きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

鶴見線に乗りに行ってきた、そして……

アホキ氏がご紹介されていた「雨晴駅」に関連して、TVドラマ「高校教師」のロケ地になった「青海川駅」のことについてコメントで触れ、ここは日本一海に近い駅と呼ばれているそうだが、海に近い駅ということで、鶴見線の「海芝浦駅」が思い浮かび、品川からなら鶴見は近いので、仕事帰りに寄ってみることにした。
京浜東北線の鶴見駅で降り、鶴見線のホームに入るにはもう一つ改札を通る。その鶴見線の鶴見駅は無機的で、なかなかいい。

鶴見線鶴見駅

鶴見には、永平寺とならぶ曹洞宗の大本山總持寺があるので、取材も含めて何回か来たことがあるものの、鶴見線に乗るのははじめてだ。
ところで、下調べをせずにきたので、海芝浦が本線と分かれた支線の駅であるらしいことを、電車内に掲示された路線図ではじめて知った。
浅野という駅へ行くと、ホームの次駅名の表示が安善となっている。乗り換えを案内する車内アナウンスはなかったものの、海芝浦へ行くにはここで乗り換えないといけないのか? そう思って浅野駅で降りた。もう一つあった別のホームのほうへ行き、時刻表を見ると、1時間に1本しかない。しかも14時台はない。その時、13時50分くらいであり、1時間以上待たなくてはいけないのか。周辺は工場ばかりで、時間をつぶすべく散策するような雰囲気ではない。

周りは工場だらけ

人に聞こうにも駅には誰もおらず、さて困ったぞ、と思ったものの、これは「行くな」ということか? とも思った。事実、行かないのが正解だったという出来事がこの後起こることになるのだが、その時はまだそんなことは知る由もなかった。行っていたら、帰るのがさらに困難になっていたことだろう。
ここでも、ご先祖やみ仏のお見守りを感じる。ありがたいことである。

海芝浦方向へのホーム

周囲は工場ばかりであるものの、浅野という駅は何か裏寂れていて、ちょっとした旅情すら感じる。
さて、海芝浦へ行くのはやめて、鶴見へ戻ることにしよう。

鶴見からの帰途、蒲田で途中下車してサンマルクカフェでコーヒーを飲んでいる時だった、揺れがきたのは。
店内は騒然となり、テーブルの下に身を潜める人もいた。
蒲田駅に戻ると、人であふれかえっていた。JRは全線で運転が取り止めになっているということで、復旧の目処はないという。しかし、待っていても仕方ないので、取りあえず大森まで歩いて行こうと思って歩きはじめたものの、道を間違えて池上に出てしまった。東急も止まっていたが、駅前から品川駅行きのバスが出ていたので、それに乗ることにした。
ところが、道が渋滞し、かなりの時間を有してやっと青物横丁駅前まできたものの、次の新馬場駅の手前あたりからまったく動かなくなってしまった。運転手さんがドアを開けてくれたので、そこで降り、品川まで歩いて行くことにしたが、池上からそこまで約2時間かかった。
第一京浜も旧東海道の北品川商店街の通りも、品川方面から歩いて来る人たちで歩道はおろか、車道にまで人がはみだしてあふれていた。
品川からさらに田町、浜松町、新橋と歩き、あてはなかったものの、さしあたり銀座から有楽町駅へと向かうと、数寄屋橋交差点角の交番から「都営浅草線は浅草橋まで、半蔵門線は押上まで、銀座線は全線で運転が再開された」とのアナウンスがあったので、東銀座から都営浅草線で大門まで行き、そこで都営大江戸線に乗り換えて両国まで行くことにした。
しかし、両国から先は歩くしかない。途中、カプセルホテルかネットカフェがあればそこに泊まろうと思っていたのだが、ビジネスホテルも含めて、それらの施設はすべて、「本日は満室」の札が外に張り出されていた。
同じように千葉方面に向かって歩いている人たちが大勢いたので、それらの人に混じって歩いた。最初のうちは元気に歩いていた人たちも、錦糸町を過ぎ、亀戸を過ぎたあたりから段々集団がばらけ、道端に座り込む人も多くなった。
沿道の郵便局などの各種の施設や商店に「トイレをお使いください」と書かれた紙が貼り出されており、ロビーを休憩所に開放しているところも多かった。
交差点などの要所要所に警官が立っていて、歩いている人に「ご苦労様です」と声をかけ、道案内をしていた。
ああいう時、コンビニというのは実にありがたい存在だなということを知った。まず明るいから心理的にホッとできるし、コンビニにはたいてい灰皿があるから一服できるし、飲み物や食べ物を買えるし、トイレを使えるしと、コンビニはかっこうの休憩ポイントになってくれた。
そうこうしているうちに平井大橋を過ぎ、中川を渡って、やっと江戸川を渡るところまで来た。これを渡れば千葉県だ。
午前4時くらいには着けるかなと思っていたのだが、それより少し早く、午前3時半ちょっと過ぎくらいに家に戻り着けた。両国から約4時間かかったことになる。何にしても、あー、疲れたと、家に入った途端、へたりこんでしまった。
家のなかがどうなっているか心配だったのだが、幸い、本棚の本や棚の上に置いてあったものが少し落ち、積み上げてあった本が崩れていた程度だった。

鶴見に寄らず、午前中の仕事の後、まっすぐ帰っていればこんな大変な思いをしないですんだのにと思ったが後の祭りである。
えらい目にはあったが、でも、いい経験だった。少なくても、歩いて帰れるということがわかっただけでもよかった。
しかし、イノテツ氏をはじめ、都内に住んでいる何人かの人に泊めてもらおうかと思って電話したのだが、全然つながらなかった。
最近のケータイはやたらいろいろな機能が着いているものの、電話は本来、話をするためのものではないのだろうか。それがいざという時使えないというのはいかがなものかと思った次第である(タラ坊)。

※午前中に続き、この後午後4時50分から今日2回目の停電に入るということなので、急いでUPしました。
スポンサーサイト

| 未分類 | 16:38 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

災難でしたね。お疲れさまでした。
大きな地震は、おそらく屋内で遭遇した方が怖いんだろうなと、帰宅した部屋の惨状を見て思いました。地震発生時、電車に乗っていた人のブログも見ました。怖かったことでしょう。私は屋外、しかも比較的広々とした都電の車庫前にいたわけで、このまま大震災突入かと予感しつつも、ここにいれば大丈夫と、落ち着いていられました。
この晩、うちには父が泊まっていきましたが、連絡があったのは公衆電話からでした。携帯電話はいざというときには役に立たず、頼りの公衆電話はめっきり少なくなりました。昔の方が災害に強かった部分もあるんですね。

| イノテツ | 2011/03/14 18:11 | URL |

イノテツ様

午後4時50分からの停電は中止されたみたいで、午前中もやらなかったみたいです。そうなると、「停電のため」という理由で今朝総武線が運休になっていましたが、あれは何だったのでしょうか。
それはともかく、ああ、公衆電話からならつながったんですね。それで公衆電話に長蛇の列ができていた理由がわかりました。
私も蒲田でサンマルクに寄らなかったら、恐らく電車に乗っている時に地震に遭遇していただろうと思い、ここでも「守られている」という思いを新たにしました。

| タラ坊 | 2011/03/14 18:52 | URL |

お疲れ様でした
私もケータイは全然使えませんでした。
もっともケータイが地震の時に使えないというのは
知っていたのでこんなもんだろうとは思ってます。
ただメールのほうは届いていたので、
安否の確認には使えるかなと思いました

| アホキ | 2011/03/14 23:40 | URL |

アホキ様

安否確認のメールが何件か入っていて、ああ、メールは使えるんだということを知りました。
私の安否を心配してくれる人がいるというのはありがたいことだと思いました。

| タラ坊 | 2011/03/15 14:59 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://tetsudo.blog114.fc2.com/tb.php/895-195ddc6e

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT