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きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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関東鉄道常総線〜取手から下妻・大宝・騰波ノ江〜平成最後の旅(2)

天皇皇后両陛下におかれましては御即位お祝い申し上げます。
また皆様、令和改元おめでとうございます。この新しい時代が、誰にとっても良いものになることを祈るばかりです。

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地元の巣鴨地蔵通商店街、街路灯に掲示されていた「祝・令和」が日が変わった時点で「慶祝御即位」に代わっています。仕事が早いなw 平成改元時の重苦しい雰囲気と違い、御即位も改元も素直に祝うことができるのは素晴らしいことです。上皇陛下には良き前例を作っていただきました。今後、これが慣例になっていくといいな。
とはいえひたすら雨なわけです。おかげさまで一泊して秩父鉄道でSLを撮りまくる計画は中止にしました('A`)
もっともこの雨、優しく降り続いており、慈雨、または清めの雨のように感じます。時代の転換を明るくも静かに迎えろという八百万の神のご意志なのでしょう。

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【前回のあらすじ】
取手から関東鉄道常総線に乗り、下妻で下車。大宝駅まで歩いた。

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平成最後の旅と銘打っといて、うpが時代をまたいでしまった。なんかちょっとかっこがつかないけど、まあいいか |∀・)
前回、最後にあげた写真が大宝駅であり、ここが大宝城址、またその一角に鎮座する大宝八幡宮の最寄駅になる。駅徒歩数分、坂道を上っていくと大きな鳥居が見える。境内は広く、新緑が美しい。常総線の線路が近いので時折ジョイント音が聞こえてくるが、単行列車なのでさほどやかましいとは感じない。

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ここにお参りするのは3度目だったかと思うが、初めて御朱印をいただいた。

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時折日は差すものの曇り空。なかなか綺麗な写真にはならないが、この辺りは梨園が多く、桜に少し遅れて今まさに白い花が満開を迎えていた。

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梨の花は明らかに桜よりマイナーだが、その美しさは勝るとも劣らない。まあ、梨園は当然私有地でありブルーシート敷いて宴会というわけにはいかないのだが、列車と絡めて撮ることができれば、桜とはまた違った味わいの絵になる。

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騰波ノ江駅まで歩き着いた。駅舎は往年の名駅舎を模して建て替えられたもの。前回訪問時には工事中だったトロッコ体験用の「とばのえ支線」が「運行」しているのだった(毎月第3土曜日曜)。合わせて駅舎内のステーションギャラリーも解放され、模型や資料が所狭しと並べられていた。
さて、今回の最大の目的である改元記念入場券を買おうではないか。

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売り切れてた('A`) こんなローカル駅にまでわざわざ足を運ぶ好き者は多くなかろうと、売り切れるという想定を全くしていなかった。疲れがどっと出た_ノ乙(、ン、)_
なめてたなあ。計画を逆にして騰波ノ江から下妻に向けて歩くべきだったと後悔したがもう遅い。
まあ、改元や御即位に関する記念切符類の発売は、今日(令和元年5月1日)がピークになる。雨の中、大きな動きはできないわけだが、あまりお金のかからない範囲で蒐集鉄に励もうかと思っている。



まとめ動画をつけときました。むしろ動画の方が詳しく、かつ濃いかも。(イノテツ)
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| 沿線散歩 | 04:28 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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関東鉄道常総線〜取手から下妻・大宝・騰波ノ江〜平成最後の旅(1)

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せっかく買ってきたアジが少し古くなってしまい、刺身やたたきでは厳しいかなという感じがしたのでなめろうにしてみた。今回はネギとニンニク、あと、ベランダのプランターに今年も生えてきたシソ、まだまだ小さいのだが入れた。ここに味噌をを混ぜ、アジとともに粘りが出るまでひたすら包丁で叩く。飾りに小さなシソの葉を飾ったら、ちょっとオサレな一皿になった。でもまあやっぱり新鮮な方が絶対うまいわなと実感できる味わいだったのが惜しまれる。

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いよいよ御代替わり、令和への改元が迫ってきて、鉄道各社でもそれにあやかった記念切符、記念列車などの企画を立てている。平成改元は自粛ムードの中で行われたので、あやかった商売などすればボコられたに違いない。近所の巣鴨地蔵通り商店街の街路灯には「祝・令和」の表示がなされており、祝賀の中で時代の転換を迎えることへの喜びを感じる。
そんな中、いち早く記念入場券を売り始めたのが関東鉄道で、私はそれをゲットしに常総線の騰波ノ江駅へ行くことにした。

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常磐線の取手で下車。久々に常総線のりばに移動すると、相変わらずの運賃の高さに萎えた。取手〜騰波ノ江で1260円、往復だと2520円かよ('A`) ただし、水海道以遠へ行くなら写真のような往復割引きっぷが窓口に用意されている。これなら1800円と、かなり割安になる。思わずついでに硬券入場券も買ってしまった。
それにしても、改元の盛り上がりに水を差すかのように鉄道各社の日付表記が西暦化されつつあるのは寂しいことだ。西暦表記の切符類は、記念にするにもどうもありがたみがない。

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常総線は取手〜水海道間が複線区間となっており、ここから先は列車の本数も減り、ローカル色が濃くなる。私が乗った列車も水海道止まりで、しかも接続が悪かったので、30分ほどをここで過ごした。1日乗車券と違い、2日間有効な一方、途中下車できないのが往復きっぷのルールだ。
ここにやってきたのがこの5020形。この3月にデビューしたばかりの最新車両だ。なお、隣の車両は先輩格の5010形。一般人には何が違うのか分からないかと思うが、ライトの位置が違う |∀・) 5020形ではライトがLED化の上、上部に移動した。昔の車両だと前照灯は大抵上部に設置されていたので、新しいのにどことなく懐かしい。
塗色は5010形を引き継いでおり、90年代の新塗色と比べて随分シンプルだ。ぶっちゃけ経費節減が目的だと思うが、むしろこっちの方がかっこいいんじゃないか。

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常総線の拠点となる駅だが、構内踏切が健在だったり各種サインにも昭和の面影を色濃く残している。
そしてこの広告は極め付けともいうべきもの。「キャバレーは当駅前/ロイヤル」。私はナウなヤングなので、キャバクラに行ったことはあってもキャバレーはそもそも見たことすらない。それにこういう店は繁華街にあるようなもので、水海道の閑散とした駅前にあるイメージではなかった。あるいは、私の知らない昔には賑わっていたのだろうか。
などと思いきや、この屋号を引き継いだ店が駅前に現存する。その名も「ニューロイヤル」。何らかの関連があるのかどうかも分からないけれど、もし興味を持たれたらいかがでしょうか |∀・)

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大宝駅

接続の下館行きに乗り、いわゆる北線の区間へ。単行の気動車はそこそこ速い。昔、小学生の頃に初めて乗った常総線はテレテレした走りだったが、新車導入やつくばエクスプレスの開業、または線型改良などの機会にスピードアップを重ね、随分イメージが変わった。
切符は騰波ノ江まで有効だったが下妻で下車。ここからは沿線を撮影しながら歩き、騰波ノ江へ向かう計画だ。(つづく/イノテツ)

| 沿線散歩 | 01:02 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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なんだかんだで北綾瀬から三ノ輪橋まで歩いてしまう

ありがたいことに、3月上旬にして今年2度目の宣伝の時間がやってまいりました |∀・)
交通新聞社の新刊ムック・『グリーン車50年の世界』です。
それまでの等級制をやめ、エグゼ向けの車両をグリーン車と呼ぶようになって50年。このタイミングで歴代のグリーン車を網羅し、かつ、それ以前の時代の上級車両、または現在のグランクラスなんかも紹介したムックです。昨秋の『よん・さん・とおダイヤ改正の時代』同様、本文のデザインとDTPを一人で担当させていただきました。
この本に関しては以前もここで進行中であることを書いてきたわけですが、まあ鼻血が出るほど濃いです。正直、鉄ヲタの私でもマニアックすぎてついていけません |∀・) でも貴重な写真が満載で、制作中思ってたより楽しい誌面に仕上がったし、一つだけネタバレすると、現在、中央線のオレンジの電車にグリーン車を増結する計画が進行中ですが、実は昔、それに類する車両が連結されてたって話は面白かったです。
今回、私は裏方に徹し、表立った写真提供はしてないんですけど、誌面に使った地紋の一つは実は上野駅の某所で撮影した写真を加工したもので、気付いた人だけがニヤリとしそうな仕掛けなのですが、今のところ、関係者ですら誰も気付いてないようです。
一般的な情報はネットで簡単に取れてしまう時代、今後の紙媒体の活路はこうしたマニアック路線なのかもしれないね。となれば、前も言ったけど、『キハ20系列のすべて』をぜひやってほしいものです。そんなムックがあったら個人的に買いますわ。

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大きな変貌を遂げる直前の東京メトロ千代田線北綾瀬支線。先日は撮影後、知人と北千住で酒を飲んだのだが、光線の関係上午前中のカットも欲しいということで翌日再訪した。綾瀬駅近くの玉の湯で汗を流した。綾瀬でラーメンを食って帰るかと辺りを歩き回ってみたが、気に入った店が見つからない。あっても昼下がりの時間帯でやってない。この野郎、意地でもラーメンを食いてえぜ、というわけで、ラーメン屋を求めて歩き始めた。
綾瀬川を渡る常磐線。これはいい。上を跨ぐ首都高速が邪魔にも思えるが、これはこれで悪くない気がする。

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ほどなく大きな施設が見えてくる。小菅の拘置所だ。撮影時点ではゴーン被告もここの住人だった。手前には小さな川が流れており、ナマズや鴨がゆったりした時間を過ごしていた。川沿いに遊歩道が整備されており、のんびり歩くことができる。傍の拘置所の存在を思うと、自由のありがたさを感じる。

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小菅駅まで歩き着いたが、やっぱりラーメン屋は見当たらない。しょうがない、荒川を渡るかと、日光街道を行く。手前から千代田線、常磐線、つくばエクスプレス、そして東武伊勢崎線と、鉄道橋が重なる様子は壮観だ。日本が世界に名だたる鉄道の国であることを雄弁に物語る名風景の一つだと思う。
荒川を越えると北千住だ。でも昨日も来たしなと通過して日光街道を南下。途中で大勝軒を見つけたが、やっぱりやってなかった('A`)

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千住大橋駅の間近には二郎があり、行列ができていたがまだ開店前だった。行列に加わっても良かったが、二郎といえばついニンニクを入れてしまうわけであり、その後電車に乗れなくなるので断念。
停車しているのは特急通過待ちの3500形。この車は私が京成沿線民だったガキの頃新製投入され、そのステンレス車体にインパクトを感じた思い入れの深いもの。40年を経て、いよいよ廃車が始まった。

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今更ながらに気付いたが、ラーメン屋は一様に昼下がりの時間帯に休むのね。スマホで調べ、気に入った店があってももれなくやってない。しょうがない、隅田川を渡るか('A`) 現在の千住大橋は昭和2(1927)年に架けられたもので、リベットの列が壮観だ。こういう重厚な建造物は昨今造られんわな。
橋のたもとには松尾芭蕉出立の地を示す碑がある。芭蕉が『おくのほそ道』の冒頭に千住を登場させているのは有名だよね。

ていうか腹減ったっていうんだよこの野郎ヽ(`皿´)ノ 腹が減ると気が立ってくるわな。しかもこの時点で完全に意地になっておりラーメン屋じゃなきゃヤダ! とかになっているのである。もはや馬鹿としか言いようがない。

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南千住を過ぎ、とうとう三ノ輪橋の例のビルまで歩き着いた。荒川線の前身・王子電気軌道のビルだった建物だから相当古いものだ。1階にはタイムトンネルのような通路がしつらえてあり、これを抜けると都電の三ノ輪橋電停だ。不思議な雰囲気がある。夕方だというのに閉ざされたままのシャッターの列が、そういう感覚を一層掻き立てるのだろうか。賑やかだった頃に想いを馳せた。

夕方になると休んでいたラーメン屋が再開する。結局、日比谷線三ノ輪駅の近くに濃厚鶏麺 ゆきかげという店を発見、もともと夜の部しかない店のようで、開店間もなくだったが、狭い店内にはすでに数人の客がいた。奥に1つだけテーブル席があり、あとはカウンターだ。今調べたら、新しい店みたいだね。

世間のラーメンのトレンドは何といっても濃厚豚骨、またはそこに魚介出汁を加えるダブルスープだ。年配の人はなかなかこういうのを受け付けない。先日、実家のカーチャンとしばらくぶりに幸楽苑に行ったとき、塩野菜タンメンを注文したカーチャンは「やっぱりラーメンはこれやわ」と喜んでいた。私も昭和のラーメンの魅力を知る世代なので、味噌野菜タンメンを食いながらそれに同意していた。窓の外にはカーチャンが通う病院。散々「塩分は控えるように」と言われた帰りにここでラーメンを食う背徳感がたまらないのだというw

でも私は平成のラーメンの魅力も知る世代なのだ。氷河期世代は基本的に不幸だが、昭和と平成のラーメンの両方を理解できる点は幸福だと思っている。すっかり話がずれたが、この店は鶏を炊き上げたコラーゲン系のスープ。昭和平成一貫して傍流ではあるが、がっつり食らうというより、疲れたときにほっと癒されるラーメンであり、この日の私にぴったりだった。これはリピートしたいね。

三ノ輪橋から最寄りの庚申塚まで約40分。この40分っていうのは重要で、かつては三ノ輪橋〜早稲田間全線の所要時間だった。現在はたっぷり1時間かかるようになった。国土交通省が規制でがんじがらめにするので、路面電車は遅くなる一方だ。路面電車を潰したいんじゃねえのか、そう、潰したいのである。鉄軌道より道路の方が利権になるからね。これから高齢化が進んでいくというときに私利私欲で公共交通を潰すなやダボがと思いつつも、特に急がない場合には、40分まったり8900形のシートに身を任せ、うつらうつらするひと時は至福である。
多忙で今週末も休めない。ああ旅に出たいなんて思うけど、こうして地元に縛り付けられてる分には、乗り鉄って金がかからなくていい趣味だなと思ったりもする。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 09:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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山梨ヌーボーまつりと身延線駅巡り(甲斐住吉駅・南甲府駅)

安倍首相とプーチン露大統領との信頼関係が醸成し、いよいよ日露平和条約実現へと動きそうだ。それそのものは喜ばしいことだが、そこへの最大の足かせになっているのは、いうまでもなく北方領土問題である。
昭和20(1945)年8月、日本が連合国に対し降伏した後、ソ連は北方領土に侵入しこれを占拠した。ソ連は不法行為を犯したのであり、その後継国家であるロシアは日本に返還すべきだが、それはいまだになされない。結局この世は道理より暴力が優ってしまうのだ。
昭和31(1956)年、日ソの平和条約交渉は決裂、日ソ共同宣言によって国交を回復した。いうまでもなく北方領土問題が解決しなかったからである。日本は交渉中、一度は歯舞群島・色丹島の2島返還で妥結する案を呑む方向に傾いていた。ところが態度を転換、国後・択捉両島の返還も求めることにしたのだ。国後・択捉を要求し続けなければ沖縄を返還しないという米国からの横槍(ダレス恫喝)の存在も見逃せない。時代は冷戦下、日ソに楔を打つのが目的だったのだろう。
こうして日本人の間には「4島一括返還」という空気が醸成されたわけだが、ハードルを上げたことにより、4島どころか1島も戻らないまま現在に至っている。敗戦国の悲哀そのものだが、すでに冷戦が終わり新たに中国や北朝鮮の脅威が増す今、日米露が火種を抱えたままではこれらを利するばかりだ。
とはいえ国際政治は猜疑心の塊だ。日米安保条約によれば、返還後の北方領土に米軍基地を置くことも可能なわけで、ロシアはそこに神経をとがらせている。国後・択捉を軍事化しているのはその表れであり、当面この2島の返還は困難だろう。日本の安保の要である日米安保条約が、ここでは障害になってしまっているわけだ。
一方、歯舞・色丹は北海道の付属島であって、そうした懸念は小さい。面積でいえば北方領土全体の7%に過ぎないが、付随する海ははるかに広大だ。海洋国家である日本はそこに着目すべきだともいえる。忸怩たる思いながら、歯舞・色丹先行返還、国後・択捉についてはむにゃむにゃという感じで交渉の糸口を残すのが現時点での落としどころではなかろうかと考えている。

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今年もボジョレー・ヌーヴォーが解禁され早速1本空けたところだが、それに先立つ3日、甲府で山梨ヌーボーまつりが催されたので取引先関係の方々と参加した。山梨県内にあるワイナリーがこぞって参加する試飲会である。酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ♪

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会場の小瀬スポーツ公園は甲府駅から離れているためシャトルバスが出ていたが、私は鉄ヲタなので鉄道利用にこだわった。身延線に乗り換え、甲斐住吉駅で下車すれば徒歩30分程度である。運賃も東京からだと甲府までと同じなので微妙にお得 |∀・)
写真のように何の変哲もない棒駅なのだが、特色は待合室にある。

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柱を接写してみる。「SHEFFIELDTOUGHENEDSTEEL.W.1887」などの文字が読み取れると思う。これは英国CAMMELL社製の古レールであり、刻印通り、明治20(1887)年に製造されたもの。これは身延線の前身、富士身延鉄道の開業よりも古く、どんな来歴でここにきたのか興味深いところだ。

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さて、会場に歩き着き、他の参加者とぼちぼち合流、ワインの試飲を楽しんだ。1500円のチケット制であり、10枚の試飲チケットと専用ワイングラスを持って各ブースを物色する。用意されたワインは70種以上。まあ私はワインには詳しくないので、名前と見た目で選ぶ。競馬の初心者かよ。
好天に恵まれ、11月とは思えない日差しに気温がぐんぐん上がる。地元の新酒を次々試すが、アルコールが体から揮発するのか、あんまり酔わない。思わず露店でビールも買っちった |∀・)

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この日は山梨県民の日でもあり、その関連イベントも兼ねていた。延々続く露店の列に圧倒されつつ、富士宮焼きそばや、丹波山村の干し舞茸なんかを買い求めた。
余談だが、奥多摩から奥秩父方面への登山のためにバスに乗ると丹波というところが終点になる。ここが丹波山村である。公共交通機関はこのバスのみなので、山梨県内からは行けない山梨県の村である。また、近世以来合併も改名もしていないそうで、隣の小菅村とともに貴重な存在だ。

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イベントは盛況のうちに終了、メンバーはシャトルバス、宿泊先へと散り、一方の私は再び身延線へ向けて歩いた。今度は南甲府駅だ。それにしてもスマホの地図アプリは便利だ。現在地と向かっている方向を表示してくれるので、初めて来る場所でも気楽に歩き回れるようになった。おかげで旅先で歩くことが格段に増えた。
40分ほど歩き、身延線の線路に行き着くと踏切の警報機が鳴った。特急ふじかわである。秋の日は釣瓶落とし。だいぶ日が傾いてきており、側面ギラリで撮影できた。

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南甲府駅に着いた。なにこの豪華な駅舎と驚く重厚な構えである。旧富士身延鉄道の本社を兼ねていた名残なんだそうで、現在も広い構内を持ち、身延線の拠点であり続けている。なお、駅舎は北西を向いているので、夕方でないと順光にならないと思う。

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拠点とはいうがホームは1面2線のみ。かつ引き込み線は剥がされ貨物輸送もなくなるなどここにも地方鉄道の衰退が忍び寄っている。だが甲府〜鰍沢口間は比較的列車本数も多く、こうして列車交換の様子を眺めているとまだまだ活気があった。近年の乗降客数も概ね横ばいで踏みとどまっているようだ。この光景が続いていってほしいと願いながら甲府行きに乗り込んだ。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 14:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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荒川線の日イベントから尾久、田端へ

今日は2回分の写真だけはありつつ、うまく2回に分けられなそうなので一挙にうpすることにしました。長くなるので無駄口枠はなしです |∀・)

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去る21日、荒川車庫にて「荒川線の日」イベントが行われた。以前ならこのブログでどこの報道機関より早くうpしていたネタなのだが最近は正直つまんなくてねー。今回は軌陸車の展示があるというので後日うpするつもりの動画の素材集めのために数年ぶりに足を運んでみた。
今回の目玉は、最後の公開となる花電車用車両・花100形(写真右)だったわけだが、せっかくの行楽日和の好天を避けて、電車は終始屋内に置かれたままだった。嫌がらせなんですかねこれ。でもまあ一応は7700形(写真左)との並びを撮ることができた。
1980年代の都電は7000・7500両形式の更新車両によって運営された。まあ都電史において最も地味な時代であり、あんまり顧みられることもないのだが、その両形式の成れの果てがこの写真ってことだ。7000形は8両が7700形に改造されて現役を続行しているのに対し、7500形は1両だけがこうして花電車用に改造され、それも本線で活躍した機会は1回だけだった。この落差。ひねくれ者の私は、いうまでもなく7500形の方が好きだった。その思い入れもあって、先日も震災と7500形の動画を拡大してうpしたのだ。
だが、社会の趨勢は大抵私が望まない方向へ進む。ああ、このままだとハードランディングだなあと、ちょっとオカルトティックなこと言っちゃっていいかしら。

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イベントそのものは面白味に欠けるので、出店してるブースを見て回った。ひたちなか海浜鉄道と銚子電鉄は姉妹鉄道の提携を結んでおり、この日も仲良く隣同士にブースを出していた。私がひたちなかキハ3710形の塗色をデザインしてから9年、湊線にはJRからキハ11が入り、そっちが主力になってしまった。そういえば銚子にも今のラインナップになってからは行ってねえなあ、また行きてえなあと思いつつ、両ブースでグッズを買い求めた。その中で、今回うpするのが画像の左、銚子電鉄の古レールを輪切りにした文鎮である。出版業界の私にとって、ゲラを扱うのに文鎮は未だもって必須の品で、これまでは右の中国清朝時代の咸豊通宝100文銭を使っていた。

余談になるが、中央の天保通宝が同じ頃、日本で使われていた100文銭だが、ずっと小さいのが分かる。これは天保通宝がしょぼいのではなく、咸豊通宝が巨大すぎるのである。それだけ当時の清朝の貨幣制度が混乱していたことを表している。だいたい、小銭が文鎮の如くごつかったら不便この上ないわな。貨幣が信用を得れば小型化していく。参考として、下のが現代日本の500円玉である。そして今や貨幣はバーチャル化していく過程にある。まあこれは落とし穴だから気をつけろと、再びオカルティックに言っとこう |∀・)

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ああ残念だったと荒川車庫を後にし、ぷらぷら歩き出した。この辺りは有数の鉄道スポットである。しばらく歩く間に尾久駅と田端駅があり、鉄分に満ちた散歩道になる。
途中に見える踏切は東北本線と尾久車両センターを結ぶ線路にあるもので、回送列車のみが走るので特に日中はあまり動かない。それで、まったりこんな図が撮れたりする。E257系が置かれているのが興味深い。中央線特急にE353系が投入されるのに伴い、東海道線の踊り子用に転用されるのではないかといわれている。

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おっと、出庫の列車だ。だからこれは意外と貴重な図だったりする。

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午後になり腹が減ったので、近くの吉岡で食事にした。自家製麺が自慢だ。今回は最もオーソドックスなものを注文したが、見た目以上に麺もスープも現代的なラーメンで美味かった。近所にあったら通ってしまいそうだ。
街そのものはシケているが、業務スーパーがあったりして生活には便利そう。鉄ヲタが住むにはいいところかもと思った。

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さらに少し歩くと田端運転所があり、もうこの辺りは四方が鉄道に囲まれている。左に行けば田端駅が近いが、もう少し歩くことにして右へ。やがて線路をまたぐように坂道になり、橋に差し掛かったところで貨物列車がやってきた。もう日が傾いてきており絵的には惜しいものの、この時間帯の貨物列車は多くないと思うのでラッキーだった。

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上中里駅である。電車に乗っていると「なんでこんな何もないところに駅が?」と思うが、こうしてみると、きちんと駅舎も駅前広場もある。ただし駅前の通りは細い。昔はもっと細くて自動車が進入できないほどだったといい、まさに都会の秘境駅といった風情だったことだろう。

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駅の脇から、王子方面へ続く小道が伸びていたのでここを歩いた。列車が次々と通り面白いが、絶好の撮影ポイントらしいものはない('A`) ただ、跨線橋から見たこの光景は印象深かった。右が京浜東北線、中央が東北貨物線(湘南新宿ライン)、そして左の高架が東北新幹線なわけだが、それらに挟まれてうらぶれた線路が延びている。先年廃止された北王子線だ。貨物専用線で本数も少なく地味な存在だったが、独特な雰囲気を持つ沿線を何度か歩いたものだった。廃止されて4年ほど経つが一応草が刈られ、錆びているなりにレールも剥がされずに残っている。

ここから都電の栄町電停が近く、まもなくやってきた電車に乗って帰った。つれづれ歩いただけだが、意外と充実した鉄道散歩になった。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 05:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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