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きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

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南海フェリー夜行便 〜今も健在「鉄道連絡船」

うえぇ、二日酔いだよぉ、気持ち悪いよぉと胃腸薬を買いに出た夕方。夕方まで残ってるってどんだけ呑んだくれたんだよって話ではあるのだが、薬屋を出ると、近くに新しいラーメン屋ができているのを見つけた。

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「ラーメン豚山」大塚店である。聞いたことのない名前だが、店の構えといい商品写真といい、明らかに二郎インスパイア系だ。おお、ついに大塚にもこれ系の店が来たかと、この体調で最も食ってはいけないものではあったが迷わず入店。私のラーメン写真に必ず写り込んでいる酒がないのは上記の理由もあるが、開店後日が浅いためか、そもそも提供の準備ができていないらしかった(12/4追記 缶ビールの提供が始まってますね)。
写真は、基本である小ラーメン(780円)に「ヤサイニンニク」をトッピングしたもの。トッピングの注文の仕方も二郎同様である。「初めての方はヤサイマシマシはご遠慮ください」との注意書きあり。確かに普通の野菜増しでこの状況、ラーメン食ってるんだか野菜食ってるんだか分かんない盛りとなる。アブラやカラメを頼まない限り味付けなしの温野菜なので、なるべくスープに浸るように丼の下方へ押し込み、麺を上へ引き出して食うのがコツだ。
味はというと、醤油ダレが甘めであり、少し印象が違うがこれはこれで美味い。一方の麺は平打ちなのが特徴。もっちりと噛み応えがあり、もともと平打ち麺が好きな私はこれも結構気に入った。分厚いチャーシューも柔らかく煮込まれており、こんな体調だったが結局ぺろりと完食。
なお、カウンターに置かれている韓国唐辛子は日本の一味よりも甘みがあって使い勝手が良く、私も一時期自宅に常備していたことがある。ある程度食べ進めてから振りかけると、また違った印象の味になる。
知らない店名だったが、調べてみると「平成30年7月創業」と謳っており、大塚店は3号店に当たるそうだ。4ヶ月で3店舗だからペースが早い。店の人の感じがいいのも嬉しいね。ラーメン豚山、もしかしたら今後伸びていくかもよ。

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夜の高松駅9番乗り場にサンライズ瀬戸・東京行きが停車中だ。姿はどうあれ、夜行列車の存在は視界に心沸き立つ旅情をもたらす。この写真も、ただシャッターボタンを押しただけだがなんか雰囲気があるよね。テクニックというか小細工として圧縮効果とクロスフィルターを使い、頭端駅である高松駅の特徴を活かすため、頭端側にカメラを向けている。

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でも、私が実際に乗ったのはこっち、徳島行き普通列車だった。私の旅はもうしばらく続くのだ。写真は徳島駅。現在は地平駅だが高架化される計画がある。レトロ感を残すホームや跨線橋とも、もうしばらくでお別れとなるだろう。

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駅に隣接して車両基地があるのだが、これも移転になるらしい。前回来たときよりもキハ40系の存在感が薄くなった。全廃の知らせを聞くのもそんなに先のことではなさそうな感じだ。

深夜、慣れない徳島の街を港に向けて歩いた。徳島港から出る和歌山港行き南海フェリーには基本的にバス連絡がある。だが、私が乗ろうとしている夜行便のみはそれがない。タクシー利用が基本になるが、出帆は2時55分。3時間あるので節約と運動を兼ねて歩くことにしたのだ。スマホのマップアプリを使えば、初めて来た街の夜道、ましてよく分からん住宅地の路地もうまく利用して最短距離を行くことができるのだった。住宅地を抜けると潮の香りが漂い始め、暗がりながらも港の雰囲気を感じることができた。駅からここまで徒歩1時間20分。

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停泊中のフェリーつるぎ。今夜の宿である。乗船までの1時間半ほどを待合室で過ごす。明らかに横になることを拒絶したつくりのベンチに横になり、器用に仮眠を取っているトラック野郎らしきオサーンたち。さすがに旅慣れている。ていうか、旅が仕事だからなこの人たちは。片隅に古びたゲーム機が数台置かれているが当然誰も目もくれない。この時間帯、これに興じて音を立てたら普通にボコられるだろう。若い客はイヤホンをしてスマホのゲームに興じるので問題は起きない。昭和と平成が交錯する空間だ。

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2時過ぎに切符の販売窓口が開いた。徳島港〜和歌山港の運賃は2000円だが、写真の「なんば好きっぷ」というのを勧められるままに購入。これは和歌山港から南海電鉄の難波駅までの切符も付いてやっぱり2000円。これは同じ南海グループだから企画できる切符だわな。鉄道連絡船らしさがこんなところにも見て取れる。
今回、私は徳島港まで歩いてきたわけだが、かつてのこの航路は少し違っており、徳島側は小松島港に発着していた。小松島港には小松島線が接続しており、この頃は両岸で鉄道連絡を行っていたのだ。小松島線の廃止が惜しまれる。

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所要時間は2時間程度と長い航路ではないため、夜行とはいえ2等船室も昔ながらの雑魚寝式になっている。混んでもおらず空いてもおらず、なんというか、乗客側にすれば最も快適な状態だ。
2時間という所要時間は微妙で、ぐっすり寝るには短いしぼぉっと起きてるには長い。とはいえ横になれるのは大変ありがたい。直角のボックスシートに身を縮め、それすら叶わないと通路に新聞紙を敷いたりデッキですし詰めになりながらひたすら朝を待った普通夜行列車の時代は懐かしくもあるが、ちょっともう追体験はごめんかなと思ってしまう。

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和歌山港に着くと通路で南海和歌山港線の和歌山港駅に直結している。写真右の白い建物が駅舎ではなくフェリーターミナルであることからしても、至近ぶりがよく分かる。もっとも、ホームは1面2線のみ、列車ダイヤも1時間に1本あるかどうかという寂しいものだ。かつての青函航路と比べれば至って小規模だし、「津軽海峡・冬景色」的な情感は期待できない。ただ、実感したのは「結構使えるんじゃねえかこれ」というもの。なんだかんだで便利だ。
空が白みだす頃、連絡列車がやってきた。2連の通勤型(7100系)だ。そしてまあなんというか、絶景というほどでもない海沿いの車窓を数分眺めると、すぐに終点の和歌山市駅に着いた。ともかく、ここに鉄道連絡船は健在だった。



まとめ動画の方では違うカットも織り込みながら、もう少し旅情濃いめにまとめました。併せてご覧くださいね。(イノテツ)
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| バスや船…鉄道以外の乗り物 | 23:19 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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広島・呉〜松山航路 あともう押しな「鉄道連絡船」

【無駄口枠】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はれのひの社長がようやく出てきたね。言い訳がましく貧乏臭いオサーンでした。
女の子にとっては思いっきり「変身」できる機会である成人式。大学の卒業式、または結婚式に並ぶような、人生に何度もない楽しみな機会だったはず。それを見事に台無しにされたこの事件は、これから実際に下されるであろう法的な制裁以上に、社会的な制裁が大きいものになるでしょう。中には費用を自分のバイト代で工面してた子もいるそうで、その落胆は計り知れません。
まあ私は男なので、成人式とかいっても別に変身するような機会でもなく、ましてうちは貧乏だったし、高校時代の制服(幸いブレザーでした)のボタンだけをかーちゃんに付け替えてもらい、式に臨んだものでした。ちなみにその後、教育実習でもこれを着て母校の教壇に立ったわけですが、幸い、生徒の誰も教壇の実習生が自分たちと同じ服を着ているとは気付きませんでした |∀・) まあそれは余談としても、「うちは男の子で助かったわねえ」と親は素で喜んどったものです('A`)
ていうか俺わさ、この社長とやらの態度が大いに気に食わんかったのです。冒頭に「貧乏臭い」と書いたんだけど、こんなもんは弁護士のアドバイスで、そういう「コーディネート」かましただけに決まってるわけさ。隠した資産守るために、見え透いた演技してんぢゃねえ カー(*゚Д゚≡ *゚д゚)、ペッ
結局私は教師にはなれず、糞酷い出版社に3年勤めてフリーになり、それからおかげさまで20年目。この間、取引先が潰れるのは何度も見てきたけれど、泣きを見るのはいつでも顧客と社員と業者。経営者は会社がやばいのを先に察知できる立場だから、表沙汰になる前に資産を移動しとくわな。記者会見や債権者集会でペコペコしとけば、あとはのうのうと暮らせんだよ。
はれのひの社長も絶対そう。怒れよ女の子…っつっても私は坊主の末裔だから怒りにも冷めたところがあって、どうせ金も時間も返らないのなら、未来におもろいことを探した方が建設的かもねとか思ったりもするんです。

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伊予鉄道高浜線の終点・高浜駅である。瀬戸内の冬だというのに頑として晴れやしねえ(´;ω;`)ウッ
「松山港」といってもその範囲は広く、高浜駅の目の前にある高浜港もその構成要素の一つだ。かつての高浜港は広島や九州方面への船が発着しており、伊予鉄道もその連絡輸送を見込んでここを終着駅にしたのだ。ただ高浜港は手狭だったし大人の事情もあり、そうした旅客輸送の多くは800m先の松山観光港へ移ってしまった。800mといえば私鉄の1駅間に程よい感じだ。路線をここまで延長する計画は当然あるが、何はともあれ金がないんだとか('A`)

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ただ、松山観光港にこうした案内があるのは嬉しいことだった。ほとんど名残みたいなもんだが、鉄道連絡が意識されている。多くの人は高浜線を利用せず、松山市駅からバスで来る。そりゃそうだろう、その方が便利だ。だが私は鉄ヲタとして、多少不便でも高浜線利用でここまで来た。LRT化し、低床車が松山観光港旅客ターミナルに横付けするようになれば格段に便利なんだが…。

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無駄口枠でも書いたようにうちは貧乏だったから、リア充が当たり前のように言う「家族旅行」とか「レジャー」とかの記憶がほとんどない。しかして、直系のくせに松山にいた父方の祖父にも二回しか会ったことがない。関東から家族で行くのに、松山は遠すぎたのだ。そして5歳のとき、二度目に会った祖父はすでに遺体だった。
それでも私は幼心に、船室から見た瀬戸内海の明るい海を覚えている。あれが私が初めて乗った船で、それこそが、この広島・呉〜松山航路だったんだろうと思う。
ただ、こうして一人で旅行をするようになってから、乗った船が天候に恵まれることは稀というレベルで少ない。「雲を呼ぶ男」ってやつだ('A`) 今回もまた、瀬戸内海のイメージとは程遠いどんよりとした曇天と鉛色の海が続いていた。それでも、雲間から差す光芒が海面を照らす様は、それはそれで目を奪う光景だった。

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急ぐ旅でもなければ、高額のスーパージェットより、まったりとフェリーの旅が好みだ。船は、現在も軍港の面影を残す呉港に寄港、思いの外多くの利用があった。この港もJR呉線の呉駅とペデストリアンデッキで結ばれており、鉄道との連絡が図られている。
瀬戸内海には三つの本四架橋ルートをはじめとして次々と橋が架けられ、それに伴い、味わい深い航路が次々廃止されていった。遠い記憶だが、本四架橋ルートは三案のうちどれにするか揉めた挙句、結局三つとも建設したんじゃなかったっけ。当時は日本も金があった。

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広島港もまた巨大な港で、松山から来た船は宇品に着く。宇品旅客ターミナルは広島電鉄宇品線の広島港電停に直結していて、路面電車の特性を活かして段差もなく、これ見よがしに便利だ。これだよこれ、伊予鉄道高浜線に求めてるのわさ。しかも昔からこうだったわけではない。松山と同じく港の拡大に伴ってフェリーターミナルが遠ざかっていくのを、その都度路線延長して追いかけ、電停が現在の位置に移転したのは平成15(2003)年のことだ。
日本にはすでに狭義の鉄道連絡船は残っていないが、「港が鉄道と連絡していて便利」くらいまで意味を広げれば、この広島・呉〜松山航路なんかはそれに最も近い存在だろうと思う。そんなところからも、松山観光港の現状はもう少しなのに大変惜しい。これが広島電鉄と伊予鉄道の体力差なんだろうし、また、広島市と松山市の体力差でもあるのだろう。



そして、サムネからしてどんよりとしたまとめ動画('A`) 終わりの方、ターミナルから電停に直結ですよのカットでは見事なフェイントでねえちゃんに横切られて泣いたが、これ以上ないタイミングで電車が入線してきたので使うことにした。船ネタだからなのか特に再生回数が伸びてないので、どうか見てやってくださいm(_ _)m (イノテツ)

| バスや船…鉄道以外の乗り物 | 06:40 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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関鉄バス 取手〜谷田部線、哀愁の大減便

前回のコメント欄に「前原氏は民進党を畳むつもりで代表になったのでは?」とか適当に書き込んだら、まんまと当たってこっちがびっくりw そうだな、例の全然当たらない人に代わって、俺が政治アナリスト名乗っちゃおっかな |∀・)
冗談はさておき、安倍首相の電撃解散宣言から小池都知事の希望の党結党、それに伴う民主党の事実上の解党と、政界は一寸先が見えない流動っぷりを見せている。
だがおそらく、安倍氏と小池氏は裏で手を握っている。そして前原氏とも。ここで画策されたのは、民進党を左右に分解し、右派を確実な改憲勢力に取り込むことだ。小池氏が言う「しがらみのない政治」とは、民進党右派を、左傾化する民進のしがらみから解き放つことを意味していたと考えると分かりやすい。前原氏は表向き「民進党全員の合流を」などと訴えたが、まあ方便にすぎんわけで、安倍氏への対決姿勢もまた同様だろう。安倍氏が勝敗ラインを低く設定しているのは、自民党が少々負けても、改憲勢力で3分の2を確保できればいいという判断からだとみる。
今回の政界再編では、政党を選挙互助会から一歩進めてほしいと願っている。前原氏が民進党の「解党」を提案したとき、多くの所属議員は希望の党に移れるとむしろ喜んだらしい。民進党の看板を再び掛け替えられると思ったわけだ。だが、わずか1年半でダメにした看板を、今度は長持ちさせられる見込みがあったのだろうか。案の定、そうした了見で議員をやってる人の多くは、間もなくハシゴを外される結果となった。
実家でテレビを見てると、コメンテーターが「リベラル層は結構いる。枝野氏は腹をくくって新党を」とかのたまっていた。その読みが正しいかどうかは置いといて、私はこれに賛成だ。枝野氏を代表とする民進左派は、社民党と合流すればすわりがいい。新党名は、「日本社会党」なんかいいんじゃないか。

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たまに出る超ローカルネタである。茨城県の取手駅から私の実家へ向かう関東鉄道バスが思いっきり減便された・゚・(つД`)・゚・

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左が旧ダイヤ(平成24年4月改正)。まあこのときも系統廃止を伴う減量ダイヤだった。だが右側、今回(平成29年9月)の改正では、それ以上に情け容赦なくバッサリ切られた。始発繰り下げ、減便、終車繰り上げ、運転区間短縮と、減量ダイヤのフルコースにより、一挙に半減。中でもかつてのメインルート・(高岡経由)谷田部行きは、今改正で1日5本にまで減ってしまった。ローカル線への転落である。四半世紀前が、キラキラ輝いて思い出される('A`)

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21時以降の谷田部行き、守谷駅前行きは全廃され、豊体までの区間運転に短縮された。豊体、これで「ぶたい」と読むのだが、ちょっと縁起が良さそうな地名なので、もうこの際、その方向で宣伝してみたらいいかも |∀・)
取手駅前でそこそこの数の乗客を乗せて出発したバスは、多くの場合、谷井田まででほぼ全員を降ろし終わり、そこから先は空気輸送になってしまう。途中まで乗っていた酔っ払いのオサーン二人組は今回の減便に相当不満のようで、「関鉄は金儲け主義だ」とかこの話題のみだった。だが、こんな言われようでは関鉄が可哀想にも思える。だって、明らかに儲かってないもん('A`)

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むしろ、ここまでよく頑張ってくれたとすら思える。実家からの帰り、私一人を乗せたバスは暗い県道を進み、とうとう他に誰も乗せないまま取手駅前に着いた。

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21時40分。ビルの明かりは消え、人影も見えない駅前に、パチンコ屋の明かりだけがひときわ目立つ。ここは昔、西友が入っていたところ。ミスタードーナツも常陽銀行も撤退し、地下街への入り口はシャッターが閉まっている。
取手のこの寂れっぷり、取手〜谷田部線の衰退とも無関係ではない。実家の最寄り停留所からは、朝の通勤時間帯7時台に全盛期で12本ほどのバスが出発したが、今回の改正で3本になった。少子高齢化が進み、通勤輸送が減ったのだ。市外からの人の出入りが減れば、当然駅前は寂れる。
比較的東京から近い当地ですらこのザマである。地方の惨状たるやいかばかりかと暗澹たる思いになる。単にモータリゼーションを是正すれば解決するものでもない。昔、もっと人口の少ない時代の方が街は賑わっていたはずだ。何が変わったのか、それを明らかにするところから始めないといけないが、正しい処方箋はなかなか見つかりそうにない。(イノテツ)

| バスや船…鉄道以外の乗り物 | 04:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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