きまぐれ 鉄道日和

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父の遺影を抱いてスカイツリーへ

早いもので、父が亡くなって1年、いわゆる一周忌を迎えた。うちは自由葬だったし、暑い中、親類にご足労願うのも申し訳ないので法事は行わず、母と二人で墓に参り、読経も私自身が行った。

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つくば市にある墓から、実家の最寄りであるつくばエクスプレス(TX)のみらい平駅に移動、母と一緒に上り区間快速に乗った。この区間はセミクロス連結のTX2000系しか来ないので、難なくボックス席に案内できた。
開業から8年、母がTXに乗るのは初めてのことだった。実際、みらい平地区以外の住民とは関わりが薄く、この駅までのバス便も1日3本しかないことは以前も書いた。駅所在地の地名は先月変更されたばかりで、「つくばみらい市陽光台一丁目」とかいわれても、もう私には何の愛着もない。

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母が驚いていたのは思いのほか乗客が多く盛況であること、電車がやたら飛ばすこと、そして何より、わずか30分余で浅草に着いてしまったことだった。

父が亡くなって以来、母が茨城県の外に出るのは初めてだった。1年の喪に服すという意味で、私も一切の観光旅行を控えてきたが、実は体調の悪さが最大の理由だったのも共通項といえる('A`) まず浅草寺にお参りし、それから徒歩でスカイツリーに向かった。
これも以前書いたが、生前の父はスカイツリーの完成と、展望台に登ることを楽しみにしていた。無情にも癌に倒れそれは叶わなかったわけだが、一周忌を迎えて、母とともに遺影を持って代わりに登ろうと、以前から話していたのだった。そもそも母も私も展望台にはてんで興味がなく、父のことなくして登る機会はなかっただろう。

整理券を配られ、館内に案内されると、チケットを買うまでにうねうねと続く長い行列に並ぶのだった。私は短気で行列が苦手なので、ここで相当うんざりした。30分待ちくらい。これでも、開業当初よりは大分すいたんだろうと思う。
チケットを買い、エレベーターに乗ると、すごい勢いで登っていくのだった。残念なことに外は全く見えない。天望デッキまで所要時間1分弱。ドアが開くと海抜350mの別世界だ。

「うわあ! 霞んでる!」。
浅草に着いた頃はいい天気だったのに、行列の待ち時間の間に一気に雲が増えたのだった。茨城はどっちだろう…母と捜すものの、目印になる筑波山はおろか、新宿の高層ビル群すら霞んでよく見えないのだった。まあ要はがっかりしたということだ('A`) 他の入場者たちの表情にも落胆の色が濃く、別料金の天望回廊(450m)まで登ろうという人は少なかった。遺影の父も、これでは残念だったな。

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こんなときは遠くへの眺めはさっさと諦め、眼下の狭い範囲をを俯瞰するに限る。つまり、鉄道俯瞰撮影である。ここから主に見えるのは東武スカイツリーライン(伊勢崎線)と京成押上線だ。写真では青いスペーシアが見える。

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これは曳舟付近。走っている電車は京成押上線。後で調べると、ほぼこの眺めの延長線上に筑波山があるようだ。晴れた日に、その様子を見てみたいと、密かに思い始めている自分がいた。

記念に撮った母の写真は、疲れがもろに顔に出ていた。大事な写真なのに我ながらひどい、修正できないかと言われたが、この虚ろな目つきばかりはどうにもなるまい('A`)
夜、楽しみにしているテレビドラマがあるというので食事もしないでTXに乗り込み、さっさと帰るのだった。帰宅して開口一番「やっぱりうちが一番落ち着くわ」。この出不精は、おそらく生涯変わらないだろう。
結局、1万歩ばかり歩いてしまった。母にとっては相当負担だったようで、翌日には筋肉痛で足腰にベタベタ湿布を貼る有様となったが、TXの便利さを体感したことで、また東京へ出かけてみたいと思えるようになったらしい。一周忌を過ぎ、遺った家族の心に明るさが戻ってくることを、あの世の父が最も望んでいるだろう。(イノテツ)
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| スカイツリーの見える風景 | 03:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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