きまぐれ 鉄道日和

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JR原宿駅舎の建て替えが決まったそうだが…

この週末は、しばらくぶりで何の予定も入らなかった。梅雨の晴れ間で行楽日和だし、どっかに出かけなければと思ったのだが、結局近場を歩き回るだけの土曜になってしまった('A`)
最も鬱がひどかった頃は布団をかぶって数日寝込んでいたのだから、これでもだいぶ良くなったのだが、自分のメンタルの弱さには情けなさを禁じえない。舛添都知事の無敵のメンタルを数億分の1でも分けてもらえれば人生変わっただろうな。
そんなことを思いつつほっつき歩いていると携帯電話が鳴った。出てみると、聞きなれない声が、聞き覚えのない社名を名乗った。勤め人時代の後輩が現在勤めている会社なのだった。そう、私の話に時々出てくる彼である。緊急連絡先が私なのだった。緊急連絡先にかかってくる電話なのだからろくな内容ではないことは瞬時に分かる。怪我でもしたか、あるいはまさかさせちゃったか…、そんな心配をしていたら違った。行方をくらませたのだという。
聞けば先日、最後に会ってから間もなくのことらしい。あのときは特に変わった様子もなかったのに、どうしたというのだろう。メールもSNSもやってない彼との連絡手段は電話と郵便だけだが、それがいずれも使えない以上、これを読んでくれることを願うしかない。
バックれるのは最悪だと、昔から言ってきたはずだよね。会社の人は怒ってるわけじゃないとおっしゃってたぞ(もちろん本当は怒ってるだろうけど)。せっかく苦労して積み上げ始めたものを、一瞬で崩すなんてもったいなさすぎる。少なくとも俺だったらできないことだわ。時を追うほど事態は悪化していく。とにかく早く会社に連絡してくれ。今なら、まだ会社は待ってくれてるから。

というわけで、せっかく良くなりかけたのにまた鬱が悪化してしまったので、日曜は引きこもることに決定_ノ乙(、ン、)_

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JR原宿駅である。1924(大正13)年建築で、木造駅舎としては都内最古だ。大正ロマンを現在に伝える瀟洒な駅舎で、東京駅を別格とすれば、山手線の駅の中で最も個性的で魅力のある建築だといえるだろう。この駅舎を新しいものに建て替える方針がJR東日本から発表されたのだが、完成予想図がリンク先の図である。
駅改良の工事計画について
またこういう何も考えてない画一的なデザインにするのかと、方々で反発の声が上がっている。どうやら、五輪が開催される四年後に間に合わせようとしているらしく、あまり凝ったことはしてらんねえというのが実際のところらしい。
だが、そうやって壮大に失敗した前例が、同じくJR東日本の長野駅である。有名だった仏閣風3代目駅舎を取り壊し、五輪に間に合せるべく4代目の橋上駅舎を建てたわけだが、そのあまりの素っ気なさに反発が起こり、結局再び建て直して昨年竣工したのが現在の5代目駅舎である。この轍を踏まないでほしいものだ。

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原宿駅臨時ホーム

現在の原宿駅は内外からの観光客が増え、現状の島式ホーム1面2線だけでは捌ききれない状況になってきている。表参道口、竹下口の両改札も手狭であり、混雑時にはしばしば入場制限がかかる。要するにパンク状態なのである。これが五輪開催時には洒落にならん事態に陥るであろうことは容易に想像できる。
だが幸い、原宿駅には年末年始のみ、明治神宮参拝者のために使われる臨時ホームがある。これを外回り電車用に常時使用することにし、現在の島式ホームは内回り電車専用になるとのことだ。実質対面ホームになってしまうのは少し不便だが、混雑の緩和は大きく寄与しそうだ。

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明治神宮境内にあり、普段は使われていない臨時口。現在は最低限の駅機能が備えられているだけだが、現駅舎はここに移築したらいいんじゃないかというのが私の提案である。
現在の表参道口駅舎は、もともと田舎の駅仕様であり(開業当時の地名は東京府豊多摩郡千駄ヶ谷村大字原宿)、ここまで利用者が増えることは想定されていなかった。なので、それをより大きなものに建て替えるのは時代の要請であり、やむをえまい。だが、そのためにこの価値ある建造物が取り壊されるのはもったいない。あの完成予想図通りになったとして、まだ「関東の駅100選」を名乗り続ける資格があるだろうか。

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これが現状の全体図。全くの目分量だが、スペースはありそうに見える。臨時口だから第一線からは退く形になるが、この場所なら「森の中の駅」になり、むしろ今よりいい雰囲気になるのではないだろうか。大都会らしからぬ佇まいの駅として、新たな名物になるに違いない。もしかして、我ながらいい考えぢゃねえかこれ♪
もちろん、明治神宮の了解が必要だろう。貴重な文化遺産の保存に一肌脱いでもらえないかなあと、勝手に思いをめぐらしたりしている。(イノテツ)
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東日本豪雨と関東鉄道常総線(2.9月14日の寺原駅)

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非電化複線という全国的に珍しい形態をとる関東鉄道常総線は、沿線の風景も広々とし、独特な雰囲気を持つ。ようやく雨が上がり、穏やかな陽気と沿線風景が戻ってきた。しかし、いくら待っても列車は来ない。

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寺原駅である。厳密にはここが実家からの最寄り駅になる。最寄りとはいっても徒歩1時間といったところか('A`) 2駅で取手に着いてしまうので、自家用車かバスを利用することになり、この駅で乗り降りした記憶はない。もっぱら、この駅が徒歩圏になる人たちのみが利用するのだろう。駅前広場はバスの操車場を兼ねており、盛んにバスが出入りするが、客扱いは行わない。同じ理由だと思われる。

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改札口にはシャッターが下ろされ、いまだ運休が続いていることを伝える掲示があった。ただ、この日から下妻〜下館間が再開し、毎時1本程度が運転されるようになった。

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運休当初、振替輸送のバスは既存の路線バスのみだったが、列車代行バスが取手〜守谷間に走り始めた。車体に「RG」の記号が付いているので、竜ヶ崎の車両だろう。この区間の常総線は毎時4本運転されているのだが、代行バスは2本。当然、かなりの混みようだった。
幸い、取手〜守谷間の代行バスは今日(15日)で終了、明日から列車の運行が再開される。とはいえ、本数は通常の半分だし、守谷〜水海道〜下妻間は今後も運休が続くことになる。取手と下館、両端はほぼ無事だった常総線だが、拠点の水海道がやられてしまったのがはなはだ痛い。

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前回もちらりと書いたが、寺原駅の上りホームには5連が留置されていた。写真だけ見ていると今にも動き出しそうだが、実際には当然エンジンもかかっていない。部分再開時は、これら、運休当時に被災区間にいなかった車両でやりくりするのだろう。

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TXの影響もあって、関東鉄道の経営は楽ではない。そこにこれである。私にできることなどたかが知れているが、支援も兼ねて取手駅で硬券入場券を2枚買った。27.9.14という日付は、大宝駅を含む下妻〜下館間が再開し、一方、取手口はまだ運休中で実際には入場できないという、そんな日なのだった。
常総線の一日も早い全線再開と、沿線の復興を願うばかりだ。(イノテツ)

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東日本豪雨と関東鉄道常総線(1.9月11日の取手駅)

北関東と東北に大きな被害をもたらした今回の豪雨。主原因となった台風18号そのものはいたってしょぼいものだったが、かねてより日本列島に居座っていた秋雨前線を思い切り刺激した。イヤな流れだなと漠然と思っていたが、現実に悲劇はもたらされた。
今回、最大の被災地となった茨城県常総市は、実家のあるつくばみらい市の隣だ。平成の大合併の前に上京した私にとっては、「常総市」より「水海道市と石下町」のほうが馴染みがある。ていうか、「常総市」はうちが名乗るはずだったのに水海道・石下組に奪われ、結果、世にも恥ずかしい市名にさせられた怨恨はいまだにある。市名反対運動にも参加したが実らなかったのは、私の人生の挫折の一つだ('A`)
だがまあこの際、そんなことは置いておこう。多くの死者・行方不明者が出たほか、家が流され、財産が失われている。ネットで見ていると、「田んぼばっかりだから被害が少なくてよかった」とか抜かしてる輩が多くて腹が立つ。農業なめてっぺ。刈り取り間近だった稲は、濁流をかぶって台無しだ。あるいはすでに刈り取ったものも、きっと多くが流されてしまっただろう。丹誠込めて育ててきたお百姓さんの落胆たるやいかばかりか。

堤防が切れた9月10日、つくばみらい市にも特別警報に加えて避難勧告が出ていた。今回、鬼怒川ばかりが話題に上るが、茨城県南には小貝川という兄弟分の川が並行しており、暴れ川っぷりはむしろこちらの方が上。実家はこの小貝川にほど近いのだ。心配で電話してみると、母は普通に出た。いや、逃げとけよ('A`) まあ結果として実家が被害を受けることはなかったのだが、今回の被災者の多くもまた、自分がその立場になるとは思っていなかったはずだ。報道されているよりも実際の浸水範囲は広い。うちの市内でも多くの人が避難生活を送っている。自分は大丈夫と思いたいのが人情だが、災害に際しては、チキンくらいがちょうどいい。
当日は私の誕生日だったが、親すら祝ってくれなかったのはいうまでもない('A`) ただ、静岡で警官をしている友人がメールをくれた。救助のために、静岡からも出動しているという内容だった。現状都民である私が言うと白々しいが、でもやっぱり有り難い。

翌日の夜、私は実家に帰るため、取手駅に下り立った。やはりまず、常総線ホームに目がいった。

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うわすげえ! 常総線新塗色の5連! 一見大手私鉄みたいくね?…などと一瞬心浮き立つのだが、ホームも列車も消灯されている。やはり動いていない。
取手〜水海道間各駅のホーム有効長は5両(ゆめみ野駅を除く)。私が地元にいた頃は、ラッシュ時に5両編成が走っていた。それが、過疎化やらTX開業やらで、いまや取手口にも単行の列車が来るようになった。特にこの新塗色になってからは、長くて2両。だからこれは、すごく珍しい図なのだ。おそらく、運休が決まってからも、上り列車がホーム有効長ギリギリまで走り続けたのだろう。私が見た限りでは、寺原駅上りホームにも5連が留置されていた。

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「報道されているよりも浸水範囲は広い」。こう直感したのはこの図を見たからだった。常総線はこのとき、全線の運休を余儀なくされていた。水海道駅、さらに車両基地が被害を受けていなければこうはならない。

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茨城の田舎故、振替輸送といっても手段が限られる。画像の図は一見親切そうに見えるが、取手から下館へ行きたければ友部を経由しろなどと鬼のようなことが書かれている。一方、男性が指差しているルートは、取手〜谷井田(つくばみらい旧市街)経由〜守谷行きという通常のバス路線。これは、TX開業に伴い、それまで谷田部(つくば旧市街)行きだったバスの大半を振り向けて新設した系統だ。こんな形で役に立つとは。

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で、私もこのバスに乗るのだった。しかし今回は振替輸送の乗客が多くて混んでおり、一本見送った。田舎のバスながら、1時間3本走っているからできることだ。こういう事情だとはいえ、ガキの頃から馴染んできたバスが盛況なのは、不謹慎ながら内心嬉しくもあった。私が地元にいた頃は、取手を出発するバスは、常にこのくらい混んでいるものだった。(イノテツ)

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なんと! JR東海キハ11がひたちなか海浜鉄道へ

先日、最古参のキハ222が運用を退き、今後はどうするんだろうと思っていたひたちなか海浜鉄道。個人的にはJR北海道のキハ40を入れてくれたらいいなあと思っていた。茨城交通時代から、北海道の中古を導入してきた歴史がある湊線なので、有り得ない話ではなさそうに思えた。キハ222も、羽幌炭礦鉄道から来た車両だった。
だが、今回導入したのはJR東海のキハ11形だった。しかも3両!
さて、「キハ11」という響きにそこはかとない懐かしさを感じる方もおられるかもしれない。鉄道博物館にあるあれか!? あれは確かに湊線から来た車両だ。しかし残念ながら、実際はこれだ。

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当たり前といえば当たり前だが、同名異形式だ。これは以前、お伊勢参りのときに伊勢市駅で撮ったもの。今回ひたちなかに来たのはこの車両ではないが、同形のキハ11形100番台である。いわゆる、典型的な昭和末期のデザインだ。そして、とても何かに似ている気がしないだろうか。

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そう、キハ3710形にそっくりなのだ。キハ11形とは、新潟鐵工所(現・新潟トランシス)製の軽気動車「NDC」シリーズの仲間であり、車体長も18m級と共通している。連結して動かすこともできるんだろう。
キハ3710との大きな違いは、乗務員室の扉がついていることと、セミクロスシートになっていること、要するに多少ごつめな造りになっていることだ。なるほど、ミキ300以上に湊線向きの中古をゲットできたといえるだろう。

図体がでかく加速が悪いキハ40は、駅間の短い三セク鉄道向けではないだろうなという気はしていた。しかしまあキハ11、鉄ヲタ的には渋みが足りず、正直がっかり('A`) 3両も入ったことで、在来の古キハの出番が減りそうなことも含めてだ。
おそらく車両形式も塗色も、JR東海時代のものを引き継ぐんだろうなと予想する。ただ、1両くらいは帯にあしらわれている湘南色を全面に使ってみてほしい。多分、気動車にして全面湘南色というのは例がないと思うが、意外と合うかもしれないよ、保証はしないけど |∀・) 私がデザインしたキハ3710の「曙光の大地」とも馴染むだろう。
新しい沿線風景を想像し、楽しみではある。(イノテツ)

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「上野東京ライン」、JR東日本から概要発表

上野東京ラインについて、JR東日本から概要が発表されましたね。
「上野東京ライン」開業により、南北の大動脈が動き出します

実家の最寄りが常磐線取手駅であり、関係が深いので特に関心を持って見ていた。
東海道線と相互直通するのは東北線と高崎線だけで、常磐線は品川止まりの片乗り入れになる模様。これに関連して、常磐線のデッドセクションを通過できるE531系が1編成だけ新造されている。直通の規模もその範囲にとどまるであろうことは想像がついたのだが、実際の報道に接するとちょっと残念だ。E531系や、E231系0番台といった、東海道線とは異質な車両を品川の先まで走らせたくなかったのだろう。
一方JRでは、羽田空港へ直通する新線を計画しており、常磐線の品川止まりはそれへの布石ではないかともいわれている。そうすると、取手から乗り換えなしで羽田へ行けるようになる。それは置いといても、直通列車は当然東京駅に停まるので、新幹線への乗り換えがぐっと楽になる。旅行へ行くにも乗り換えがしんどいと言っていた実家の母も、これなら重い腰を上げるかもしれない。

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上野東京ラインの真新しい線路(秋葉原)。試運転列車が走る様子も稀ではなくなってきた。

またこれまで、スーパーひたち・フレッシュひたちの2種であった常磐線特急の愛称は、それぞれ「ひたち」「ときわ」に改められる。これらはいずれも復活であり、特にときわの復活はちょうど30年ぶりとなる。もとよりスーパーだのフレッシュだのと横文字が長くてうざかったので歓迎したい。できればときわは30年前同様、急行に格下げして、料金を安くしてくれればなお良かったが、そこまでは甘くなかった('A`)

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上野駅を発着した列車の多くが過去帳入りしていった。

昼間のひたち・ときわは全て品川発着となるため、上野駅の地位が一層低下することになる。北海道新幹線が開業し、北斗星とカシオペアが廃止されると、「北への玄関口」という肩書きはほぼ払拭されてしまう。旅情をかき立てるあの地平ホームが閑散としてしまうのは、耐えがたく寂しいことだ。その辺がどうなるのかはまだ分からないが、私が某巨大掲示板に書き込んだ予想レスを引用してみる。

>382 名前:名無しさん@0新周年@転載は禁止 sage 投稿日:2014/10/31(金) 20:53:40.18 ID:LQpb3/Mz0
>>>379
>どうだろうね、上野駅での乗り換えの必然性が薄れる今後は、
>バリアフリーの観点から地平ホームを活用するようになるかもな。
>上野駅が目的地の人が多くて、特急が来ない昼間は特にそう。

>でなければ、ブルトレの客車とか置いて、
>博物館ぽくしちゃえば面白いと思うんだけどな。

上野発着で残る普通列車が地平ホームへ移るのではないかと予想してみた。広小路口直結の利便性を活かさない手はない。博物館説は、今後、東京総合車両センター(田町)の機能が尾久車両センターに移されると、客車の置き場に困るんではなかろうかという、素朴な発想による。16・17番線ホームあたりに機関車も連結して置いといたら見栄えがするだろうなという妄想だ。ときには実際に営業運転もするとかならなおいいよね。

ていうか、この話はいつもの冒頭の余計な話でとどめておこうと思ったのに、思いのほか長くなっちゃいました。なので、今日の本来のネタは、また改めてということにします。特に急ぐようなネタでもないので |∀・) (イノテツ)

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