きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

追憶・岩泉線(1.平成8年3月)

ついにJR東日本から、岩泉線廃止の意向が発表された。
とっくに鉄道としての役目を終えていた超ローカル線だが、並行道路が未整備という理由で存続してきた。だが、結局は自然災害による運休、そのまま廃止という、ローカル線にありがちな道を辿ることになった。
岩泉線の運休は震災とは関係ないが、周辺の各線がBRTという名の廃止の動きの中にあり、どさくさに紛れることができる。JRにしてみれば「チャンス」だったのではとも囁かれている。

岩泉線の魅力は、人影の稀な山間の沿線風景と、そこを力走するキハ52にあった。キハが国鉄色に戻されてからはむしろ足が遠のいたが、それ以前に2回ここを訪れた。この機会に追憶してみたい。
なお、フィルムの保存の仕方がまずかったのか、実際の年代以上の古写真っぷりだが、ご了承ください。こりゃ、フィルムスキャンを急いだ方がいいな('A`)

iwaizumi96-01.jpg

岩泉線は、山田線の茂市から分岐して岩泉に至る38.4kmの盲腸線である。三陸鉄道の小本までつながる計画があり、当初は小本線と呼ばれていた。茂市の駅舎は現在でもこの渋さを保っているが、国鉄時代の駅名看板が残っていた当時の方が、やはり味わいがあった。

iwaizumi96-02.jpg

岩泉線の列車が入線してきた。超ローカル線ながら、1番線を使用する。写真右下に0キロポスト、左に「浅内 岩泉 龍泉洞方面」の標識が見える。龍泉洞は地底湖の美しい名勝で、岩泉駅からバスに乗り換える。

iwaizumi96-03.jpg

全線を通す列車は1日3往復。途中下車には相当の根性が要るが、幸い、途中の岩手和井内駅までの区間運転が1往復あり、これを利用することで、意外と気楽に途中下車ができるのだった。

iwaizumi96-04.jpg

当時は撮り鉄に手を染めておらず、自分が入った記念写真が殆どだった。また私には鉄道以外にフォークソングという重要な趣味があり、この頃は、旅行にもギターを欠かさず持ち歩いていた。鉄道を背景にギターを弾いている写真が実に多い。今にしてみるとうざい限りだ('A`)
岩手和井内のこの駅舎は後年撤去されたので、今にしてみれば貴重な写真で、それだけにもっと真面目に撮っておけばと悔やまれる。

iwaizumi96-06.jpg

終点・岩泉。先述の通り小本へ延伸する計画だったので、構造は途中駅である。立派な駅舎を構えているのだが、列車は1日3回しか来ない…いや、来なかった、という方が正確なのか。
破滅的なダイヤ故、ふらりと立ち寄れるようなところではない。それだけにローカル線が好きな私は、この線がすぐに好きになった。岩泉から返す列車は宮古まで直通した。高校生の乗車で、それなりに賑わっていたのを覚えている。(イノテツ)
スポンサーサイト

| 廃線、廃駅…時間旅行 | 20:10 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

岩泉線、やはり、廃止ですか。
一度乗りに行きたいと思いながら、とうとう行けずじまいになってしまいました。
私も鉄道で旅をするのが好きなので、写真は「せっかくなので」的なところがあります。
ああ、ギター。昔、ユースなどに泊まると、よくそういう人がいて、「旅人よ」だとか「岬めぐり」など唄っていた光景が思い出されます。
たいていヒゲ面で、いかにも「旅情派」という感じの人が多かったように思います。
なんだか、急に旅に出たくなってしまいましたが、アホキさんはさっさと、また旅に出てしまいましたね。

| タラ坊 | 2012/04/07 18:36 | URL |

タラ坊さん

予想通り、3月末に発表されました。JRとしては存続できないという意向ですから、三陸鉄道なり、IGRいわて銀河鉄道なりの三セクが引き取るくらいしか、存続する方法はないでしょう。ただ、被災地である岩手県に、そんな余裕はなさそうです。
思い出深いのは、襟裳岬で歌った「襟裳岬」ですね。歌碑があるので、コードさえ覚えていれば弾き語れるのです。「熱いですねえ」と言われました。実際には初春で風も強く、思い切り寒かったですが('A`)

| イノテツ | 2012/04/07 20:48 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://tetsudo.blog114.fc2.com/tb.php/1166-9be770b1

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT