ほのぼの昆虫観察なんかしてられる状況ではないのだが、まあこれも現実逃避というやつか。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 22:59 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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