きまぐれ 鉄道日和

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停電の夜

その日、私の住んでいる地区では、午後6時20分から停電の予定になっていた。ところが、市の広報アナウンスでもなにも言ってこないし、その時間を過ぎても消えなかったので、中止になったのかなと思い、そのままパソコンをやっていたら、午後7時になっていきなり消えた。
停電なんだから、それは消えるだろうが、ありゃー、本当に消えちゃったよ、と思った。家にいる時にはじめて経験する停電だ。さっそく用意していたロウソクを点け、冷蔵庫のなかの肉などの生鮮品を、スーパーのレジ袋のなかに保冷財と一緒に入れた。
その前にご飯は炊いてあったので、ロウソクの灯りのもとで味噌汁をつくり、買ってあったオカズ(肉ジャガ)は、レンジが使えないのでガスストーブで温めて食べた。
ロウソクのあえかな灯りを見ながら、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』のなかに書かれてあった白粉の話を思い出した。祇園で遊んでいる最中に停電になり、ロウソクの灯りを通して見た舞妓さんの白粉がきれいで、白粉というのはロウソクの灯りを通して映えるものなのだなと思った、というような話だ。
それはともかく、ロウソクの灯りというのは、思った以上に暗い。
1時間半か2時間もすればまた点くだろうが、暗いなかでじっと電気が点くのを待っていてもしょうがないので、その間避難する意味で、市川市内はどこもだめだろうから小岩まで行き、銭湯に入ってきた。
外へ出ると、外灯も消えていたが、月が出ていて、家のなかよりも明るかった。
電気のない時代から人間というのは生活してきたわけだけれど、その時代はないのが当たり前だから特別不便にも感じなかっただろうが、電気に生活の大部分を頼る今、やはりないと不便だ。
ロウソクの灯りのなかで食器などを洗いながら、文明というのは、しかし、かえって人間を不自由にさせてしまったのではないかと思った。
夜明けとともに起き、日暮れとともに寝るというのが、あるいは、人間の本来の姿なのかもしれない。

2010年4月、武州日野駅
あと2週間もすれば、桜も咲きはじめるだろう(2010年4月18日、秩父鉄道武州日野駅)

ここ何日か、沈丁花が急に香りはじめてきた。馬酔木も雪柳も花を着けはじめ、木々も芽吹きはじめてきた。
何が起ころうと季節はめぐり、また、春がやってくる(タラ坊)。
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| 未分類 | 14:21 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

うちの区は計画停電の対象から外されているため、こうした経験はまだないのですが、それだけに、節電にはしっかり参加せねばと、玄関や通路の照明を消し、暖房も切っています。登山をやるので、ヘッドライトやランタン、テントに銀マットなど、非常時への備えもあるわけで、覚悟はできているのですが、仕事ができなくなるのが辛いですね。
冷房需要が増える夏には、状況はさらに悪化するとか。それこそ本当に涼しい山でテントを張って、週末を過ごすようにすれば、節電に貢献できるかなと思ったりしています。幸い、中央線の列車本数は、かなり回復しているようです。

| イノテツ | 2011/03/21 15:39 | URL |

イノテツ様

皇居のある千代田区も計画停電のエリア対象外になっていますが、国民と同じ不便を分かち合いたいと、皇居では一定時間電源を切るようにしているそうですね。
前、皇居を走った時、お壕側の外灯も消されていました。
それはともかく、私も、使わない時はエアコンやパソコンのコンセントを抜いたり、冷蔵庫の設定温度をやや上げたりしています。私にできることといったらそれくらいしかありませんが、一人ひとりが自分にできる範囲のことをしていけば、全体として大きな効果をもたらすのではないかと思っています。
昨日の新聞に「つい買ってしまってもてあましているもの」というアンケートが載っていて、食パン、牛乳、カップ麺などを上げている人が多く、それらは普段買わないのについ買ってしまったと答えている人が多くいました。
なるほど、なくなるわけだと思いました。

| タラ坊 | 2011/03/21 16:38 | URL |

なんかいい話ですね
私もはじめての停電の時、まっくらで懐中電灯が見つからずに
あわててしてしまいました。
一眼レフの後ろのモニターを懐中電灯代わりにして
部屋を探したところ、なんとか見つけ出せました。

便利さの裏にかくされた不自由さや恐怖、
不便さの中にある自由さや楽しさ
今回の事態はいろんなことをあらためて考えなおす
機会になる気がしてます。

| アホキ | 2011/03/22 01:32 | URL |

アホキ様

「不便さの中にある自由さや楽しさ」というのはわかる気がします。少なくても、そこから工夫というのが生まれてくるのではないかと思います。
より便利に、より快適にということで世の中どんどん進歩してきたわけですが、現在あるもののほとんどはかつてはなかったもので、なくても人々はきちんと生活してきたのですから、何が本当に必要で、何が必要でないのか、仕分けする必要がある時期にきているのかもしれません。

| タラ坊 | 2011/03/22 14:59 | URL |















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