きまぐれ 鉄道日和

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初めての日田彦山線

格安スキーバスが転落事故を起こし、多くの死傷者を出してしまった。
私が若い頃は「私をスキーに連れてって」だの「ロマンスの神様」だのと異様に浮かれていた時代で、スキーに行かない奴は人間じゃないくらいの空気に負けて、数回付き合ったりした。現在の若者は、自分のやりたいことに素直に取り組めるいい時代にいると思う。今回犠牲になった人たちも、素直にウインタースポーツを愛してたんだろう。無念だったに違いない。
さて、あの頃流行ってたのには「Choo Choo TRAIN」という曲もあった。JR東日本の「JR Ski Ski」は現在でもやってるが、当時は比較にならないくらい大々的なキャンペーンであり、この曲はCMソングとしてうざいほど流された。現在では臨時便が少々出るだけだが、当時はスキー場へ向けた夜行列車が全国を駆け巡った。鉄道がまだまだ元気だったのである。
どうしてこうなった。直接的には、小泉政権下で行われた規制緩和が原因だといわれている。これによってツアーバスが爆発的に増え、過当競争が起きて価格が下落した。価格競争に対応できない鉄道は一挙に衰退していったのだ。
これだけで済む問題なら、鉄ヲタの一人としてハンカチを噛んでればいい。だが、この野放しにも近い規制緩和が、結果として労働条件の悪化を招き、安全性を損ない人命を奪ったのなら、このままでいいわけがない。繰り返される事故が、教訓として活かされないことも問題だ。もうさすがに「規制緩和」の甘い響きに酔うのはやめるべき時にきている。交通機関において、安全が犠牲にされることだけは断じてあってはならない。

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夜行フェリーで早朝の小倉に着いた。冬の早朝はまだ真っ暗だ。小倉は初めてなので少し歩き回ってみた。見上げると高架があり、そこをモノレールの初電が滑っていった。列車は駅ビルに直接乗り入れるので見るからに便利そうだ。小倉から南下して、近郊を結んでいる。

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一方で私は青春18きっぷに日付を入れてもらい、日田彦山線のホームに降りた。地方交通線だが、先ほどのモノレールが、意外と近くを並行している。しばらくはこの列車も北九州近郊輸送の一翼を担うわけだ。
日田彦山線、特に関東に住む私にとっては馴染みのない路線である。だいたい、路線名が意味不明だったw しかし、地理が少しわかるようになると、この名前が合成によるものだと気付いた。「日田・彦山線」だったのである。同じような合成路線名に指宿枕崎線がある。九州はこういうのが好きなのか。
この線に乗るのは今回が初めて。フェリーの行き先が小倉でなければ今回もスルーしてたに違いなく、ようやく縁が巡ってきたということだろう。で、乗るからには路線名の後半部分、彦山(実際には英彦山と書いて「ひこさん」と読ませる)に登ってみたいというのが計画なのだった。だが登山口までのバスが運休であることが判明し、この時点で計画が頓挫していたことは種明かししておこう('A`)

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乗り込んだ車両はキハ147。エンジンが換装されているものの、れっきとした国鉄型キハ40系列の仲間である。鉄ヲタの中にはエンジンへのこだわりが大きい人も多く、こうして後年エンジンが換装されたものを低く見る向きもあるのだが、私はぶっちゃけ特にこだわらない |∀・) あ、でも今年は、都電の最古参7000形のモーターが吊り掛けからVVVFに換装されるらしく、これは大いに寂しいわけです…ああ、傍目にはまるっきり同じ話だわな。

吊り広告には舞台『放浪記』。『放浪記』といえば森光子さんだったが、仲間由紀恵さんに交代している。いや別に、女優をエンジンやモーターになぞらえてるわけではないのだが、やっぱり、時は過ぎていくんだなあと感慨しきり。仲間さんは、林芙美子を演じるには美人すぎるとか下馬評もある。エンジンは、新しくすることで性能が良すぎて空回りしたりすることもあるというが、仲間さんは人間なので、その辺は自ら調整していくだろう。この舞台は、流行り廃りなく、長く活躍を続けていける女優でないと務まらない。彼女はその辺で適任だったんだろうな。

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ああ話があっちにこっちにそれる('A`) でも実は、これが乗り鉄的思考なのかなと思う。理想は、ボックスシートに腰を下ろし、片肘を窓枠にかけて(もう片手には酒を持って)、頭の中を空にして流れる車窓を眺めるという図なのだが、現実には、なかなかそんな仏教的境地には至らない。いろんな雑念が頭の中をぐるぐる回っている。でも乗り鉄の最中には、その雑念を掘り下げる余裕がある。人が思うほど、無駄な時間じゃないと私は思っている。

さて列車は採銅所駅に到着、しばらく停まるというので外に出てみた。うををっ、渋くもイカした駅舎だ! 駅前の石碑によれば、前身の小倉鉄道開業当時(1915・大正4年)から残る、沿線で唯一のものなのだそうだ。すげえ、100年経ってますよこれ! もちろん、近年大規模な修繕をしているわけだが、長く大事に使っていきたいものだ。
で、駅名である採銅所。私はてっきり近所に「田中採銅所」みたいな企業があるんだと思っていたが、これはれっきとした地名であり、かつては採銅所村という独立した自治体だったんだそうだ。近代の産業革命に関わる銅山だったという私の想像も全くの間違いで、奈良時代、宇佐八幡宮に奉納する鏡の原料の銅がここから産出されたという、恐るべき由緒を持つ名前だったのだ。こうした古い地名が現在まで残されていることに驚かされるが、だったらもっと古めかしいネーミングにしといてくれと、古代人に文句を垂れる私だった。

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列車は田川伊田に到着。おお、ホームの洗面所が残っている♪ この辺り、かつては炭鉱で栄えた地域であり、東京に次ぐといわれる濃密な鉄道路線網があった。現在、JR線としては筑豊本線と日田彦山線のみが残り、あとは3セクの平成筑豊鉄道が引き継いで、その他は廃止された。かつて、この洗面所で炭鉱労働者が顔を洗い、身だしなみを整えたんだろう。今となっては使用頻度の低さは明らかで、昔日の栄光が哀愁となって現代に伝わってくる。

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列車は、続く田川後藤寺で再びしばらくの停車となった。これも以前の名残なのだろうか。古めかしい跨線橋、かつてはここにもレールが敷かれていたのであろう花壇、どこかしら、北海道のローカル線を巡っていた20年前を思い出させた。ただ、あの頃の北海道と比べても明らかに駅には活気があり、寂れたとはいえ、このまま滅びゆくわけではないと感じることができた。石炭産業が潰えた現在も、田川市は産業転換によって5万人ほどの人口を維持している。

もとより人口密度の低かった北海道では、大都市近郊の炭鉱都市であっても悲惨な状況にある。人口はとっくに1万を割り、もう市は名乗れないぜという内外のツッコミに加え、JR北海道はいよいよ本格的な減便と路線廃止へと舵を切った。九州の炭鉱地帯で感じる哀愁にどこかしら温もりが混じっていたのと違い、北海道のそれにはフォローがない。田川のような活路はないのだろうか…どうもこの日の乗り鉄には考えさせられることが多く、頭の中を真っ白にしている時間はないのだった。(イノテツ)
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| 鉄ヲタ紀行 | 02:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

交通費は安く済むならそれに越したことはないし助かると私なども思ってしまいますが、安いということは経費をギリギリまで切り詰めているわけで、その分、乗務員などに無理がきているんだろうなと思います。
将来のない私などはもうどうでもいいのですが、将来のある若い人が犠牲になり、その将来が断たれたことは無念であり、残念でなりません。
九州は父親の出身地であり、小学生のときだったか、中学生になったばかりのときだったか、お墓を改葬するために家族で訪ねたことがありますが、まだ新幹線ができる前(東海道新幹線が開通したの私が中学3年生のときだったと記憶します)で、行きは「あさかぜ」に乗り、食堂車体験もそのときが最初(最後でもありますが)でした。
採銅所駅、いい雰囲気ですね。名前の由来も、京急大師線の駅名と違って由緒正しいものがあります。
奈良なんかも、万葉集で詠われた山名や地名が今でも残っていますが、九州もそういうの多そうです。
関東近辺では、灰皿(岡山の伯備線のホームにはありました)とともに絶滅してしまったホームの洗面所もまだ健在なんですね。
そういえば、今朝の新聞に、まだ多少残っている新幹線の喫煙車両が2019年までに全廃されると書いてありました。
禁煙車の指定がとれず、已む無く喫煙車に乗って不快な思いをしたという人からの投稿にJR東海がそう答えていました。

| タラ坊 | 2016/01/17 13:45 | URL |

タラ坊さん

今回のバスの事故では、前途を絶たれた若者を惜しむ声が多くそれが当然ですが、一方で、同時に亡くなった高齢運転手の人生の悲哀がちらりと伝わってきます。事故の全体が今の日本社会の暗部を象徴しているようで大変鬱になります。

九州方面へのブルトレにはとうとう一度も乗れませんでした。何せ、ブルトレの後に出発する新幹線に乗り、広島で降りて一晩寝て、翌朝再び新幹線に乗ると、余裕で先回り出来てしまうのです。もう完全に好きな人が道楽で乗るものになっていたし、実際、今後残っていく夜行列車はそれに特化したものばかりです。鉄道は実用的なものであってほしいというのが私の願いでして、在来線の今の状況は残念です。

私が就職まで住んでいた村は筑波郡(←今やもう変換されない)に属していました。これも奈良時代から続いてきた由緒ある郡だったのですが、合併して消滅し、あろうことかあのような糞市名になってしまったことは文化と歴史の毀損でした。まあ何より失望したのは、それを是認した住民の民度の低さだったのですが。

| イノテツ | 2016/01/19 01:41 | URL |















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