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きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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予讃線・土讃線で行く金比羅参り

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先日ちらりと触れたポール・マッカートニーのニューアルバム『Egypt Station』。ディスクユニオンで買ったら右の缶バッジがついてきたぜ♪
ジャケットは変形紙ジャケットっていうのかな。この絵はポール自身の作品で横に長く、蛇腹になったジャケット全体を飾っている。
で、中身なんですけど、きましたわこれ。久々の全米1位はダテじゃない。名盤と呼ぶにふさわしい出来だと思う。
「Opening Station」で音楽旅行の列車に乗り込むといきなり「I Don’t Know」の哀愁にしびれ、「Fuh You」で高揚し、「Dominoes」に60年代の英国ロックが最も芳醇だった時代を見たりする。あとボーナストラックもおまけみたいな代物じゃなく、「Get Started」の凄まじいシャウトに驚愕する。大丈夫かじいさん。
76歳。確かにその声には年齢が忍び寄る。だがそれをも新しいサウンドの材料に昇華してしまっている。ときに「イチバーン! イチバーン!」とかやっちまった感のにじむフレーズが出たりもするが、基本的に捨て曲なし。2018年のポールがこんなにキラキラ輝くようなアルバムを生み出し得たことを祝福したい。
今後も長く聴き継がれていくだろうなという気がする。なので、今焦って手に取ることもあるまい。聴きたい人を聴きたい時に迎え入れてくれる。名盤とはそういうものだ。
折しもポールは来日中であり、精力的にライブをこなしている。ライブが好きなんですねこの人。セットリストを見ると『Egypt Station』からは2曲しか披露しておらず、あとは往年の曲でまとめているようだ。レパートリー膨大だから大変よね。そんな中、ジョージ・ハリスンの曲である「Something」を加えている辺りがなんとも憎い。公演に行ける人は楽しんできてくださいね。

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松山で乗車した普通列車は伊予西条で快速サンポートに化けた。穏やかな車窓の景色に街並みが目立ってくると多度津に到着。ここで土讃線に乗り換える。土讃線は大歩危・小歩危といった名所や高知市周辺のイメージが強いが、琴平までのわずかな区間は国鉄末期に電化されており、高松からの列車が直通する。寝台特急サンライズ瀬戸も時期によって足を伸ばしてくる。
今回私が乗ったのはこれ、7200系である。分割民営化直前、国鉄は特に経営が厳しくなりそうな三島会社向けに多くの新車を製造し、置き土産にした。電化されたばかりのこの区間には121系が投入されたがそれから30年、さすがにだいぶヘタってきたので台車やモーターを総とっかえしてこの7200系に生まれ変わったわけだ。まあ車体は活かしているので一見してあんまり変化はない。都電でいうと7000形が7700形に改造されたのと似た考え方かな。

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20年以上毎年四国を訪れながら叶っていなかったのが金比羅参りである。お伊勢参りと並ぶ江戸庶民の憧れとされた金比羅参り。昔の人は全て徒歩だったのだから大変だが、現在は鉄道がある。私は今回土讃線を利用したが、高松琴平電鉄(ことでん)を利用するのも一興だろう。双方の琴平駅は近隣にあり、いずれも渋い駅舎を構えているので、その辺は最後のまとめ動画で見てね |∀・)
一時期はそのほかに琴平参宮電鉄と琴平急行電鉄というのもあり、それの琴平駅もあったらしい。4社の駅が並び立つ様子は壮観だったことだろう。

市街から門前町に入っていくと、石畳が次第に石段に変わっていく。初めは傾斜も緩く、なんだ、これならちょれえなとタカをくくっていたらそんなに甘いわけもなく、徐々に増していく勾配にすぐ息が上がってきた。

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だが、この参道には駕籠屋があり、途中の大門まで運んでくれる。アミューズメントではなく、純粋な交通機関として残っている日本で唯一の駕籠屋だそうだ。だったら衣装もそれっぽくしたらよりサマになるだろうにちょっと惜しいな。
あと、当然といえば当然だがものすごく注目されるw このお客さんは周囲に手を振りながら楽しそうだったが、目立つのが好みでない人は頑張って歩いた方が無難かもしれない |∀・)

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まあ境内の話とか絵とかは動画の方をご覧いただくとして、こうして御本宮まで上がってきて感じたのは、感覚はむしろ登山に近いということ。徐々にひらけてくる展望は登山のそれそのものだ。生い茂る樹木に何かしら感じるのも霊験なのかもしれない。神社への参拝はやっぱりいいものだ。
なおこの写真だが、中央右の赤い屋根がJR琴平駅。黄色い電車(JR西日本の115系)が多度津方面へ出発していく。また、鳥居のすぐ左に見えるのがことでんの琴電琴平駅。両者の線路がオーバークロスする様子も見ることができ、鉄道俯瞰写真のポイントとしてもかなり面白い場所だ。一般には、左の方に見える瀬戸内海と瀬戸大橋、また正面に聳える讃岐富士(飯野山)が眺望のメインになるだろう。
実はさらに石段が奥宮まで続いている。本当はそこまで行きたかったのだが時間の都合上断念した。またの機会にぜひお参りしたい。

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駅に戻る道を行きと変えてみたら、琴平駅構内を見られる踏切に出た。ちょうど上り特急南風が停車中だ。

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大正時代からの建物である駅舎だけでなく、ホームもレトロな雰囲気を醸している。昔懐かしい洗面台が残っているのも嬉しいところ。だがすでに蛇口はなく、いわばオブジェのような存在になっているのが惜しまれた。
地ビールを買って列車に乗り込み、次の目的地である徳島を目指す。(イノテツ)



こちらがまとめ動画です。絵的にはこっちの方がおもろいかも。
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| 鉄道と神社仏閣 | 23:01 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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お参りには103系で〜大鳥大社と阪和線

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南海本線・羽衣駅。現在、高架化工事が進行中であり、現在のホームと線路は仮のもの。右側に、真新しい高架が構築されつつあるのが見える。
乗り鉄を趣味として各地の鉄道に乗っていても、盲腸線はどうしても後回しになってしまう。前回の水間鉄道も長らくそうだった。また、この駅から出ている高師浜線に関しては、今回もまたスルーと相成った('A`)
今回は、ここから乗り換えられるもう一つの盲腸線・JR阪和線・東羽衣支線(羽衣線)へ向かった。わずか1.7kmの線なので、まずは東羽衣駅から沿線を歩いて鳳駅まで行き、電車に乗って戻る計画である。

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路線のほとんどは高架であり、また沿線は普通の住宅街なので、撮影ポイントはほとんどない('A`) 素直に両端の駅のホームから撮るのが最も無難だ。地平駅である鳳に向けて電車が下りてくるこの場所が、沿線ではほとんど唯一の撮影ポイントだろうと思われる。
それにしても、青い103系が懐かしい。しかも低運転台車だ。関西ではまだまだ現役の103系だが、いよいよ新車投入の波が迫ってきている。大阪環状線からは遠からず一掃されるともいわれる。羽衣線の103系はまだしばらく安泰のように見えるが、静かなうちに見ておけてよかった。

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案内によれば、鳳駅から徒歩5分で大鳥大社に着くとのことだったが、なぜか30分くらいかかった。相当訳分からん経路をとったんだと思う。また、毎月2のつく日は「にいび」と呼ばれ、縁日が開催されている。この日はちょうどそれに当たったのだが、道に迷っているうちに終わったらしく、絶賛片付け中だった('A`)

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大鳥大社は、式内社で和泉国一宮。旧社格は官幣大社である。私の地元・巣鴨にも大鳥神社が鎮座しているが、これら全国の大鳥神社の総本社だ。昔、日本武尊が薨去されたとき、遺体が白鳥となり、この地に舞い降りたのが始まりだという。日本武尊を御祭神とするため、武士たちの崇敬を集めた。

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ご朱印を頼むと、巫女さんが見事に書き上げてくれた。
七五三の時期であり、着飾った親子連れの姿を多く見た。女の子が一人私のところに来て、くっついて離れないのだった。他人の子供とはいえ、懐かれることに悪い気はしないが、傍らには両親がいるわけで、微妙に気まずかった。立派に育ってほしいと思う。

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鳳駅に戻り、本線の普通電車として運用される103系を狙った。こちらは高運転台車。103系の活躍の場は狭まりつつあり、元気な姿を捉えられるのは今のうちかもしれない。鳳で天王寺に向けて折り返すため、方向幕が回る。それを利用して珍しい取り合わせを激写できた。実際に103系で御坊に行きたいとは思わないが |∀・) (イノテツ)

| 鉄道と神社仏閣 | 18:21 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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参詣電車に乗って観音様へ〜水間鉄道(2)

【前回のあらすじ】
水間鉄道に来ました。電車は普通だけど終点の駅舎は見事。
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水間観音駅から街道沿いを徒歩10分ほどで水間観音に着く。正しくは龍谷山水間寺という。浅草寺みたいに「すいげんじ」とか読むのかと思ったら、普通に「みずまでら」と読む。天台宗の別格本山で、聖武天皇の勅願により、行基が開創したと伝えられている。

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逆光で撮る三重塔は見事なシルエットをなして美しい。大阪府下に現存する唯一のものだとか。ぶっちゃけ三重塔は、実家の近所の寺にもあるので、それほど珍しいものとは思っていなかったのだが、調べてみると、そうざらにあるものではないらしい。
早朝、難波のネットカフェを出た頃にはまだ雲が多かったのだが、徐々に晴れてきた。最初の目的地として寺院を選んだご利益かもしれないよ |∀・)

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三ヶ山口〜水間観音間

お参りを終えると水間観音駅から再び電車に乗った。沿線にいい撮影ポイントはないかなあ…。相変わらず予備知識ゼロで乗り込んでいるので、全くの行き当たりばったりだ。

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お、なんとなく渋そくね? と思って三ツ松駅で下車。これは、ホームから隣接する踏切を見た図だ。逆光で見る踏切はなぜかかっこいい。

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名越〜森間

何しろ全線5.5kmなので、頑張れば充分歩ける。貝塚まで歩いて撮影を続けたい気持ちもあったのだが、生来の貧乏性故、今回の旅でもまた予定をしこたま詰め込んでしまった('A`) 次の目的地に向かうべく、森駅で電車に乗ることにした。(イノテツ)

| 鉄道と神社仏閣 | 13:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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参詣電車に乗って観音様へ〜水間鉄道(1)

日本における観光旅行の萌芽は、江戸時代に見出すことができる。もっとも当時は、あくまでもお伊勢参りや富士登山といった寺社参拝が前提に据えられていた。実際の主目的は観光でも、そういう名目が必要だったともいえる |∀・)
しかして明治以降の鉄道の建設では、幹線同様にこれら寺社へ向かう路線が優先された。例えば、東北本線全通(明治24・1891年)より、支線格の日光線全通の方が1年早い。だが、戦後の都市化や価値観の変化などで、これら参詣鉄道の多くははその使命が変質したり失われたりした。
そんな中で、使命の多様化はあっても、そもそもの参詣鉄道としての性格を失っていない路線の一つが水間鉄道だろう。

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南海本線の貝塚駅で下車して乗り換える。水鉄(すいてつ)は独自の駅舎を構えている。前フリを完全に無視した見事な直方体だけど('A`)

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車両は車両で、これも東急の中古でまとめられており、渋さに乏しいのが残念至極。東急や京王の中古は地方私鉄に人気があり、全国で見ることができる。

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全線わずか5.5kmの路線に駅が10カ所もある。地元の手軽な足でもあるのは、この駅の多さからも分かる。高速鉄道の車両を使っているが大してスピードも出さないので、LRTに近い感覚かもしれない。
沿線にはこれという絶景はなく、一言でいえば田舎町。その飾らない景色の中、撮影ポイントを求めて歩き回るのはなかなか楽しいものだった。何しろ駅間が短いので、そういうことも気軽にできる。

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終点・水間観音駅。これは渋い♪ 大正15(1926)年の開業当初からのもので、国の登録有形文化財。看板には「驛間水」とあるがこれは旧称で、平成21(2009)年に現在の駅名に改められた。参詣鉄道としての立ち位置を押し出してきたということだろう。ここから水間観音(水間寺)へは徒歩10分ほど。周囲の町並みも渋いので、合わせて歩いてみたいところだ。

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硬券入場券はここの他、貝塚駅でも求めることができる。今、この2枚を見比べて気付いたことがある。貝塚の券面は通常よく見る活版印刷だが、この水間観音駅のはどうやらオフセットかオンデマンド印刷みたいだ。そう、印刷がくっきり綺麗なのだ。駅名を改め、新しい券を製造するにあたって近代化を図ったのだろう。活版印刷の微妙なかすれやにじみが硬券の味わいでもあるのだが、これも時代の流れというやつかもしれない。(イノテツ・つづく)

| 鉄道と神社仏閣 | 18:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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社の街・道後

都知事選挙の公示が近い。またかよという印象だ。猪瀬前知事は嵌められたんだろうな。徳洲会の問題がやけにねちっこく報道されるなと思っていたら、布石だったとは。猪瀬さんを嫌う人は多いだろう。そういう意味でもマスゴミは怖い。平気で大臣に一服盛ったりするしな(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
学者のあの人を当選させるのが、徳洲会から続くシナリオだろう。私は絶対にイヤなので、ゴミから徹底的に泡沫扱いされているあの人に入れようかと思う。私は何度かデモに出たことがあるが、全てこの人のだった。何千人集まろうと、ゴミにはスルーされたものだった。ゴミを敵に回して勝つことは、正直難しい。死に票になるだろうが、まあ仕方あるまい('A`) これを機会に政策やら演説やらの勉強をして、次の参院選挙を目指してくれたらと、個人的には思っている。

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道後といえば温泉の街。有名な本館を中心に、温泉宿が林立している。まあ私は宿を取れるような身分ではないし、ひたすら本館の「神の湯」にしか入ったことがない('A`) 幼い頃、父に連れられて行ったのが初めてで、やたら広くて熱いことばかりを記憶していたが、20年以上して再訪すると、思いのほか狭くて驚いたものだった。
ところで、「神の湯」という名前は、だてについているのではない。前回、「玉の石」の話で終わりにしたのだが、むかーし昔、少彦名命(すくなびこなのみこと)という神様が旅の途中で病気になり、湯治をしたのがこの温泉だったのだという。全快した神様は、この玉の石の上で踊った。そんなことで、石に温泉の湯をかけて祈ると、病気平癒に霊験あらたかなのだという。

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本館の裏は冠山という名前の丘になっていて、階段を登っていくと山頂・湯神社の境内になる。本館をはじめ、道後の街や松山市街を一望できるところだ。神社の主祭神は、当然少彦名命である。式内社で、旧社格は県社。湯上がりにお参りすると気持ちいいだろう。

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地図で見ると、伊佐爾波(いさにわ)神社が隣接しているが、一旦冠山を下り、改めてこの長大な石段を上る必要がある。非常にいけずである('A`) こちらもまた式内社で、旧社格は県社。どちらかだけをお参りするというのもなんだか気分がすっきりしないので、ひいひい言いながらこれを登るのだった。穂高岳や槍ヶ岳に登っていたのは数年前だが、人の体とはかくも簡単に衰えるのだ_ノ乙(、ン、)_

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石段を上り切ると、この展望が待っている。松山城と道後温泉駅、引き上げ線を行き来する電車も見える。瀬戸内海はチラリズム程度だが、昔ならもっと壮大に見えたことだろう。石段を上った人たちは必ずここで振り返り、その視界に満足するのだ。

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などと、いつまでも社殿にケツを向けて眺めに見入っているのもアレなので、しっかりお参りしていく。手水舎で心身を清めるのが習わしなわけだが、この案内を、全国の神社で見る気がする。女の子が無駄にかわいい。そしてどう考えても衣装が場違いw どうしてこれが全国に広まっているのかは知らないが、なぜか不思議な安心感を覚える。

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参拝後、次の目的地に向かうため、松山市駅行きの電車に乗り、終点で下車。するとどうだろう、朝方の雨はすっかり上がり、きれいに晴れてきた。ご利益か? ご利益なのか?
市駅前は、市内電車をとるのには絶好のところ。坊ちゃん列車の機関車が回転する場面も、道後より間近で見ることができる。(イノテツ)

| 鉄道と神社仏閣 | 01:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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