FC2ブログ

きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

【鉄ヲタとアウトドア】源氏山から北鎌倉へ

日本の探査機「はやぶさ2」が、小惑星リュウグウに到着した♪
その形はそろばんの玉とかフローライト(蛍石)の結晶とかに喩えられているが、せっかくの宇宙ネタなんだし、私はアポロチョコを2つくっつけたような形と表現したい |∀・) ともかく、未知だったリュウグウの詳細な姿が明らかになったのだ。
小惑星の多くは火星と木星の間の小惑星帯に分布している。これらを全部合わせれば充分惑星になるだけのマテリアルがあるのだが、なぜかバラバラのまま太陽を公転している。
リュウグウはそれらとはちょっと違い、アポロ群に分類される地球近傍小惑星である。火星と地球の間に軌道をとっている。原始太陽系の状態を保ってるらしいとのことで、ここの岩石を採取して調べるといろいろ判るかもよとの触れ込みなのだが、私は文系なので難しいことはよく分かんない |∀・)
でも文系にだって宇宙にロマンがあることは分かる。Wikipediaで小惑星の項目を調べても、そのほとんどが詳細に撮影されていない。もっというと、多くの小惑星がそもそも発見されていない。科学は進歩し、いろいろなことが分かった。それでもガキの頃、遠い未来のように思っていた21世紀、結局この世にあることのほとんど全部を私は知らない。
その途方のなさを思うとき、私はおかしな恍惚感を味わう。エヘ、エヘヘヘ、暑苦しいなここ(^q^) 狂気は薄皮一枚の向こうにある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P1120518.jpg

鎌倉へ行ってきた。6月の日差しは強烈だ。梅雨がなければえらいことだろうな。
写真展を楽しみ、昼間から酒をあおって茶をしばくと、私は再び一人で鎌倉駅前にいた。江ノ電に乗ろうと思ったのだが混雑だとかで乗車までにしばらく待たされるらしい。どうせ長谷までだし、歩くことにした。

P1120498.jpg

リア充の巣窟である鎌倉からは足が遠のきがちで、そういえば江ノ電のことも知らないことが多い。軌道線時代の江ノ電は現在より停留所が多く、それらが統廃合されて現在に至っている。

P1120527.jpg

そうして現在はここ、和田塚が鎌倉の隣駅になっているわけだが、おそらく江ノ電で最も地味な存在だろう。私も初めて来た。
長谷から鎌倉大仏で有名な高徳院を参拝。木漏れ日の美しい境内なのだったが、何しろ観光客が多くて喧騒で疲れる。週末なんかに来るもんぢゃねえわ('A`)

P1120608.jpg

ノイズの募る海側を避けて山側へ行けば源氏山への登山口が近い。トンネル脇の階段を登っていくとまもなく山道となり、先程までの喧騒が嘘のような静かな山歩きを楽しめるのだった。
鬱で随分単独登山ができずにいた私がようやくリハビリに選んだのがここなのだった。ほとんどの観光客は鎌倉駅から源氏山を介して北鎌倉駅へ抜けるこの道を知らないことだろう。穴場ですよ穴場。

P1120635.jpg

源頼朝像が鎮座する源氏山公園はよく整備されて快適だが、山頂にまで足をのばす人は思いの外少ないようだ。93mという標高のショボさが「山」を感じさせないせいだろうか。だが、そういう尺度はくだらんよ。私は登山を趣味とし、富士山から天保山まで日本全国の山を歩いてきたが、大事なのは名前でも数字でもなく、そこで自分がどう感じたかだ。源氏山の山頂は間違いなく「いい山頂」の一つだ。

近くの葛原岡神社で出会った親子に「北鎌倉はどっちですか」と訊かれたので「あっちです」と教えてあげたが、子供の方はスカートとかはいてるし、明らかに山歩きを知らなそうなのが心配になった。変に道に迷われたり怪我されたりしても困るので、彼らの視界に入る距離を保って先導してあげた。

P1120684.jpg

このコースは、通常北鎌倉から源氏山方面へ歩かれる。以前は私もそうしていたのだが今回逆コースをとったのは、グレープの「縁切寺」にちなんでみたのだ。ここでいう縁切寺とは、先ほどの左折する角の手前にあった東慶寺のこと。この歌の内容といえば、可愛いフリして所詮女は冷たいというような未練タラタラ、世間の男なら一度は感じたことがあるだろうもの。ええ、カラオケでは歌わん方がいいでしょうね |∀・)
北鎌倉駅の構内踏切から、沈んでいく夕日を眺めていた。



動画の方は寺社巡りも絡めて健康的な内容です。まるっきり伸びないけどね('A`) 喧騒と静寂のコントラストがいい感じだと個人的には思うんだけど、もしかして世間一般の人は、むしろやかましいのが好きなんじゃなかろうか。(イノテツ)
スポンサーサイト

| 鉄ヲタとアウトドア | 07:39 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

【鉄ヲタとアウトドア】新倉山と富士急行大月線

タラ坊さんの発案で、当ブログのメンバー3人で富士吉田へ出かけた。
我々の企画として3人で書き、自分の唯一の著書と呼べる『鉄道俯瞰撮影ファーストガイド(交通新聞社刊)』。制作を急ぎすぎて消化不良に終わったのが悔やまれ、「ぜひもっと完成度の高いやつを」と密かに思い続けている。今回もそうした思いの一環だったりする。

P1100495.jpg

新宿からホリデー快速富士山に乗って三つ峠で下車。車両は国鉄色の189系であり、車窓から多くの撮り鉄の姿を見た。見るたびに焦った。乗ってる場合じゃねえだろこれ('A`) 中央線特急には新車E353系の投入が始まっており、古いものは廃車される運命にある。波動輸送用に残っている189系も先は長くないといわれており、去る1月にもM50編成が引退したばかり。かつてのヒット曲「あずさ2号」当時の姿をとどめるこの車両を今のうちに撮っとかなくちゃ…と思ってなんとか撮ったのがこれ('A`) 向かいの電車は富士急の現在の主力6000系。鉄ヲタならご存知の通り、山手線のお古である。

P1100568.jpg

普通列車に乗り換えて下吉田で下車。ここから本日の俯瞰ポイント・新倉山浅間公園へ向かう。400段近い階段を息をつかずに登りきった。それというのも翌週三ツ峠山に登ることにしており、駅から見た山容に圧倒されたからだ。この程度を一気に登れないようでは話にならん。しかも雪山だ。加えて女子中学生の部活らしき一団がひいひい言いながら登ったり下りたりしていたので、ちょっと青春時代を思い出してしまったっていうのもある |∀・)
ここからの眺めは富士山と富士吉田市街を中心とした素晴らしいものなのだが、富士山は雲がかかってイマイチだったのでここではカット。ていうか富士山がでかすぎて、列車と合わせて撮るのは難しいと感じた。この写真では下の方に富士急の線路があり、右に下吉田駅、中央左に入線してくる臨時の成田エクスプレスが見える。この画角だと終日逆光なので、雪の日なんかを狙うと綺麗に撮れるかもしれない。

P1100587.jpg

さすがに都内より随分寒く、風に吹かれているうちに腹が冷えて、しばしトイレに篭った('A`)
気を取り直して下吉田駅に戻ってきた。実は結構鉄分の濃い駅で、渋い車両がいくつか展示してある。この貨車なんかは側面に「富士山麓」とか書いてあって牧歌的だなあとか思ったが、実はこれは富士急の旧社名・富士山麓電鐵のことなのだった。なんだ、こっちの方がかっこよかったのに。
その他、下吉田ブルートレインテラスという一角にはなぜか14系客車が展示されており、何の脈絡かと思ったら、テールマークが「富士」だった。土休日には車内に入ることもでき、古き良き夜行列車の時代を感じることができる。

P1100636.jpg

もう1カ所おもろげな場所があるらしいということで寿駅で下車。確かにいいポイントだったが素敵に撮影失敗('A`) これはタラ坊さんやアホキさんにお任せしたい。代わりに撮ったのがこれ。ここは午前中が順光なのでまたしても逆光。逆光が好きなのかもしかして。でもこれはこれでいい感じではあるかなと思う。

P1100662.jpg

三つ峠駅に戻り、帰りもホリデー快速富士山に乗ることに。今日は逆光づいていたので、最後の写真も容赦なく逆光だ |∀・) 逆光は記録写真には適さないが、一癖ある写真には有用だ。カメラの設定がいつの間にか腐っており、決定的な瞬間にシャッターが下りない事態に泣いたが、いずれにしろ近いうちに再訪することになるだろう。

列車は混んでいた。アホキさんはタラ坊さんと私の席だけ確保して、大月で後続の列車に乗り換えられた…と聞いて悪いことをしちゃったなあと恐縮した。次回、酒を一杯くらい奢らせてくださいm(_ _)m
アホキさんはパナソニックのG8をお持ちで、結構動画を撮っておられた。うまく編集できたら、ここにもうpしてくださいね。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 03:41 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

【鉄ヲタとアウトドア】中央本線と大城山


覆水盆に返らずである。稀代の大ボラ吹き・吉田清治の嘘から始まり、朝日新聞が執拗に書き立てたことで日韓関係を破壊した慰安婦問題。吉田が虚偽を認め、また朝日新聞も一連の記事を取り消したが、一人歩きを始めた虚偽には異次元的な尾ひれがついて、最早手がつけられない。
吉田は生前、韓国に私費で「謝罪碑」なるものを建立していた。そこに刻まれている碑文も当然虚偽である。一連の大ボラで、こんな碑を建てられるくらい儲かっていたわけで、実に腹立たしい。吉田の長男は現状を憂い、この碑文を消すことを思い立ったのだった。
これを引き受けたのが元自衛官の奥茂治氏である。当初、碑文の刻まれた石板をひっぱがす予定だったのだが難儀なので、上から「慰霊碑」と刻んだ石板を貼り付けることにした。この碑は吉田の私物で長男に相続されており、一連の作業には何の問題もない。
だが奥氏はとっ捕まった。出頭を求められ、自ら韓国に渡って進んで逮捕されたのだ。何法に引っかかったのかは不明だが、おそらく国民情緒法違反なのだろう。以前、韓国紙の記事を引用しただけでとっ捕まり、裁判にかけられた産経新聞の記者もいた。国民情緒法は、憲法や条約の上位に位置する恐ろしい存在である。
奥氏ははじめから、こうなることを覚悟の上で引き受けたのだ。裁判にかけられれば、そこで吉田の虚偽を訴えるつもりだという。韓国人は吉田に騙され、ありもしないことのために怒り、恨んでいる。怒りや恨みはストレスである。しかもそれが嘘によるものなら尚更だ。この問題の解決は、日韓両国民のためになるのだ。奥氏の勇気と行動を心から讃えたい。
撒き散らされた覆水を片付けるという、困難かつ気の遠くなるような作業が始まっている。だが、産経以外の大手マスゴミは、例によって軒並みスルーを決め込んでいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お仲間に入れてもらっている登山のグループで、今回は長野県辰野町にある大城山方面に連れて行ってもらった。地図で見ると、下のような場所である。



鉄道に少し詳しい人なら、中央本線が諏訪湖のあたりで旧線と新線に分かれていることはご存知だと思う。明治39(1906)年の開業当初のルートが辰野経由の旧線で、今回登った大城山を回り込むような形で大きく南に迂回している。これには政治の力が働いたといういわゆる我田引鉄説と、山をぶち抜いてトンネルを掘る土木技術が未熟だったという説がある。
その後、昭和58(1983)年に塩嶺トンネルが開通し、みどり湖経由の新線がメインルートになると旧線は寂れ、現在は短編成の普通列車が時折発着するのみである。
今回、登山口に向かう車中で「で、辰野駅には何があるの?」と問われた私はこう答えるしかなかった。「かつての栄華の名残と、それが醸す寂寥感ですかね…」。
さて、大城山へは道路が通じており、登山口に車を止めると、少々の登りで山頂に着いてしまうのだった。労せずして素晴らしい展望が得られる。

P1030475.jpg

辰野の街が箱庭のように眺められ、画像の左下、辰野駅構内に進入していくのは中央本線のE127系である。また、右中央方向へ飯田線が分岐していく様子も見える。天竜川(中央上)に合流する直前の横川川に橋がかかっており、ここを渡る列車を撮れたらかっこいいと思われるが、他のメンバーの手前、長々とは待ってられないのだった('A`)
ここ、昭文社の「山と高原地図」の範囲から外れているために盲点だったが、辰野駅から歩き始めて山中を北上、岡谷駅へ抜けるコースも考えられる。鉄道でアクセスし、駅から駅へというのが本来の私のスタイルなので、改めて訪れるのも面白いなと思った。鉄道俯瞰ポイントとしては一級品である。まあ、来る列車がしょぼいのが惜しまれる点ではあるのだが。

P1030477.jpg

ここからしばらく山中を歩いていくと「日本中心のゼロポイント」という所に着いた。北緯36度ちょうど、東経138度ちょうどという端数のないポイントなのだ。こういうポイントが日本には40箇所ほどあるらしいが、中でも最も日本の中心に近いのがここということらしい。つまり、それが珍しいのであり、これという展望があるわけでもないので、我々は記念写真を撮るとすぐ来た道を引き返した。

P1030482.jpg

開放的な林道を歩いていく。北緯36度00分47秒、東経137度59分36秒と、ゼロポイントからはちと外れた所に、この日本中心の標がある。ゼロポイントの景色に不満が残る向きには、ここも合わせて訪れることをお勧めする。近くに展望台もあり、眺めは非常にいい。ただし鉄道俯瞰はできない。また、林道を使って車で入ることも可能というあたりは評価の分かれ目かもしれない。
一同、ここで食事にし、なんだか急に雲行きが怪しくなってきたところで下山にかかった。
辰野駅から岡谷駅のコース、いつか実現してみたい。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 02:53 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

JR可部線復活区間で試運転開始(2)

いわゆる慰安婦問題をめぐり、「最終的かつ不可逆的に」解決したとする日韓合意を覆す動きが韓国で活発化している。日本は合意に基づき安倍首相が謝罪し、政府として10億円を拠出したが、例の少女像は撤去されないどころか新たに釜山に設置され、行政側も「市民」の圧力に屈してしまった。駐韓大使と総領事の同時帰国やスワップ再開協議の停止など、日本の厳しい対応は当然である。
そもそもこの「慰安婦問題」なるものは朝日新聞がでっち上げた虚構であり、安倍首相は必要もないのに謝り、10億円は盗人に渡した追い銭なのだった。では、なぜこんな無駄なことをしたのだろうか。おそらく、日本側に「どうせまた蒸し返してくる」という読みがあって、そうなることで国際社会に韓国の異常性を晒せると踏んだからだろう。であれば、むしろ最大限の誠意を見せておいたほうがいい。今回の合意には、米国など第3者の証人を得る仕掛けがあったからだ。案の定「強請ればまた出てくる」と、韓国はいつものように思ったらしい。だが、今回出てきたのは金ではなく制裁だったのだ。件の10億円はいわば手切れ金だったのだと気づいていなかったのだろうか。潮目は変わった。
韓国では朴槿恵大統領が職務停止となって権力の空白が生じている。国民の無知がもたらす、感情的な行動が野放しなのも不幸なことだ。後任の大統領は誰であろうと間違いなく反日主義者であり、彼によって合意は完全に反故にされるだろう。国際的な約束が守れない国、規律よりポピュリズムが優先してしまう国、そういうイメージが国際社会に広がるのは国益に反するはずだが、たった今溜飲を下げるために後先のことを忘れてしまう。これが、韓国が官民共通して抱える宿痾というやつだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【前回のあらすじ】
JR可部線で始まった復活区間での試運転列車を見ながら、あき亀山駅まで歩いた。

P1000869.jpg

あき亀山駅近くの民家である。庭先に復活までの日数を示した看板が掲げられ、カウントダウンが行われている。あき亀山駅は今回の路線復活によってできた新駅であり、廃止前にもなかった駅だ。また廃止前より運行本数は激増、一挙に交通の便が良くなるのだから、指折り数える思いなのはよく分かる。

P1000836.jpg

その一方、駅舎も頭端駅のそれとして建てられ、その先の区間の復活がないことを強く印象付ける構造となっている。こうして路盤は残されているのだが、大きく明暗が分かれた。
さて、向こうの山の中腹に住宅が立ち並んでいるのを私は見逃さなかった。あそこまで登れば、復活区間を俯瞰できるんじゃなかろうか。そんなに大変じゃなさそうだし、行ってみることにした。

P1000839.jpg

坂道をしばらく登っていくと、なぜか途中に旧河戸駅を発見。もちろんてんで線路から離れたところであり、この駅名標と待合所は移設したものだろう。河戸駅も、復活区間にありながら再開することのない、いわば影の存在だ。wikipediaによると待合所は取り壊されたことになっているが、ここにあるのは当時のものだと思う。
なんていう可部線ゆかりのものがあるので疑いもしなかったが、道を間違えた('A`) 目的の住宅地へはもっと簡単にいく方法があったのだが、随分遠回りをしてしまった。

P1000859.jpg

だがその眺めは期待以上で、あき亀山駅の配線や真新しい復活区間の線路、奥には途中駅の河戸帆待川駅も確認できる。ここでは線路がよく見えるようにトリミングしたが、奥の山並みや、右手を大きく流れる太田川の様子も合わせて大変いい景色。この高台に住んでる人はこれを毎日眺めてるのか、ええなあ。まあもっとも、年取ったら下界との行き来に難儀するかもね。

P1000873.jpg

線路沿いに降り、河戸帆待川駅近くの歩道橋から撮った写真がこれ。金網が写り込んでしまった('A`) さっきまでいた高台の住宅地が写っている。やってきた列車は、すっかり少数派となった113系、しかも広島色である。テールライトが点灯してたり、もしかすると貴重な写真なのかもしれないのだが、それだけに金網対策の甘さが悔やまれる。
これにて撤収。可部駅に戻ると、かつて電化区間用に使われていた頭端ホームが閉鎖されているのに気づいた。可部駅の終端駅としての歴史は14年で終わる。それは大変めでたいことだが、頭端ホームを失ってしまうことには、一抹の寂しさを感じた。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 10:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

JR可部線復活区間で試運転開始(1)

あけましておめでとうございます。皆様にとって、今年が良い年となるよう、お祈りいたします。

大きな歴史の転換点を迎え、世界が激動している。私はそもそもグローバリズムという言葉に胡散臭さを感じてきたクチだが、昨今の流れは、明らかにそれに対する揺り戻しだといえる。じゃあそれが嬉しいのかといえば、そんなわけは全くない。ナショナリズムは大いに結構だが、しばしば枕詞のようにくっついてくる「偏狭な」という形容詞の部分が人の心を歪めていくことが心配だし、実際そうなりつつある。新しい年は、昨年明らかになった動きがいよいよ具体化してくる。だがきな臭いことにはなって欲しくない。違う民族、文化、価値観同士の存在を認めあえる、多様なナショナリズムの共存を望むばかりだ。

で、自分のことだが、昨年からの仕事に全く区切りがつかず、心新たに目標を立ててる余裕がないのが遺憾である('A`) 今しかかっている仕事、正直難航している(がゆえに年越しになった)のだが、これをなんとかいい形で仕上げたいというのが、当面の目標だ |∀・)
だいたい、元日から実家の庭にできたスズメバチの巣の撤去や草むしり、芝刈りなどをこなしており、正月気分は全く希薄。身も心も休まるヒマがないのだが、まあ逆にいえば全然正月ボケしてないことが、幸いといえば幸いだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

年末には四国・松山へ墓参りに行くことを恒例にしている。今回もどうにか決行することができたのだが、残念ながら、例年のように夜行フェリーで移動みたいなゆとりのある寄り道の行程は組めなかった。
東京発1番の新幹線で広島へ。帰省ラッシュにかぶり、最後まで座れないという地獄に遭遇した_ノ乙(、ン、)_ 徹夜明けの身には拷問だったが、仕事柄、指定だの予約だのはなるべく取りたくないのだ。現に今回も、出発の予定を1日遅らせざるを得なかったスケジュールの流動っぷり。こんなときは勤め人に憧れる。
東京→広島の乗車券、厳密には東京・品川(都区内)→広島(市内)が有効区間である。つまり広島駅に限らず、市内のJR駅ならどこで下りてもいいのだ。じゃあ可部線に行こうぜ! 全線乗ろうが、終点の可部駅も広島市内だ。

可部線といえば、今でこそ横川〜可部間を結ぶ短い地方交通線に過ぎないが、鉄道ファンなら、今、この線が熱いことはご存知だろう。
平成15(2003)年、可部から先に伸びていた三段峡までの区間が廃止された。当時のメディアは「可部線の一部区間廃止」と報じたが、営業距離60kmのうち46kmを廃止することを、一般には「大部分廃止」と呼ぶだろう。この区間は非電化であり、可部駅で単行のキハ40に乗り換え、山間の雪道を三段峡に至った当時のことを覚えている。駅前には静態保存のC11があり、同区間存続を願う横断幕が虚しく揺れていた。鉄道の廃止はいつでも哀しいものだ。
この廃止区間のうち、1.6kmが今春の改正で復活するのだ。それこそほんの一部ではあるが、一度廃止されたJR路線が復活するのは、これが初めての例となる。
もともと、廃止区間のうち可部〜河戸(こうど)の1区間1.3kmについては市街地の中であり、電化の上で存続という案があったが、地元が全線存続を主張する中、もろとも廃止された経緯がある。その後紆余曲折あって、旧河戸駅よりもう少し先までを復活することにしたのだ。今回は、この復活区間を歩いてみようという企画である。

P1000802.jpg

知らないうちに、可部線の主力は227系に取って代わっていた。「Red Wing」の愛称を持つ227系、一向に新車が入らず「國鐵廣島」と揶揄されてきた広島地区の汚名を返上する存在であり、実際これはすげえいい車だわ。快適に可部まで乗り通すと、「この列車は試運転列車となり、引き続きのご乗車はできません」というアナウンスが流れた。試運転? ここでピクンとこなければ鉄ヲタではない。列車を降り、真新しいホームで様子を見ていると、河戸方から広島行きの113系がやってきて、代わって今乗ってきた227系が河戸方へ去っていくのだった。
今回は新しい線路の様子さえ見られればいいと思っていたが、もう試運転列車が走っているのか? 私は胸躍らせて復活区間へ急いだ。

P1000805.jpg

間も無く踏切にぶつかった。その存在には全く違和感がない。かつてあったものが復活しただけなのだからそれも当たり前だ。傍らに看板があり、12月23日から試運転が始まっていたことがわかった。するとまだ間がない。結構いいタイミングで来ちゃったんじゃないのかこれ♪

P1000809.jpg

「カンカンいうとる」「電車が来るようになったんよ」と、傍で地元民の子供がはしゃいでいた。当然彼らはかつての可部線を知らない。彼らには復活ではなく延伸に見えるだろうし、実際線路は新しく敷き直されており、見た目は全くの新線だ。
同区間復活にあたり最も障害になったのは、実はこの踏切の存在だった。国土交通省的には、踏切はなるべく減らしていきたい。だから新設することは基本的に認めないのだ。いや、新設じゃなくて復活だしと役人相手に交渉を重ね、ようやく「暫定的に」という建前で認められたのだ。まあ、暫定といいつつ70年以上そのままの江ノ電の併用軌道もあるし、今回復活した踏切も当面存続するんじゃないかと予想している。

P1000813.jpg

今回の復活は、先述の通り旧河戸駅より少し先までということになったので、中間駅が設けられた。それがこの河戸帆待川駅である。つまり厳密には河戸駅は復活しないことになる。

P1000828.jpg

河戸帆待川駅は棒駅だが、新しい終点となるあき亀山駅はこのように1面2線、さらに3本の側線を持つそこそこ大きい駅となった。なお、廃止区間にあった安芸亀山駅とは全く違う場所にある(旧河戸〜旧今井田間)。真新しい構内に滑り込んでくる末期色のくたびれた113系にはちょっと違和感があるが、こうして試運転をしているのだから、改正後にも営業運転に入るということだろう。末期色は評判が悪いが、青空によく合う。駅前広場など周辺はまだ工事中だったが、春までには間に合わせるのだろう。

これは余談だが、亀山を名乗るローカル線の終点といえば、久留里線の上総亀山駅を思い出さないわけにはいかない。旧国名を冠するところまで共通だ。こちらは春の改正でさらに減便され廃止街道一直線だが、せっかく西に仲間ができるのだし、なんとか持ちこたえてもらいたいと願わずにはいられない。(つづく・イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 01:02 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT