きまぐれ 鉄道日和

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多難な年が暮れていく

福島県某所のネカフェにいる。ゲームセンターとカラオケボックスが隣接していて非常にやかましい。このレイアウトはどうにかならなかったのか('A`)
この年末は東北に来たいと思っていた。中でも福島には少なくとも一泊しようと思っていた。よそ者が訪れて、少しでも景気づけをしなければ。今年は、そういう年だ。でもここはすごく活気があり、拍子抜けするほどだ。まああれだ、先日も書いたけど、辛気臭い顔してるのも疲れるわけだし、元気なのはいいことじゃないかなと思ったりしている。

そんなことで、昨年同様、無関係な写真をはさみながら、今年のことを振り返ってみたい。

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個人的にもきつい年だった。何しろ仕事が減った。不運が重なった。フリーになって12年、お蔭様でヒマを感じたことはほとんどなかったが、今年は、開業当初くらいにヒマだった。
ヒマゆえに金もなく、震災の日も都電沿線を散歩していて、その瞬間を荒川車庫で迎えた。引退を間近に控えた7500形が目の前で大きく揺れていた。それを撮影した動画は、つべで60万を超えるヒットとなり、テレビ局からもいくつも問い合わせがきて、放映された。それだけ衝撃的な映像だったわけだが、誤解のないように言っておくと、この件に関して、私は一銭ももらっていない。実はつべからの案内もあり、広告が付くように手続きしたのだが、いまだになしのつぶてだ('A`) 撮影時点では、このような大震災になるとは露ほども思っていなかった。だとしても、今回の悲劇をネタにして金を得るのも心苦しい。一銭ももらってないと豪語できるほうがむしろ良かったと今は思う。

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震災では未曾有の悲劇と被害が生じた。鉄道もそうだ。個人的に馴染み深いJR常磐線とひたちなか海浜鉄道湊線の被災に関してはいても立ってもいられず、何度も通うことになった。湊線が再開したときには泣けた。今、書いている年賀状には写真違いで3種類のデザインを用意したが、いずれも再開後の湊線だ。
一方の常磐線は、原発事故の被害もあり、北線と南線に分断されてしまった。こちらの再開は、当面絶望だろう。
津波に流された町というのを初めて目の当たりにしたのは久ノ浜でだった。清掃作業をすればするほど、汗が流れれば流れるほど、己の小ささ、無力を思い知らされた。本当に恐ろしいことが起こってしまったのだ。

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震災以降、さらにヒマになり、開店休業状態の日もあったが、もうこの際腹を決めて、技術を磨くための勉強をすることにした。考えてみればずっと多忙で、荒い仕事をすることもあった。ネタも技術も焼き直しばかりではいかん。赤字上等、今年手がけた仕事は、もれなく工夫を凝らし、できる限り丁寧に進めた。ヒマだからこそ、こういうことができた。
そもそも昨年、俯瞰の本を書く過程で無理を重ねたために体を壊していた。もしかしたら今年は神様の計らいで、療養と勉強に充てる年だったのかもしれない。今年の仕事は少ないながらも、どれも納得のいく仕上がりで、そういう意味では実りのある年だった。経済的には本気でやばいわけだが('A`)

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当たり前であったものが崩壊した年、それが2011年という年だったのかな。例えば食料やライフライン、仕事や、自分を助けてくれる人たち。そういう存在をこれまで以上に大切に思えるようになった。大げさに言えば価値観が変わった。変えざるを得ない出来事が、立て続けに起きた。人間、辛い思いをしないと成長できないものなのかもしれないね。
そうはいっても、新年は安穏であってほしい。これまでの延長線に未来がないことは充分予感できる。方向転換をするのが新年だ。多くの抵抗があるだろうが、抵抗すればするほど犠牲が増える。みんなで助け合い、生きていける世の中が、早く実現すればいいと願う。

良いお年をお迎えください。(イノテツ)
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| 都電・路面電車 | 03:21 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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