きまぐれ 鉄道日和

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色のない夏

しばらく振りで撮影に出てみた。いつの間にか随分季節は進んでいた。沿線の花の様子も、記憶とはかなり違っていた。常に人の手が入っているからだろう。

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タラ坊さんから発表していただいたように、父が、7月29日0時40分、肝内胆管癌のために亡くなった。70歳だった。
入院し、癌が発覚したとき、腫瘍マーカー(CA19-9)は38300(正常の1000倍以上)を示し、すでに手遅れの状態だった。肝内胆管癌は肝臓癌の一種だが、肝硬変が原因ではない珍しいタイプだ。末期になるまで症状もない。毎年の健康診断も欠かさなかったが、ゆっくり進行する病巣が発見されることはなかった。無念である。
骨転移により、起き上がることすらできないままの壮絶な闘病生活は約50日。過ぎてしまえばあっけない幕切れだったが、崖から滑落するように容態が悪化していく日々は、まさに地獄だった。

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葬儀は故人の遺志を尊重して自由葬とした。焼香と合掌・礼拝はするが、僧侶を呼ばず、お経を読まない。その代わりに、故人の好きだった音楽を生演奏してもらったり、縁のあった人たちに話をしてもらったりした。
もちろん、宗教性を排除したのではない。某T大学仏教学部卒の私がそんなことをするわけがない。より純粋な形で父の魂を送る方法は何かと、母と熟考した結果だ。まあ当然、しきたりを重んじる親類の一部からは、激しい反発があったわけだが知ったことではない |∀・) こういうのを乗り越えないと、グダグダの式になってしまうという危機感は当然あった。だが結局は心がこもっていていい葬儀だったと、多くの人に言ってもらえた。母も私もそう思えた。

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一方で、お盆進行が例年以上の盛り上がりっぷりだった。父の余命が幾ばくもなくなっても、それを隠して仕事を続けていたが、結局は迷惑をかけることになってしまった。そんなことで、今も東京にいる('A`) とはいえ、少しでも実家に帰らないと。母が一人で待っている。

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お盆の都電沿線は人影も少なく、くそ暑いばかりで生気に欠ける。見える景色はどうしても虚ろだ。母は、これを「景色に色が見えない」と表現する。今年の夏には色がない、見えているけど感じない、そんなふうに過ぎていくのだろうか。

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そんな私を励ますかのように、一番派手な黄色いやつ(8810)が通り過ぎていく。1両しかないのに、沿線に出る度に見る気がする。その都市伝説はかなり胡散臭いとはいえ、幸せを運んでくれるという8810の噂にのせられてみようかと思ったりしている。(イノテツ)
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| 都電・路面電車 | 13:16 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

いくら葬儀不要、戒名不要と言っていても、いざその時になると、親戚の手前、そういうわけにもいかないと、普通のお葬式を挙げてしまう例が多いようですね。
もっとも、葬儀需要がないとお寺は経営上成り立っていかないという側面もありますので難しいところです。
母の時も、年若い娘を1人残して逝った兄の時も、あまりお金がなかったので最低限のことしかしてあげられませんでしたが、それでも無事に見送ることができ、幾人かの人から「いいお葬式だった」と言ってもらえたことで救われました。
なんにしても、お疲れ様でした。

| タラ坊 | 2012/08/15 09:04 | URL |

タラ坊さん

理想の葬儀への思いがあったとしても、現実にはなかなかそうはさせてもらえないものです。今回の場合も、相当な覚悟が必要でした。失うものも大変多かったのですが、悔いはありません。重い話なのでここでは伏せておきます。
某T大学卒の私が言うのもあれですが、葬式仏教は、淘汰されていくべき商売に思えます。正しい仏教の形ではないからです。これからの時代の宗教、仏教の姿は、よりシンプルで、魂にダイレクトに訴えてくる形になることを望みたいです。

| イノテツ | 2012/08/17 00:21 | URL |















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