きまぐれ 鉄道日和

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被災の仙石線を歩く(2.バス代行区間)

友人の妹さんが亡くなった。まだ35歳だった。
友人から素材が送られてきて、遺影を作ってくれと頼まれた。こういうのは、葬儀社に頼むと喪服を合成し、顔を修正したりして仕上げてくれる。だが、その工程がテキトーだと、ひどい場合故人じゃない人になってしまう。私の祖父の葬式のときがそうだった。とにかく祖母が嘆いていた。そしてその祖母も、二ヶ月後に後を追うように亡くなった。
妹思いの兄貴なので、そういう事態を避けたかったのだろう。私も、生前の彼女とは親しくさせてもらっていた。そういう思い入れを遺影に込めることは、葬儀社には不可能だ。もともと美人だったので顔の修正は一切せず、引き立てる形で仕上げた。喪服の合成とかもせず、ドレス姿のままだ。
遺影を届けに病院の霊安室へ行くと、額縁の色の話になった。通常は自動的に黒なわけだが、故人が好きだったということで白にしようという話になり、葬儀社に頼んだ。
こんなことが可能だったのも、キリスト教式の葬式だからだろう。友人とは大学時代からの付き合いで、お互い仏教学士なのだが、あえてキリスト教式を選んだという。参列してみたら、実際いい葬式だった。ぶっちゃけ言わせてもらえば、お坊さんのわけ分からん読経よりも、参列者みんなで歌う讃美歌の方が、故人の霊に届くんじゃないか。宗教には形式よりも魂が必要だと、最近は特に強く思う。

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仙石線気動車区間の終点・矢本である。駅名標にある通り、航空自衛隊松島基地の最寄り駅だ。津波に流された戦闘機の映像は生々しく記憶に残っている。また、隣駅・鹿妻の表示が隠されている。ここから高城町までは不通になっており、代行バスが運行されている。

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矢本方から鹿妻方向を眺めている。陸前小野までの再開に向け、復旧工事が進んでいる。奥に見える車両は工事車両の通称マルタイ。レールは錆びたままだが、開業前の新線といった風情だ。おそらく、作業的には復旧というより新線建設に近かったのだろう。

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線路は国道45号に並行している。道路標識は、ここが被災地の最前線であることを示している。

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代行バス(右)とバス停

代行バスに乗って東名で下車、野蒜まで戻るように歩いていく。震災による不通区間が残る鉄道のうち、幹線は常磐線と、ここ仙石線だけとなった。幹線の復旧が優先されるはずで、それだけ被害が甚大ということだ。

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東名駅の現状はこうだ。線路も、周囲の建物もなくなってしまった。瓦礫の撤去が進み、更地状態になっている。なんか、不自然なところに舟が流れ着いている。奥に見えるのは東名運河、そして松島湾。同じ湾岸であっても、小島群に守られた松島と、そうでなかった奥松島は大きく明暗を分けてしまった。

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再建されたと分かるのは電柱のみ、人影も稀だ。営業している店舗はなく、自販機だけが稼働していた。ここで缶コーヒーを購入。何しろ寒い。

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野蒜駅に歩き着いた。快速が止まる主要駅だった。

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架線柱は倒れ、線路は砂に埋もれたままだ。あれから10ヶ月も経ったというのに、廃墟は無惨な姿を晒し続けていた。

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駅舎は立派な建物で倒壊は逃れていた。「現地点での復旧を」と掲示されていたが、この区間は、駅も含めて移転する方向らしい。これだけのことが起きてしまった以上、仕方がないのかもしれない。
再び代行バスに乗り、松島海岸駅を目指した。(つづく・イノテツ)
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| 東日本大震災関連 | 17:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

宗教には形式よりも魂が必要だというのは、私もそう思います。
仏教の葬儀は、どちらかというと、人をあの世に送るための儀式という感じがして、こういってはなんですが、単なる手続きという気がしないでもありません。
それに対してキリスト教式の葬儀は、魂の安らかさを祈るという感じがします。
以前出席したことのある天理教式の葬儀も、「魂送り・魂鎮めの儀」と言っていました。
私も、そのご友人の妹さんの魂の安らかであれかしとお祈りさせていただきます。
それにしても写真を見ていると、思わず「ああ」という嘆息が漏れてしまいます。

| タラ坊 | 2012/01/18 17:29 | URL |

タラ坊さん

彼女の病気の回復を日々祈り続けていました。それでも、瞼の裏に浮かぶその顔が次第に暗くなっていくのを感じ、それを友人に言うと「その通りだ」と。あれが昨年末でしたが、それにしてもあまりに早すぎました。
震災に続き、身近な人が亡くなったことで、また自分の無力っぷりを思い知らされました。ああすれば良かった、しなければ良かったと、友人と二人で飲んだくれました。せっかく最近は酒が減ってきていたのに、ここ数日は、挽回してあまりあるほどの酒浸りです・゚・(つД`)・゚・

震災のことが被災地以外では風化していく一方です。それはあってはならないことと思い、大変重苦しいネタではあるものの、うpさせていただきました。

宗教とは、こんなときのためにあるべきものです。目に見えないものにすがることで、心の安らぎを求め、生きる力にすべきものです。「葬式仏教」ではそれが失われています。なんかもう胡散臭くて、仏教大学を出た私自身、参拝するのはもっぱら神社です。このままでは、これからの時代、日本の仏教は淘汰されてしまうでしょう。悲しいことです。

| イノテツ | 2012/01/19 00:30 | URL |















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