きまぐれ 鉄道日和

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そう言えば、こんな日もありました

森田童子は「みんな夢でありました」という曲のなかで、
♪あの時代はー なんだったのですかぁ♪ 
♪みんなー夢で ありました♪
と唄っているが、なんだか、地震以前の日々がみんな夢であったような気が、このところしている。被災された人たちは、私などよりもっと、そんな思いでいるのではないだろうか。
あるいは夢であったのかもしれないと、現実感の希薄なもののひとつに、昨年の一連の取材行がある。実際に本が出来ているにも関わらず、こういう言い方もおかしいのだが、何か現実感がないのだ。
わけても、山梨県の新府へ行った日のことは、ボツにしたせいもあるかもしれないが、とりわけ現実感に乏しい。
あれは昨年の4月19日のことだった。

桃の花と中央線

天気はよかったものの遠景が霞んでいて、甲斐駒をはじめとして、まだ雪をかぶった南アルプスの峰々がおぼろにしか眺めなかったのは残念だったが、折から桃の花が盛りの時季を迎えていて、穴山駅から新府駅を経て韮崎駅まで歩いた取材行はそれなりに楽しいものだった。
今年も間もなく桃の花の咲く時季を迎えるが、今年は新府はもとより、当分、どこにも行かれそうにもないなぁ(タラ坊)。
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| 未分類 | 15:07 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「現実感がない」というのは、精神的にあまりよろしくない状態のような気がします。
私も高校のときにそんなことがありました。
いろいろ悩んでいたとき、ふっと好きなことをやりなさい!
という声が聞こえてきて、その後コンピュータに
のめりこんだり、鉄道や一時期はつりにはまったこともありました。おかげでそのごあまりそういう状態になったことはないんですが、最近いろいろショックなことがありましたからね。

たいしたアドバイスはできませんが下のリンクが参考になるかもしれません。

http://okwave.jp/qa/q1365152.html
http://www8.plala.or.jp/psychology/disorder/rijin.htm
http://www.s3wam.net/mental-health/health/he_xsympt30.html

| アホキ | 2011/04/01 01:11 | URL |

断絶感というものがありますね。この本を作るために体調を崩し、回復にはしばらく時間を要したものでしたが、そのことが遠くに感じられます。
この写真はいいですね。「断絶」の前の穏やかな匂いがします。確かに背景が霞んでいると残念がったものでしたね。私は私で本のための写真を撮るんだといって気持ちに余裕がありませんでした。でも、楽しく撮れればいいやんけと、今は思うのです。
本当は断絶なんかしていないのかもしれません。そういう壁が、各々の中にできているだけなのかもしれません。

| イノテツ | 2011/04/01 14:37 | URL |

アホキ様

参考リンク、ありがとうございます。
私の場合、現実感を乏しくしている要因のひとつに、午前中の仕事があるような気がしています。
これまで40年近くやってきた仕事とまったく違う仕事をやるようになって、さらに昼からは本来の仕事に戻るというような生活をしばらく続けてきて、その境界上で一種のパーソナル障害みたいなものが発生しているのかなと思ったりしていますが、もしかしたら全然違うかもしれません。

| タラ坊 | 2011/04/01 14:50 | URL |

イノテツ様

ありがとうございます。
私もこの写真、自分で言うのもなんですが、わりと気に入っています。
断絶感──そうですね。なんだかわかる気がします。
現実感の喪失というのは、言ってみれば現実との断絶感、あるいは乖離ということなのかもしれません。
地震の日、蒲田から銀座までと、両国から家まで歩いたことも極めて現実感に乏しいのですが、ここにも、現実との断絶感なり乖離のようなものが働いているような気がします。

| タラ坊 | 2011/04/01 15:07 | URL |















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