きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

初詣・板橋不動尊〜つくばエクスプレス沿線の名刹

新年ですが、喪中なのでお祝いの言葉は申せません。本年も、よろしくお願い申し上げます。
新年最初の仕事は、墓石に刻むデザインだ。父は長男なのだが、まあいろいろあって、故郷・松山にある墓には納骨せず、新たに墓を建てることにした。母は僧侶の娘、私も名門T大学卒の仏教学士だが、父の葬式は自由葬だし、また公園墓地を選んだので、ある程度自由なデザインが許される。だいたい、「先祖代々之墓」とか刻んだところで、どうせ俺で断絶だしな('A`)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな状況ながら、初詣には行ってきた。初詣というと、実家近くのお不動様と、東京の氏神様の2カ所にお参りするのが常だ。今日は氏神様の方だった。おみくじを引き、例によって鬱になりつつ結んでいる背後で、「やったー大吉だ!」という若い女の大きな声がした。ああそれはよかったですねと思っていたら、さらにこう続けた。「他の人は凶だろざまーみろ♪」。ああこいつ、確実に大吉取り消しだわ。

さて、今回メインの話にしたいのは、「実家近くのお不動様」の方。大きい寺だが、清安山願成寺不動院という正式名はほとんど知られていない。「板橋のお不動さん」と呼び親しまれているという解説をよく見るが、そんな風に呼ばれているのを聞いたこともない |∀・) 地元では、もっぱら「板橋不動尊」と呼んでいる。大同3(808)年、弘法大師空海による開基と伝えられる古刹で、関東三大不動尊の一つだとか、北関東三十六不動尊霊場のトリだとかで意外とメジャー。子供の頃は近所の寺くらいの認識だったが、そういえば近隣に、ここまで大きい寺は他にないのだった。

DSC_4216_20130104230645.jpg

村には長らく鉄道も国道もなく、メインストリートはこの県道だった。県道沿いに2つの旧市街があり、こちら、板橋の旧市街の方が歴史がある。現在ではすっかり寂れたが、初詣の時期には、渋滞が起こるほどの賑わいを取り戻す。県道沿いに伽藍が現れるこの景色は、地元民ならずとも胸躍る渋さだ。

DSC_4269.jpg

母は体が弱く外出を好まないので、初詣にはいつも、父と二人でここに参っていた。世間では全く顧みられることはないが、この辺りも家の屋根が崩れたり塀が倒壊したり、あるいは地盤沈下もあったりという震災の被災地だ。そんなことを話しながら、不動尊への坂道を上っていったことが思い出される。今年は一人だ。

DSC_4290.jpg

参拝の後、引き続いてつくばエクスプレスの撮影に移るのだった。本来、沿線の徘徊は徒歩でするものというのが持論なのだが、地元の強みということで、今回は原付を使用している。使ってみると便利だわ実際 |∀・)
ここ、みらい平駅は不動尊の最寄り駅になるのだが、歩くには20分以上かかるだろう。道は分かりにくいし、バスは1日3往復。どうも周辺と隔絶されている印象がある。村がつくばみらい市とかいう恥ずかしい名前になったのも、この駅名のせいだ。待望の鉄道だったが、旧住民には何の利益ももたらさなかった。

DSC_4297.jpg

実際、母はいまだに乗ったことがないし、父も生前「本線(常磐線のこと)の方がいい」と言っていた。いや、本線は東北線のことで、常磐線は支線なのだがなどということを言ったところで、通じるのは鉄ヲタだけだろう('A`)

DSC_4312.jpg

村で一番高い建物は学校の校舎だった。2階建ての雑居ビルが実在するって知ってますか。3階建てになるとビューハイツ。いや、本当に眺めがいいんだもん。そんな村にでかいマンションが建ち、かっこいい電車が走るようになったことは、実益はなくとも嬉しいことではある。人口も4万7千人まで増えた。5万人に達すれば、堂々と市を名乗れるじゃないか。

DSC_4308.jpg

建築中のスカイツリーを逐一撮影し、完成したそこに登ることを楽しみにしていた父だったが、その望みが叶うことはなかった。フィーバーが落ち着いたところで、遺影を持って登りたいと思っている。その際には、母もTXを利用することになるだろう。この写真は、みらい平〜守谷間で撮ったもの。私が知る限り、最も遠くから見るスカイツリーである。(イノテツ)

スポンサーサイト

| 沿線散歩 | 01:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

板橋不動尊、大同3年、空海の開創になるお寺とか。1200年以上の歴史のあるお不動さんなのですね。
大同3年で、以前、谷有二さんが「大同3年の謎」というのを書いていたのを思い出しました。
動画で真言宗豊山派だというのを知りましたが、我が家の先祖代々の墓のあるお寺も真言宗豊山派です。
私は長男ではないのでそのお墓には入れませんから、別にお墓をつくらなければなりませんが、合同の永代供養墓でいいなと思います。生前から申し込めるということなので、今のうちにどこか安いところを押さえておこうと思っています。
でも、もし、自分個人のお墓がつくれるんだったら、そこには「風」の1文字だけを刻みたいところです。

| タラ坊 | 2013/01/05 16:18 | URL |

タラ坊さん

空海や行基は、日本全国に伝説が残っており、これら全てが事実だとすればとんでもない超人ぶりなわけです。ここの本尊は空海の作だとかで旧国宝(現重文)、1200年前、彼が本当にここに来たのだとすれば、ロマンのあることです。
うちも始め、合同供養墓にしようかと思いましたが思いのほか高く、だったら小さくとも自分たち家族の墓を建てようということになりました。私の死後は、合同供養墓に移してもらう手はずです。刻む言葉は、母が考えました。うちは長男ですが、今回のことで、「家」というものがほとほと馬鹿らしくなりました。「おたくらで勝手にやれ、俺は知らん」。これが当主となった私の意思です。

| イノテツ | 2013/01/05 22:21 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://tetsudo.blog114.fc2.com/tb.php/1255-1920af17

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT