きまぐれ 鉄道日和

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惜別・都電7000形…60年の歴史、ついに終焉

一橋大学での百田尚樹氏の講演会が中止に追い込まれた。氏を差別主義者だと決めつけた学内団体による執拗な圧力に、実行委員会が屈したのだ。最終的には身の危険すらほのめかされたらしいから危険な団体だ。講演のチケットは好調な売れ行きを見せていたらしいが、少数の大声、いわゆるノイジーマイノリティが表現の自由、大学の自治を粉砕してしまった事実に、憤懣遣る方ない。まあ、私が出た大学は仏教系なので、正直、大学の自治っつってもピンとこないんだけどね |∀・)
百田氏は保守の論客であり、関西弁の語り口は確かにお世辞にも上品とは言い難い。だが、その内容に差別表現を含んだことは、私が知る限りない。例の団体の会長は韓国人だとかいうが、彼らの言う「差別」や「ヘイト」は自分らの主観と偏見に過ぎない。それが際限なく拡大解釈されていき、こうして発言そのものを封殺するに至ってしまった。彼らにとっては、言論の自由に屁ほどの価値もないのだろう。自分の価値観のみが正しく、他の意見は無条件に悪なのである。そんな狭い視野では、健全な民主主義を語ることなどできない。
そしてさらに由々しき事に、この言論封殺には現職の国会議員も関わっていた。民進党の有田芳生氏である。毎度不思議だが、どうして平気でこんな乱暴なことができるのだろう。異なる意見、価値観も尊重されなければならない。その上で意見がまとまらなければ多数決というのが民主主義の掟である。彼らは、国会議員レベルですらそんな基本的なことを理解していないのだろうか。怖い人たちだと薄ら寒くなる。

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IMG_0482.jpg

これは都電の大塚駅前電停に掲示されていた写真である。7000形の引退は7500形以来の形式消滅でもあり大きな話題になっている。
ナウなヤングである私が生まれた頃には、都電はすでに三ノ輪橋〜早稲田間だけになっており、過去の名残で2系統に分かれて運行されていた。それが直通運転するようになりワンマン化されて現在に至るわけだが、その過程で、7000形のうち31両の車体を新しいものに載せ替え、なんちゃって新車に仕立てたのが現在の「更新7000形」ということになる。つまり、いわゆる「大都電時代」を経た最後の車両なのだ。

P1030039.jpg

長らく全く当たり前の存在だった7000形は昨年度末での引退がアナウンスされていたが、週末のみの運転という形で1両だけが運行を続けていた。最後の1両に選ばれたのは、予想通り、更新7000形のオリジナル塗色に戻された7022号車だった。

P1030049.jpg

葬式鉄が苦手なので、この撮影はさよなら運転の1週間前のもの。6月らしくない澄んだ青空に恵まれ、私はいつものようにカメラを向けた。「ありがとう7000形」のヘッドマークを付けている。7022が最後まで残ったのは、ヘッドマークを装着できる特別仕様車だったこともあるだろう。

P1030065.jpg

再開発が成った大塚駅南口の広場を行く。変わりゆく景色を眺めながら、ここを何回行ったり来たりしたのだろう。
7022は転属を経験した最後の車両でもある。青山→大塚を経て荒川に来ている。現在、都電の車庫は荒川しかないので、他の車両は全て荒川生え抜きということになる。なお、一足先に運用離脱した7001(1枚目の写真、赤帯の方)も当然大都電時代を経験した車両なのだが、昭和30(1955)年の新製配置以来、1度も荒川を離れたことがなかった。

P1030443.jpg

その後急に曇ったので、時間が飛んで夜の写真だ。この日の撮影が最後になるとわかっているのに、またクロスフィルタとか付けて遊んでしまった。それにしてもどうにかならんのかこの過剰効果('A`) 周囲が暗いと、際立った光がより強い光条になってしまうものらしい。昼間使うと効果もおとなしいものになりかっこいいんだけどな…。
そして悲しいことに、ここでカメラの電池が切れた つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

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あとはiPhoneを使うしかないとなれば暗い条件もズームも考えられない。仕方あるまいと大塚駅前に戻った。雲間に月が上がっていた。これが、私が撮った営業運転をする7000形の最後の写真となった。最後の写真がスマホ。痛恨である_ノ乙(、ン、)_

今後は、車体などを流用して面影を残した7700形8両が引き続き運行されるほか、豊橋鉄道に譲渡された4両はモ3500形を名乗って活躍を続けている。まあいずれにしろ、ついに都電からは完全に吊り掛けモーターの音が消えたのだ。新性能化が成ったとポジティブにとらえるべきところだが、路面電車たるもの、グォーンと低く響く吊り掛け音が代名詞だと思えた古い世代にとっては寂しさもひとしおである。(イノテツ)
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| 都電・路面電車 | 02:13 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「わたしはキミの意見に賛成できないが、しかし、キミが自分の意見を言う自由は命に代えても守る」
というようなことを言った政治家、それが誰だったかは忘れましたが、そんな人がいたそうです。
互いに互いの違いを尊重しあうというのが民主主義の、守るべき最低限のルールだと、私も思います。

私はナウなヤングではないので、東京中を都電が縦横無尽に走っていた時代を知っています。それがどうしたと言われるとどうもしないのですが、荒川線も、もはやひとつの文化遺産といってもいい存在になってしまったような気がします。
京都も市電がなくなってしまいましたが、路面電車が走る街というのは、時間の流れかたを含め、なにか、豊かさのようなものを感じます。

| タラ坊 | 2017/06/15 18:05 | URL |

タラ坊さん

冒頭の言葉は有名で、私もてっきり政治家の発言のように記憶しておりましたが、初出はフランスの哲学者、ヴォルテールによるものだそうです。
発言を踏まえ、気に入らん部分は存分に叩けばいいと思います。それが議論というものです。あらかじめ発言そのものを封じるような行動は乱暴だし卑怯ですね。

「大都電時代」は、狭義には都電の呼称が生まれた昭和18年から、最後の路線廃止が完了した昭和47年までのおよそ30年間を指すといえるでしょう。もう荒川線だけになってしまってからの方が長いのですから、かつての都電とは違うものになり果ててしまっても仕方ないし、また当然なのかもしれません。
京都に関しては、常々市電復活論がくすぶっていますね。特に昨今は観光客が増え、バスでは捌けなくなってきているようですから、連接車体のLRTを投入すればいいのにと思います。
ただ、これが鉄道の弱点ですが、一度廃止したものを復活させるには大きな勇気がいるのです。その辺、バスだと大変フレキシブルですよね。3月の可部線の復活は珍しい出来事であるがゆえに、ずいぶん大きく扱われました。

| イノテツ | 2017/06/15 23:28 | URL |















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