きまぐれ 鉄道日和

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アプトの道を歩く〜信越本線旧線

好きな作家は誰ですか? というと、筒井康隆を挙げなければならない |∀・) 高校受験のとき、某名門私立を受けるには面接が必要だというので中学でシミュレーションをしたのだが、好きな作家が筒井康隆では高尚じゃないとか教師に言われて、仕方なく夏目漱石ということにした記憶がある。私は生来頑固なので結局この私立には合格したが行かず、地元の県立を選んだ。若気の至りだったと今は思うが('A`) 当時の私は他の教科の成績がどんなに落ちても国語だけは常に5で、それというのも筒井康隆を始めとする文庫本を読みふけってたおかげだと信じて疑わない。思えばあの時代におけるラノベのようなもので死んだ親父も煙たい顔をしていたが、そもそもその親父の本棚にあった星新一の『ボッコちゃん』が読書の入り口だった。
さて、その筒井康隆が韓国で叩かれている。例の反日慰安婦像を揶揄した発言をしたからだ。その内容は全く下品な表現であり、ここで書くのもはばかられるので各自調べてね |∀・)
『時をかける少女』しか知らないような層は「あの筒井康隆がこんな下品なことを!」と衝撃を受けたらしい。韓国での『時をかける少女』の版元は絶版を決めたらしいが、浅い、全く浅いわw 文化っつうのはアングラの、さらに掃き溜めみたいなところに濃厚な味わいがあるものだ。そうだな、とりあえずは『俗物図鑑』とか読んでみたらいいんじゃないか。
精神的不条理の否定は思考の自由を束縛し、文化を萎縮させる。筒井の作品が教科書に載ろうとしたとき、差別表現があるとして叩かれ、それに反発して断筆宣言をしたのは私が大学生の頃だった。今回の慰安婦像揶揄も同じ発想によるものだろう。イデオロギーが先走り、違う意見や表現を許さない空気を作り出す勢力が常にある。非常に恐ろしいことだと、こういうことがあるたびに思う。

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先日雪山に突っ込んだ話をしたのだが、軽井沢で一泊した翌日は碓氷峠から旧信越本線跡を辿るという、途端に鉄分充満の行程となった。明らかに鉄ヲタの私にリーダーが配慮されたものだろう。
リーダーの車で横川へ向かった。国道18号は急カーブの連続でぼちぼちおえっとなってきた頃、画像の場所に着いた。アプトの道については以前雑誌にも書いたことがあるが、その後、遊歩道が旧熊ノ平駅まで伸びてからは初めての訪問となった。

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旧熊ノ平駅はこんな風。私より上の世代でも、横軽に中間駅があったことを覚えている人は少ないのではないか。この駅が信号場に降格され、列車が止まらなくなったのは昭和41(1966)年のことである。それでも上下線のホームをはじめ、駅の雰囲気が残されている。上下線の間が遊歩道として整備され、歩けるようになっている。線路も架線も残っているが、将来、横軽が復活する際には下り線のみを利用した非電化単線となる予定だ。
「めがね橋までは歩いたことがないんですぅ」と私が言うと、じゃあめがね橋まで車を回してあげるから歩いてみたらとリーダー優しすぎ。こうしてリーダー以外のメンバーはめがね橋までの1.2kmを歩くことができた。

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雪山の話のときにも書いたが、今回はカメラを忘れてきておりiPhoneでの撮影だ。めがね橋までの1.2kmはトンネルの連続であり、撮像素子の小さいiPhoneでは圧倒的に不利だ。他の二人が悠々と眼デジを構えているのを見て無念さ100倍('A`) でもiPhoneでも、明暗がきつい場所でなければ一応は撮れんでもなかったのは幸いだった。

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うをを、かっこいい、渋いとテレテレ歩いていた我々だったが、迎えに来てくれたリーダーと、めがね橋でスムーズに合流できた。なお、3月の時点ではバスが運休中であり、もし車も使えないということであれば、旧中山道の山道を徒歩で突っ切るのが近道になるだろう。ただし相応の脚力が必要であり、凶暴な猿も出るので注意してね。

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ということで碓氷峠鉄道文化むらに到着。ここから、例のトロッコ列車に乗ることになった。楽しみだなあとか言ってるうちに結構長くなっちゃったので、次に引き延ばすことにする |∀・)(イノテツ)
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| 廃線、廃駅…時間旅行 | 13:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

雪山登山のときは、軽井沢にも寄られていたのですね。
横川~軽井沢間に熊ノ平駅というのがあったの知りませんでした。
私が頻繁に信州に行くようになったころにはすでになかったような気がしますが、あるいは、いつも特急「あさま」に乗っていたので知らない間に通過していたのかもしれません。
「めがね橋」の写真を見ていて、去年の夏に訪れた花巻・釜石線の「めがね橋」を思い出しました。
凶暴な猿とお書きになっていましたが、霧積温泉から横川駅まで長い林道を歩いたとき、猿の群れに後をつけられたことがあります。こちらが立ち止まると、向こうも立ち止まり、歩き始めるとまたついてくるという状態が一台の車が通過するまで続きました。
ちなみに、作家で、好き嫌いで言えば、私はいまだに梶井基次郎が好きです。

| タラ坊 | 2017/04/14 18:17 | URL |

タラ坊さん

熊ノ平駅について調べてみますと、驚くべきことにあさまも停車していたようです。もっとも当時は特急ではなく、準急あさま号でした。急行もかなり停車していたようで、これは当時まだ単線だったために、列車交換で停車せざるを得ないダイヤだったからだと思われます。複線化が成り、交換待ちの必要がなくなるとともに廃駅になったので、利用客そのものは少なかったのでしょう。実際、周囲は全くの山の中で、もしこの駅が現存していたら、完全に秘境駅認定だったことでしょう。
徒歩での碓氷峠越えをいつかしてみたいのですが、なかなか機会を得られずにいます。

| イノテツ | 2017/04/14 20:30 | URL |















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