きまぐれ 鉄道日和

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小田急線沿線火災に見た乗客の民度

戦後の日本に、再び空襲警報のサイレンが鳴ったことを、もっと重く受け止めるべきだ。
私は基本的に憲法9条の理念に賛成だ。こうした理念が世界に広がれば戦争はきっとなくなる。だが残念なことに、この理念は一向に広がらないどころか、これを掲げる日本の平和をも脅かすようになってしまった。北朝鮮をここまで増長させ、核・ミサイル戦力を持たせてしまったのは、9条の理念が悪意に利用されたからである。9条が悪いのではない。人間が悪いのだ。性善説に基づいて制定された9条は、人間の悪意に対応できないという悲しい弱点を持っている。
こうなる前に北朝鮮に平手打ちを数発かましておければ、これから起きるであろう悲劇を未然に防げた。だが、この「平手打ち」も、思いっきり9条に抵触する。まずいのは、このことが現実の問題から目をそらして先送りにし、より深刻な状況を作り出すのに利用されてしまったことだ。悪意を持って9条を守ろうと叫ぶ手合いに気をつけたい。彼らは平和を乱し、日本を破壊することを目的としている。

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夕方、明治神宮にお参りしてきた。
ところが上空がやかましい。見上げると、ヘリが何機も飛んでいて、中でも神宮上空でホバリングして離れないやつが特にうざい。警備の人によると、近くで火事があったという。ああ火事ですかと答える自分が少し安堵していたのが怖かった。もっときな臭い予感があったからだ。

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北参道を抜けると代々木駅が近い。画像右側にはテントが設営されている。各地、例祭の時期だ。ここでこんな行列を目撃した。振替乗車券を求める人たちである。小田急沿線で火災があって運休しているという。ああ、さっき聞いた火事のことか。すると、火事は参宮橋駅付近ってことになるな。
なお、火事場の様子など、メジャーなことは散々報道されてるのでそちらをご覧ください。ここでは、より鉄ヲタ的視点から、周囲の様子を見ていきます。

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心身病んでるので参宮橋まで歩くのはきついということで、手前の南新宿駅まで行ってみた。こんな状況だった。一見普通だが、異常な点を3つ探してみてください。
1.ホームに人がいない
2.下り線の至近に電車が2本止まっている
3.線路を人が歩いている
瞬時にこの3つに気付ければ鉄ヲタ入門編は合格です |∀・)

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近寄ってみるとこんなだった。駅間で止まった電車から降りた乗客が、踏切までの線路を歩いているのだった。なお、法被姿のオサーンは、本来1枚目の画像のテントにいるべき人なんだろうが、絵的にいい感じだったので載っけさせていただいた |∀・)

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職員の手助けを受けながら、乗客が次々と線路上に降り、踏切へと向かっていく。不謹慎だと叩かれるかもしれないが、現場は意外と和やかだった。杖をついた老人もおられ、そういう人にとっては災難この上なしだが、非日常を楽しんでる風情の人も多かったのだ。私に話しかけてきたお姉さんも、「ここから新宿まで歩けますか?」とニコニコ笑っていた。「頑張れば歩けますよ」と、私も彼女の非日常感を微妙に煽ったりしたのだった。
これ、意外と大事なのだが、小田急沿線民のレベルの高さに改めて感嘆した。震災だの水害だのみたいな洒落にならんものは別として、こうしたトラブルくらいなら楽しめてしまうっていうのはすごいことだと、個人的には思うんだよね。外国でこういうことが起きると金返せだの早く下ろせだのと途端に混乱するものらしいが、私が見る限り、そうしたことは一切起きなかった。唯一、地元民らしきオサーンが、踏切の警報機がやかましいと文句を言っていたくらいだ。

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それというのも踏切の警報機は列車が近づくと自動的に作動するものだからだ。こうして列車が踏切付近で立ち往生すると、警報機は自ずと鳴り続けることになる。遮断棒も自動的に降りたままになるわけだが、この棒は着脱可能な構造になっていて、今回も、専門知識を持った作業員が着脱し、ここを渡る人の便宜を図っていた。その手順は興味深くて動画案件だなと思ったが、防犯上問題がありそうだからスチルだけにしておく。

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この踏切にはこの作業員一人が張り付き、技術的なことから乗客、通行人の対応までこなしていた。本来なら他にやることがあったんだろうにお疲れ様です。彼は盛んに指令と連絡を取り合っていた。ポコペッペンポッペンペン♪ というiPhoneでおなじみの着信音の他に、ジリリリリーンという昔懐かしいベルの音が響いたりもした。アンティーク趣味なのかこの人と思ったら、本物だった。鉄道用非常電話(鉄道電話)である。げっ…黒電話だ…。

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線路脇に黒電話、シュールぢゃねえかこの絵…。大概時代から遅れてたうちの実家でも、黒電話は中学生の頃(昭和末期)までだったわな。そう考えると、これはどんだけ年代ものなんだろうか。しかもちゃんと機能してるし。少なからず埃かぶってるのも、まあそれだけ非常事態が少ないからだと好意的に見たいと思う。
黒電話がこうして現役で機能してるのはなんだか嬉しいことだとはいうものの、大手私鉄である小田急ですら非常時への対応は後回しなんだなあということ、私企業にできることには限界があり、お上は鉄道会社に対して冷たすぎるんじゃねえかという不満が芽生えた。車会社からより一層金もらってるからなんだろうけど、公共の福祉により寄与するのは鉄道だと、私は固く信じる。
あと余談だけど、ネット上で「黒電話」の愛称で通ってる人がいるわな。日本ではこんな状態だが、あの国では黒電話がトップに君臨し、世界を翻弄してるんだからすごいことだ。

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概ね情報が行き渡ったのか、渡りに来る人も車も稀になった踏切は、通らない列車から通行人を守るため、虚しく機能し続けていた。(イノテツ)
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JR原宿駅舎の建て替えが決まったそうだが…

この週末は、しばらくぶりで何の予定も入らなかった。梅雨の晴れ間で行楽日和だし、どっかに出かけなければと思ったのだが、結局近場を歩き回るだけの土曜になってしまった('A`)
最も鬱がひどかった頃は布団をかぶって数日寝込んでいたのだから、これでもだいぶ良くなったのだが、自分のメンタルの弱さには情けなさを禁じえない。舛添都知事の無敵のメンタルを数億分の1でも分けてもらえれば人生変わっただろうな。
そんなことを思いつつほっつき歩いていると携帯電話が鳴った。出てみると、聞きなれない声が、聞き覚えのない社名を名乗った。勤め人時代の後輩が現在勤めている会社なのだった。そう、私の話に時々出てくる彼である。緊急連絡先が私なのだった。緊急連絡先にかかってくる電話なのだからろくな内容ではないことは瞬時に分かる。怪我でもしたか、あるいはまさかさせちゃったか…、そんな心配をしていたら違った。行方をくらませたのだという。
聞けば先日、最後に会ってから間もなくのことらしい。あのときは特に変わった様子もなかったのに、どうしたというのだろう。メールもSNSもやってない彼との連絡手段は電話と郵便だけだが、それがいずれも使えない以上、これを読んでくれることを願うしかない。
バックれるのは最悪だと、昔から言ってきたはずだよね。会社の人は怒ってるわけじゃないとおっしゃってたぞ(もちろん本当は怒ってるだろうけど)。せっかく苦労して積み上げ始めたものを、一瞬で崩すなんてもったいなさすぎる。少なくとも俺だったらできないことだわ。時を追うほど事態は悪化していく。とにかく早く会社に連絡してくれ。今なら、まだ会社は待ってくれてるから。

というわけで、せっかく良くなりかけたのにまた鬱が悪化してしまったので、日曜は引きこもることに決定_ノ乙(、ン、)_

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JR原宿駅である。1924(大正13)年建築で、木造駅舎としては都内最古だ。大正ロマンを現在に伝える瀟洒な駅舎で、東京駅を別格とすれば、山手線の駅の中で最も個性的で魅力のある建築だといえるだろう。この駅舎を新しいものに建て替える方針がJR東日本から発表されたのだが、完成予想図がリンク先の図である。
駅改良の工事計画について
またこういう何も考えてない画一的なデザインにするのかと、方々で反発の声が上がっている。どうやら、五輪が開催される四年後に間に合わせようとしているらしく、あまり凝ったことはしてらんねえというのが実際のところらしい。
だが、そうやって壮大に失敗した前例が、同じくJR東日本の長野駅である。有名だった仏閣風3代目駅舎を取り壊し、五輪に間に合せるべく4代目の橋上駅舎を建てたわけだが、そのあまりの素っ気なさに反発が起こり、結局再び建て直して昨年竣工したのが現在の5代目駅舎である。この轍を踏まないでほしいものだ。

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原宿駅臨時ホーム

現在の原宿駅は内外からの観光客が増え、現状の島式ホーム1面2線だけでは捌ききれない状況になってきている。表参道口、竹下口の両改札も手狭であり、混雑時にはしばしば入場制限がかかる。要するにパンク状態なのである。これが五輪開催時には洒落にならん事態に陥るであろうことは容易に想像できる。
だが幸い、原宿駅には年末年始のみ、明治神宮参拝者のために使われる臨時ホームがある。これを外回り電車用に常時使用することにし、現在の島式ホームは内回り電車専用になるとのことだ。実質対面ホームになってしまうのは少し不便だが、混雑の緩和は大きく寄与しそうだ。

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明治神宮境内にあり、普段は使われていない臨時口。現在は最低限の駅機能が備えられているだけだが、現駅舎はここに移築したらいいんじゃないかというのが私の提案である。
現在の表参道口駅舎は、もともと田舎の駅仕様であり(開業当時の地名は東京府豊多摩郡千駄ヶ谷村大字原宿)、ここまで利用者が増えることは想定されていなかった。なので、それをより大きなものに建て替えるのは時代の要請であり、やむをえまい。だが、そのためにこの価値ある建造物が取り壊されるのはもったいない。あの完成予想図通りになったとして、まだ「関東の駅100選」を名乗り続ける資格があるだろうか。

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これが現状の全体図。全くの目分量だが、スペースはありそうに見える。臨時口だから第一線からは退く形になるが、この場所なら「森の中の駅」になり、むしろ今よりいい雰囲気になるのではないだろうか。大都会らしからぬ佇まいの駅として、新たな名物になるに違いない。もしかして、我ながらいい考えぢゃねえかこれ♪
もちろん、明治神宮の了解が必要だろう。貴重な文化遺産の保存に一肌脱いでもらえないかなあと、勝手に思いをめぐらしたりしている。(イノテツ)

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東日本豪雨と関東鉄道常総線(2.9月14日の寺原駅)

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非電化複線という全国的に珍しい形態をとる関東鉄道常総線は、沿線の風景も広々とし、独特な雰囲気を持つ。ようやく雨が上がり、穏やかな陽気と沿線風景が戻ってきた。しかし、いくら待っても列車は来ない。

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寺原駅である。厳密にはここが実家からの最寄り駅になる。最寄りとはいっても徒歩1時間といったところか('A`) 2駅で取手に着いてしまうので、自家用車かバスを利用することになり、この駅で乗り降りした記憶はない。もっぱら、この駅が徒歩圏になる人たちのみが利用するのだろう。駅前広場はバスの操車場を兼ねており、盛んにバスが出入りするが、客扱いは行わない。同じ理由だと思われる。

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改札口にはシャッターが下ろされ、いまだ運休が続いていることを伝える掲示があった。ただ、この日から下妻〜下館間が再開し、毎時1本程度が運転されるようになった。

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運休当初、振替輸送のバスは既存の路線バスのみだったが、列車代行バスが取手〜守谷間に走り始めた。車体に「RG」の記号が付いているので、竜ヶ崎の車両だろう。この区間の常総線は毎時4本運転されているのだが、代行バスは2本。当然、かなりの混みようだった。
幸い、取手〜守谷間の代行バスは今日(15日)で終了、明日から列車の運行が再開される。とはいえ、本数は通常の半分だし、守谷〜水海道〜下妻間は今後も運休が続くことになる。取手と下館、両端はほぼ無事だった常総線だが、拠点の水海道がやられてしまったのがはなはだ痛い。

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前回もちらりと書いたが、寺原駅の上りホームには5連が留置されていた。写真だけ見ていると今にも動き出しそうだが、実際には当然エンジンもかかっていない。部分再開時は、これら、運休当時に被災区間にいなかった車両でやりくりするのだろう。

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TXの影響もあって、関東鉄道の経営は楽ではない。そこにこれである。私にできることなどたかが知れているが、支援も兼ねて取手駅で硬券入場券を2枚買った。27.9.14という日付は、大宝駅を含む下妻〜下館間が再開し、一方、取手口はまだ運休中で実際には入場できないという、そんな日なのだった。
常総線の一日も早い全線再開と、沿線の復興を願うばかりだ。(イノテツ)

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東日本豪雨と関東鉄道常総線(1.9月11日の取手駅)

北関東と東北に大きな被害をもたらした今回の豪雨。主原因となった台風18号そのものはいたってしょぼいものだったが、かねてより日本列島に居座っていた秋雨前線を思い切り刺激した。イヤな流れだなと漠然と思っていたが、現実に悲劇はもたらされた。
今回、最大の被災地となった茨城県常総市は、実家のあるつくばみらい市の隣だ。平成の大合併の前に上京した私にとっては、「常総市」より「水海道市と石下町」のほうが馴染みがある。ていうか、「常総市」はうちが名乗るはずだったのに水海道・石下組に奪われ、結果、世にも恥ずかしい市名にさせられた怨恨はいまだにある。市名反対運動にも参加したが実らなかったのは、私の人生の挫折の一つだ('A`)
だがまあこの際、そんなことは置いておこう。多くの死者・行方不明者が出たほか、家が流され、財産が失われている。ネットで見ていると、「田んぼばっかりだから被害が少なくてよかった」とか抜かしてる輩が多くて腹が立つ。農業なめてっぺ。刈り取り間近だった稲は、濁流をかぶって台無しだ。あるいはすでに刈り取ったものも、きっと多くが流されてしまっただろう。丹誠込めて育ててきたお百姓さんの落胆たるやいかばかりか。

堤防が切れた9月10日、つくばみらい市にも特別警報に加えて避難勧告が出ていた。今回、鬼怒川ばかりが話題に上るが、茨城県南には小貝川という兄弟分の川が並行しており、暴れ川っぷりはむしろこちらの方が上。実家はこの小貝川にほど近いのだ。心配で電話してみると、母は普通に出た。いや、逃げとけよ('A`) まあ結果として実家が被害を受けることはなかったのだが、今回の被災者の多くもまた、自分がその立場になるとは思っていなかったはずだ。報道されているよりも実際の浸水範囲は広い。うちの市内でも多くの人が避難生活を送っている。自分は大丈夫と思いたいのが人情だが、災害に際しては、チキンくらいがちょうどいい。
当日は私の誕生日だったが、親すら祝ってくれなかったのはいうまでもない('A`) ただ、静岡で警官をしている友人がメールをくれた。救助のために、静岡からも出動しているという内容だった。現状都民である私が言うと白々しいが、でもやっぱり有り難い。

翌日の夜、私は実家に帰るため、取手駅に下り立った。やはりまず、常総線ホームに目がいった。

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うわすげえ! 常総線新塗色の5連! 一見大手私鉄みたいくね?…などと一瞬心浮き立つのだが、ホームも列車も消灯されている。やはり動いていない。
取手〜水海道間各駅のホーム有効長は5両(ゆめみ野駅を除く)。私が地元にいた頃は、ラッシュ時に5両編成が走っていた。それが、過疎化やらTX開業やらで、いまや取手口にも単行の列車が来るようになった。特にこの新塗色になってからは、長くて2両。だからこれは、すごく珍しい図なのだ。おそらく、運休が決まってからも、上り列車がホーム有効長ギリギリまで走り続けたのだろう。私が見た限りでは、寺原駅上りホームにも5連が留置されていた。

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「報道されているよりも浸水範囲は広い」。こう直感したのはこの図を見たからだった。常総線はこのとき、全線の運休を余儀なくされていた。水海道駅、さらに車両基地が被害を受けていなければこうはならない。

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茨城の田舎故、振替輸送といっても手段が限られる。画像の図は一見親切そうに見えるが、取手から下館へ行きたければ友部を経由しろなどと鬼のようなことが書かれている。一方、男性が指差しているルートは、取手〜谷井田(つくばみらい旧市街)経由〜守谷行きという通常のバス路線。これは、TX開業に伴い、それまで谷田部(つくば旧市街)行きだったバスの大半を振り向けて新設した系統だ。こんな形で役に立つとは。

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で、私もこのバスに乗るのだった。しかし今回は振替輸送の乗客が多くて混んでおり、一本見送った。田舎のバスながら、1時間3本走っているからできることだ。こういう事情だとはいえ、ガキの頃から馴染んできたバスが盛況なのは、不謹慎ながら内心嬉しくもあった。私が地元にいた頃は、取手を出発するバスは、常にこのくらい混んでいるものだった。(イノテツ)

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なんと! JR東海キハ11がひたちなか海浜鉄道へ

先日、最古参のキハ222が運用を退き、今後はどうするんだろうと思っていたひたちなか海浜鉄道。個人的にはJR北海道のキハ40を入れてくれたらいいなあと思っていた。茨城交通時代から、北海道の中古を導入してきた歴史がある湊線なので、有り得ない話ではなさそうに思えた。キハ222も、羽幌炭礦鉄道から来た車両だった。
だが、今回導入したのはJR東海のキハ11形だった。しかも3両!
さて、「キハ11」という響きにそこはかとない懐かしさを感じる方もおられるかもしれない。鉄道博物館にあるあれか!? あれは確かに湊線から来た車両だ。しかし残念ながら、実際はこれだ。

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当たり前といえば当たり前だが、同名異形式だ。これは以前、お伊勢参りのときに伊勢市駅で撮ったもの。今回ひたちなかに来たのはこの車両ではないが、同形のキハ11形100番台である。いわゆる、典型的な昭和末期のデザインだ。そして、とても何かに似ている気がしないだろうか。

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そう、キハ3710形にそっくりなのだ。キハ11形とは、新潟鐵工所(現・新潟トランシス)製の軽気動車「NDC」シリーズの仲間であり、車体長も18m級と共通している。連結して動かすこともできるんだろう。
キハ3710との大きな違いは、乗務員室の扉がついていることと、セミクロスシートになっていること、要するに多少ごつめな造りになっていることだ。なるほど、ミキ300以上に湊線向きの中古をゲットできたといえるだろう。

図体がでかく加速が悪いキハ40は、駅間の短い三セク鉄道向けではないだろうなという気はしていた。しかしまあキハ11、鉄ヲタ的には渋みが足りず、正直がっかり('A`) 3両も入ったことで、在来の古キハの出番が減りそうなことも含めてだ。
おそらく車両形式も塗色も、JR東海時代のものを引き継ぐんだろうなと予想する。ただ、1両くらいは帯にあしらわれている湘南色を全面に使ってみてほしい。多分、気動車にして全面湘南色というのは例がないと思うが、意外と合うかもしれないよ、保証はしないけど |∀・) 私がデザインしたキハ3710の「曙光の大地」とも馴染むだろう。
新しい沿線風景を想像し、楽しみではある。(イノテツ)

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