きまぐれ 鉄道日和

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分倍河原付近

所要があって府中まで行った時、その後吉祥寺に行く用事もあったので、立川経由中央線で回るべく、南武線に接続する分倍河原まで京王線に乗り、まだ少し時間があったので、分倍河原の駅周辺を少し歩いた。
南武線の線路際に、鬱蒼と樹木の茂る広大な敷地を持つお寺があった。しかし、残念ながら、その境内からは音はすれども列車の姿は見えなかった。
そのお寺の前の道に旧甲州街道という標識が立っていて、へぇー、そうなんだと思った。
そのお寺の少し先に南武線を跨ぐ橋がかかっていて、反対側の道に渡れるようになっていたので行ってみると、わりと近くに山並みが見えた。
京都もそうだが、街を歩いていて山が見えるというのはいいなぁと思った。
その橋からは下を走る南武線が見下ろせた。

分倍河原付近の南武線

線路をはさんで反対側の道へ出ると、そこには鎌倉街道という標識が立っていた。
ふたたび駅に戻ってくると、分倍河原の駅前に新田義貞の銅像が立っていた。分倍河原は鎌倉幕府軍と新田義貞軍との古戦場跡だそうだ。いわれによると、多摩川を防衛ラインとした鎌倉幕府軍と新田義貞軍が、この分倍河原で合戦におよび、新田義貞軍が勝利して鎌倉入りを果たしたということである。なるほど、新田義貞軍はここから鎌倉に進軍したわけだ。鎌倉幕府滅亡のシナリオはここからはじまったことになるが、我が家の滅亡のシナリオはどこからはじまったのだろうか(タラ坊)。
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| 未分類 | 08:46 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

分倍河原はそんないわれのある古戦場でしたか? 
京王線の分倍河原のあたりで、かなーり昔、降りたことがあるんですが、いい感じの街だと思いました。

雑誌の仕事も苦しいところにあり、いまいち頓挫中ですがw、復興を賭けてよろよろとでも立ち上がりましょう。

| アホキ | 2010/11/15 09:14 | URL |

アホキ様

今、どの出版社も新しく雑誌を立ち上げるだけの余裕はないように見受けられ難しいところです。また、どのような方向性や切り口でいくのかというコンセプトメイクも難しいところがありますが、少しずつでも前に進めていければと考えています。

| タラ坊 | 2010/11/15 10:46 | URL |

京王から南武線へ乗り換えたことが一度だけありますが、JR分倍河原は随分こじんまりとした印象だったのを覚えています。12月の改正で快速運転が始まるとかで、沿線は発展しているようですね。
出版大手10社中4社が赤字だとか最近報道されました。本が売れないというのは、紙媒体が云々以前に、読み物に金を払うことそのものが廃れつつあるイメージで怖いです。

| イノテツ | 2010/11/15 15:03 | URL |

イノテツ様

以前、大船のほうに住んでいる人と高尾山へ行った時、その人は立川から南武線を利用して帰っていきましたが、快速ができれば、京浜方面から高尾へ行くのに便利になりますね。
出版社は今はどこも苦しそうですが、大手出版社の人件費の高さも問題になっています(中小・零細は安いですが)。いくらもらおうと別に構わないのですが、その陰で、出版社を支えているフリーランスが泣かされている状況があるということを忘れないでもらいたいものだと思います。

| タラ坊 | 2010/11/15 17:09 | URL |















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