FC2ブログ

きまぐれ 鉄道日和

お越しいただきありがとうございます。ゆるい鉄道ファン,チョイ鉄向けブログです。ゆるさを追求しておりますwまったりとお楽しみください

≫ EDIT

なんだかんだで北綾瀬から三ノ輪橋まで歩いてしまう

ありがたいことに、3月上旬にして今年2度目の宣伝の時間がやってまいりました |∀・)
交通新聞社の新刊ムック・『グリーン車50年の世界』です。
それまでの等級制をやめ、エグゼ向けの車両をグリーン車と呼ぶようになって50年。このタイミングで歴代のグリーン車を網羅し、かつ、それ以前の時代の上級車両、または現在のグランクラスなんかも紹介したムックです。昨秋の『よん・さん・とおダイヤ改正の時代』同様、本文のデザインとDTPを一人で担当させていただきました。
この本に関しては以前もここで進行中であることを書いてきたわけですが、まあ鼻血が出るほど濃いです。正直、鉄ヲタの私でもマニアックすぎてついていけません |∀・) でも貴重な写真が満載で、制作中思ってたより楽しい誌面に仕上がったし、一つだけネタバレすると、現在、中央線のオレンジの電車にグリーン車を増結する計画が進行中ですが、実は昔、それに類する車両が連結されてたって話は面白かったです。
今回、私は裏方に徹し、表立った写真提供はしてないんですけど、誌面に使った地紋の一つは実は上野駅の某所で撮影した写真を加工したもので、気付いた人だけがニヤリとしそうな仕掛けなのですが、今のところ、関係者ですら誰も気付いてないようです。
一般的な情報はネットで簡単に取れてしまう時代、今後の紙媒体の活路はこうしたマニアック路線なのかもしれないね。となれば、前も言ったけど、『キハ20系列のすべて』をぜひやってほしいものです。そんなムックがあったら個人的に買いますわ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P1180246.jpg

大きな変貌を遂げる直前の東京メトロ千代田線北綾瀬支線。先日は撮影後、知人と北千住で酒を飲んだのだが、光線の関係上午前中のカットも欲しいということで翌日再訪した。綾瀬駅近くの玉の湯で汗を流した。綾瀬でラーメンを食って帰るかと辺りを歩き回ってみたが、気に入った店が見つからない。あっても昼下がりの時間帯でやってない。この野郎、意地でもラーメンを食いてえぜ、というわけで、ラーメン屋を求めて歩き始めた。
綾瀬川を渡る常磐線。これはいい。上を跨ぐ首都高速が邪魔にも思えるが、これはこれで悪くない気がする。

P1180253.jpg

ほどなく大きな施設が見えてくる。小菅の拘置所だ。撮影時点ではゴーン被告もここの住人だった。手前には小さな川が流れており、ナマズや鴨がゆったりした時間を過ごしていた。川沿いに遊歩道が整備されており、のんびり歩くことができる。傍の拘置所の存在を思うと、自由のありがたさを感じる。

P1180261.jpg

小菅駅まで歩き着いたが、やっぱりラーメン屋は見当たらない。しょうがない、荒川を渡るかと、日光街道を行く。手前から千代田線、常磐線、つくばエクスプレス、そして東武伊勢崎線と、鉄道橋が重なる様子は壮観だ。日本が世界に名だたる鉄道の国であることを雄弁に物語る名風景の一つだと思う。
荒川を越えると北千住だ。でも昨日も来たしなと通過して日光街道を南下。途中で大勝軒を見つけたが、やっぱりやってなかった('A`)

P1180267.jpg

千住大橋駅の間近には二郎があり、行列ができていたがまだ開店前だった。行列に加わっても良かったが、二郎といえばついニンニクを入れてしまうわけであり、その後電車に乗れなくなるので断念。
停車しているのは特急通過待ちの3500形。この車は私が京成沿線民だったガキの頃新製投入され、そのステンレス車体にインパクトを感じた思い入れの深いもの。40年を経て、いよいよ廃車が始まった。

P1180274.jpg

今更ながらに気付いたが、ラーメン屋は一様に昼下がりの時間帯に休むのね。スマホで調べ、気に入った店があってももれなくやってない。しょうがない、隅田川を渡るか('A`) 現在の千住大橋は昭和2(1927)年に架けられたもので、リベットの列が壮観だ。こういう重厚な建造物は昨今造られんわな。
橋のたもとには松尾芭蕉出立の地を示す碑がある。芭蕉が『おくのほそ道』の冒頭に千住を登場させているのは有名だよね。

ていうか腹減ったっていうんだよこの野郎ヽ(`皿´)ノ 腹が減ると気が立ってくるわな。しかもこの時点で完全に意地になっておりラーメン屋じゃなきゃヤダ! とかになっているのである。もはや馬鹿としか言いようがない。

P1180288.jpg

南千住を過ぎ、とうとう三ノ輪橋の例のビルまで歩き着いた。荒川線の前身・王子電気軌道のビルだった建物だから相当古いものだ。1階にはタイムトンネルのような通路がしつらえてあり、これを抜けると都電の三ノ輪橋電停だ。不思議な雰囲気がある。夕方だというのに閉ざされたままのシャッターの列が、そういう感覚を一層掻き立てるのだろうか。賑やかだった頃に想いを馳せた。

夕方になると休んでいたラーメン屋が再開する。結局、日比谷線三ノ輪駅の近くに濃厚鶏麺 ゆきかげという店を発見、もともと夜の部しかない店のようで、開店間もなくだったが、狭い店内にはすでに数人の客がいた。奥に1つだけテーブル席があり、あとはカウンターだ。今調べたら、新しい店みたいだね。

世間のラーメンのトレンドは何といっても濃厚豚骨、またはそこに魚介出汁を加えるダブルスープだ。年配の人はなかなかこういうのを受け付けない。先日、実家のカーチャンとしばらくぶりに幸楽苑に行ったとき、塩野菜タンメンを注文したカーチャンは「やっぱりラーメンはこれやわ」と喜んでいた。私も昭和のラーメンの魅力を知る世代なので、味噌野菜タンメンを食いながらそれに同意していた。窓の外にはカーチャンが通う病院。散々「塩分は控えるように」と言われた帰りにここでラーメンを食う背徳感がたまらないのだというw

でも私は平成のラーメンの魅力も知る世代なのだ。氷河期世代は基本的に不幸だが、昭和と平成のラーメンの両方を理解できる点は幸福だと思っている。すっかり話がずれたが、この店は鶏を炊き上げたコラーゲン系のスープ。昭和平成一貫して傍流ではあるが、がっつり食らうというより、疲れたときにほっと癒されるラーメンであり、この日の私にぴったりだった。これはリピートしたいね。

三ノ輪橋から最寄りの庚申塚まで約40分。この40分っていうのは重要で、かつては三ノ輪橋〜早稲田間全線の所要時間だった。現在はたっぷり1時間かかるようになった。国土交通省が規制でがんじがらめにするので、路面電車は遅くなる一方だ。路面電車を潰したいんじゃねえのか、そう、潰したいのである。鉄軌道より道路の方が利権になるからね。これから高齢化が進んでいくというときに私利私欲で公共交通を潰すなやダボがと思いつつも、特に急がない場合には、40分まったり8900形のシートに身を任せ、うつらうつらするひと時は至福である。
多忙で今週末も休めない。ああ旅に出たいなんて思うけど、こうして地元に縛り付けられてる分には、乗り鉄って金がかからなくていい趣味だなと思ったりもする。(イノテツ)

| 沿線散歩 | 09:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

春浅き武蔵野線沿線を歩く

武蔵野線の船橋法典駅~西船橋駅間で、線路際に結構な数の梅の木があり、それが花を咲かせているのが車窓から見えたので、うららかに晴れた日の午後、出掛けてみた。
車窓からおおよそのルートを確認しており、西船橋駅から坂を登ったり下りたりを繰り返し、およそ30分ほどでその場所にたどり着けた。

武蔵野線梅林

しかし、たどり着いてはみたものの、周辺は中山競馬場の管理地で、梅林も、左手前の生垣から先は、「関係者以外立ち入り禁止─中山競馬場」と記された札が下がっていた。こんなことは車窓からは知る由もない。したがって、その生垣の手前から撮るしかなかった。
周辺に誰もいなかったから入ってもよかったのだが、わたしは「良識ある撮り鉄」なので、立ち入り禁止の場所に入ったりはしないのだ。
結局、撮ったのはこれだけで、これだけというのもなんだか寂しいので、松戸神社手前の坂川沿いに咲いていた河津桜の写真もついでに貼り付けておこう。

坂川河津桜

梅が咲き、河津桜が咲き、沈丁花の蕾も開き始めてきた。気象庁の開花予想によれば、後3週間もすれば染井吉野も咲き始めるだろう。
こうして今年も春が巡ってくる。人生70年目の春だ(タラ坊)。

| 未分類 | 10:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

東京メトロ千代田線北綾瀬支線、いよいよ10両・直通対応に!

2019年3月1日である。
私は普段、極力元号表記を優先するように心がけているのだが、今回は国際問題なので西暦表記がふさわしかろう。
韓国に「1919派」というのが存在する。私は韓国の建国は1948年8月15日であると承知しているし世界的にもそうだが、文在寅政権のもと、急速に左傾化する韓国においては建国を1919年とする一派が力を増している。これが1919派である。
1919年3月1日、李氏朝鮮(大韓帝国)の元皇帝・高宗の死去に端を発した独立運動が起きた。世にいう三・一運動である。当初は小規模なものだったが、これに乗じてデモと混乱は拡大し、やがて暴徒化した。
結局デモは武力で鎮圧され、朝鮮は1945年の敗戦まで日本統治下に留まるわけだが、この暴動をもって韓国の独立とみなそうというのが1919派の主張である。
どだい無茶な論理なのに、なぜこんなに力を持つのか。以下は私の個人的見解に過ぎないが、当時の国際情勢に関わっていると思う。
古来より大国の狭間にあった朝鮮民族は、常に時の勝ち馬に乗ることで生き延びてきた。1910年時点では日本を勝ち馬とみなし、それに乗ったわけだ(日韓併合)。だが日本は第2次大戦で敗れた。その途端朝鮮は手のひらを返し、日本を戦犯国と呼び罵り続けている。第2次大戦中に朝鮮が日本統治下にあってはまずいという発想が、1919派に力を持たせるのだろう。
一方、第1次大戦での日本は戦勝国である。第1次大戦終結は1918年。ここまでは日本に乗ろうという1919派の思いが透けて見える。実に分かりやすいではないか。
ここではこれ以上詳しくは述べないが、まあなんにしろ、運動発生から今日で100周年。それを記念して韓国各地、そして日本国内でもなんかやり、反日感情を煽るらしいよ。卒業旅行だとか言って韓国に行くような人も、今日ばかりは本当に危ないからやめといたほうがいい。
折しも米朝首脳会談が決裂した。過去にばかり目を向け、妄想を膨らませて日本を叩くより、今まさに迫り来る現実的脅威にこそ対応しなければならないのに、それを理解している韓国人が少数に留まることがまた救われない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

北綾瀬支線ブログ

先日、知人が北綾瀬近辺に引っ越した。それ以前は大宮だったので近くなってこれ幸い、北千住で一杯飲もうぜと約束した。早めに現地に行き、時間になるまで東京メトロ千代田線北綾瀬支線の撮影をした。
北綾瀬支線は綾瀬駅から綾瀬車両基地までの引込み線を旅客線として活用しているもので、昭和54(1979)年の開業以来、綾瀬〜北綾瀬間2.1kmを3両編成の電車が行ったり来たりするだけの極めて地味な路線だった。地元民と鉄ヲタ以外はその存在すら知らないのではないだろうか。
一応地下鉄のカテゴリなのだが全線高架で沿線にこれという撮影ポイントもなく、この写真も走行中の電車最前部にかぶりつき、対向車を撮ったものだ。それだけいえば、大変つまらん路線だともいえる。
だが実際には引込み線ならでは、直通先のJRや小田急の車両、またときには東京メトロ他路線の車両が現れたりと、鉄ヲタを飽きさせない。

P1180164.jpg

北綾瀬駅である。旅客列車はここが終点だが、前述の通り、この先に車両基地があるので線路は続いている。高架がまたいでいるのは環七通りだ。
ここに来たのは5年ぶりだった。かの名車6000系の試作車であるハイフン車の引退が間近だというので葬式鉄に来たのだ。5年のうちになんか駅ビルめいたものが建ってるし、列車の本数も増えた。そう、私が以前に来たときは1運用、すなわち1本の列車が行ったり来たりしているだけだったので、1枚目の写真のように対向車を撮ることはできなかったのだ。

さて、間近に迫ったダイヤ改正では、北綾瀬支線に開業以来の大変革が起きることになっている。北綾瀬駅のホームを10両編成対応にし、本線からの電車が直通してくることになったのだ。
現在、千代田線の昼間時間帯は5分間隔、1時間に12本が運転されるわけだが、そのうち半分の6本が常磐線に直通、残りの6本は綾瀬駅止まりとなっている。今改正では、この綾瀬止まり6本のうち3本を北綾瀬まで直通させようというのである。北綾瀬支線では現在毎時6本が運転されているので、半分が10両編成の本線直通便になるというわけだ。これはもう本線扱いといっても良さそうであり、もしかしたら今後は「北綾瀬支線」の名も廃れていくかもしれない。

P1180194_2019030105255731f.jpg

北綾瀬駅は環七の手前にあり、線路は環七をまたいで基地へ続いていく。従来の出入り口は当然環七の手前にしかなかったのだが、またいだ先に増設の工事が行われている。こうして高架の橋脚そのものを増設するのであり、駅そのものが拡張される様子が実感できる。ただ、この状況で分かる通り、供用開始は今改正には間に合わない。

P1180171.jpg

今改正で供用開始されるのはこちら、駅に隣接するしょうぶ沼公園内に増設される出入口。この近辺の方が宅地化が早かったのかマンションなども多く、今後、北綾瀬駅のメインの出入口はここになるんじゃないかという気がする。

P1180186.jpg

しょうぶ沼公園は結構規模が大きく、その名の通り、菖蒲田が広がっている。季節には見事な景色になることだろう。一角には写真のような「岩屋の滝」があり、気持ちのいい水音を立てていた。都会に見事な滝があるなと岩を叩いたら、コンコンと樹脂の音がしたのが惜しまれる点ではあったが('A`)

P1180155.jpg

さてぼちぼち北千住にと綾瀬駅に戻ってきたら芸術的な夕焼けの色彩。このグラデーションをもっとうまく撮る方法はないものかと悩んだが、時間もないのでこの小田急車に乗り込んだ。



このまとめ動画では、今回の話以外にも追加で撮影したものや5年前のカットを入れたりして、私の動画にしては結構見てもらっています。私の場合、鉄ヲタ動画であってもどっかしらに癒しカットを織り込むようにしているので、まあ基本はかなりマニアックな内容ですが、そうでない方にも見てもらえたら嬉しいな |∀・)(イノテツ)

| 都会の鉄道 | 07:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

関西から姿を消す105系(2.桜井線)

P1170866.jpg

これは何かっつうと冷凍中華麺です。見れば分かるか |∀・)
でもこれは市販の冷凍麺ではなく、うちで生麺を茹でて冷凍保存したものなのね。
この時季はやっぱり鍋。鍋のシメとしてのラーメンが欲しいということで市販のものを色々探したのだが、結局どれも気に入らなかった。乾麺や生麺は鍋の汁を吸ってしまう上になんだか粉っぽい。すでに茹でてあるやつは食感からして論外。いちばんいいのはその都度生麺を茹でることなのだがめんどくさい。そもそもめんどくさいから上記のような商品が販売されている。茹でてある冷凍麺を解凍して鍋にぶっ込むのが楽で美味そうだが、麺だけとなると、思いの外売っていない。蕎麦やうどんはあるのに、中華麺はなぜかない。しょうがないから自分で作るかと思い立ったのだ。
作り方は簡単で、市販の生麺をサクッと茹でて水で締め、適当な容器に入れて冷凍庫に入れるだけだ。ただ、何度か試していていくつかコツを見つけたのでメモしておく。よかったら参考にしてください。

1.太麺を選ぶ 多分これがいちばん大事。言い換えれば茹で時間が長いものを選ぶってことかな。それというのも、家庭用の冷凍庫では凍るまでに時間がかかり、その間にのびてしまうから。細麺だと、どうしてもコシが残らないわけです。
2.サクッと茹で上げる 茹で時間4分とか5分とかの麺を、そうだな、30秒くらいであげちゃえ |∀・) 博多ラーメンの粉落としなんかは2〜3秒であげちゃうそうで、正直賛成できない食い方なんだけど、でもそんなノリで打ち粉さえ落とせればいいや程度で茹でてください。特に鍋のシメならどうせあとでグツグツ煮込むのだから、少々茹で足りないくらいでちょうどいいです。
3.冷凍庫内で容器を重ねない 一刻も早く凍らすためです。写真の容器はダイソーで売ってた500ml容量のもの。フタも完全には閉じないで、凍結してから密閉したほうがいいでしょう。

この方法が便利なのは、好きな量に分割できること。市販の麺のひと玉は大抵少ないので、私などは4玉入りのを買ってきて茹で、3分割にして冷凍するとちょうどいい量になります。逆に食の細い人は5分割にして保存してもいいよね。
私自身、また試行錯誤の途中なので、もっといい方法があったら教えてもらえたら嬉しいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ってことで、無駄口枠書くだけで疲れちった('A`) でもメイン部分も頑張って書くので読んでいってね。

P1170200.jpg

和歌山市駅からひたすら105系に乗る葬式鉄の旅は和歌山線から桜井線に入った。この沿線に来たのは確か学生の頃以来だと思うので記憶も遠かったのだが、まあなんというか撮影ポイントで悩むような沿線ではなさそうだったので、適当に巻向(まきむく)駅で下車。この響きに惹かれるのは日本史好きな人でしょう。そう、纏向古墳の最寄駅になります。まあ、ここまで来て纏向古墳に行かないのが相変わらずのひねくれ旅である |∀・)

P1170205.jpg

柳本駅方面へ歩いていく。青い空と白い雲、そして刈り入れ間近の田んぼ。暑くも寒くもない理想的な陽気の中、私は快適に沿線を歩き回った。歩数計で確かめると、私はこの旅で連日3万歩以上歩いていた。体は弱くとも歩くのが好きなのだ。それでも痩せる気配は全くなかったわけだが('A`)

P1170216.jpg

沿線は柳本古墳群の中にある。スマホで見ていて明らかに前方後円墳っぽい地形を見つけたのでそこへ向かって歩いてみたらここ、黒塚古墳に着いた。決して大規模な古墳ではないが、柳本駅に程近く、また墳丘を歩けるように整備されているのだった。写真のように濠も残っており、墳丘へは橋を渡っていく。
日本各地、および朝鮮半島南部に数多残る古墳だが、大抵は誰の墓だかよく分かっていない。最大の古墳である仁徳天皇陵ですら、本当は仁徳天皇の墓ではないだろうといわれている。本当のことを知りたいところだが、天皇陵の調査は禁じられている。知識欲を持て余すが、エジプトのピラミッドとは違い、現存する王家の墓を暴くことはさすがにはばかられなければなるまい。
ただ、この黒塚古墳は天皇陵ではないので調査が行われて貴重な副葬品が出てきたそうだ。この辺のことは産経新聞のコラムに載っていて興味深く読んだ。なんでも、築造後まもなく地震があって石室が潰れたために盗掘を免れたのだという。

P1170240.jpg

電車に乗り、次は畝傍(うねび)駅で下車し、風呂に入って飯を食い、買い物をして帰京の準備に入ったのだった。私の祖父はここ辺り出身の僧侶だったのだが、その寺にお参りする時間まではなかったのが残念至極。法然上人二十五霊場の一つだそうだし、長らく行きたいと願ってきたが、今回も叶わなかった。特に時刻表を見ていたわけではなかったが、奈良駅からまったり大和路快速なんかに乗ってたら新大阪からの東京行き新幹線が最終列車だった。危ねえ危ねえ。だって、関東の者からすると転換クロスは本当に快適なんだもん。



で、こちらがまとめ動画です。ブログの画像程度なら動画から切り出せてしまう昨今。動画のサムネ画像と今日の2枚目の写真は、そういうわけで同じものです |∀・) もっとも、4Kで撮ると重くなるので、それこそ昔、動画用とスチル用でカメラを2台構えてたような場面でなければ相変わらずフルHDでの撮影にとどめているのが現状です。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 06:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

関西から姿を消す105系(1.和歌山線)

しばらくぶりの更新ですが、早速宣伝の時間です |∀・)
年に数冊、鉄道関連の書籍のデザインやレイアウト、また写真提供なんかをさせていただいているのですが、今年の一冊目がこれ、完全保存版 鉄道伝説 ~昭和・平成を駆け抜けた鉄道たち~(辰巳出版)です。
タイトルからお分かりの通り、BSフジで放送されていた同名番組を書籍化したものです。もちろん全部ではなく、583系とかキハ181とか碓氷峠対策とか、わかりやすいネタを選んでる感じですね。もともとこの番組、白黒のスチル写真を多用していたので、口絵以外は白黒の紙面でもあまり違和感なく読める気がしています。ただ、いささか芝居がかったナレーションが活字化されると、読んでてこそばゆい感じはあるかな。まあその辺を中和できるように、あえて古めかしい書体を使いました。
今日は品川で打ち合わせがあり、その帰り、三田から巣鴨までの都営三田線車内でこの本を読みながら過ごしたんですけど、結構楽しく読ませてくれました。この仕事しててこんなこと言うのもアレですが、日本語は本来縦書きで読むものなんだなあと再認識した次第です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

P1170139.jpg

たわわに実りつつ、誰も収穫しない柿の木を見ると、そこはかとない哀愁を感じる。
民家の柿を勝手にもいで、カミナリオヤジに怒鳴られ逃げるガキという昭和の定番ネタ。いわゆる柿泥棒は、僧侶の娘である私の母ですらやってたらしいw だがそんな母も今や老境を迎え、庭の柿の木の世話がしきれないから切り倒したいと言うようになった。「桜切る馬鹿、柿(梅)切らぬ馬鹿」という言葉がある。園芸用語だと思うんだが、柿の木はほっとくと無計画に生長、結実して自重で折れる(ノ∀`)アチャー 効率的に収穫するには適度に枝を落としてやることが必要だという意味である。もうそういうことをできる人がいなくなったという光景はその地域の衰退を意味しており、寂しさを禁じ得ない。

ていうか2月に秋のネタか、随分引っ張ったもんだな |∀・) ここは和歌山県。和歌山線の西笠田駅で下車、今回は隣の笠田駅まで歩いてみたのだが、意外と駅間があって疲れた_ノ乙(、ン、)_

P1170145.jpg

沿線に魅力的な丘があり、こういう俯瞰写真を撮るために登ったり下りたりを繰り返したせいもある。撮影時は朝なのだが、地図を見る限り順光は午後になる。写真上に流れているのは紀の川であり、うまくすればいかにも和歌山線といういい写真が撮れるはずだ。私にはできなかったので、みなさん頑張ってください。

P1170151.jpg

というのも、現在和歌山線の主力である105系の引退が近く、時間がないからだ。後継になる227系もいい車両だが、いかんせんステンレス車体は田舎の風景に合わない('A`) 鋼鉄車体にべっとり塗装された車両にこそ味わいがあるわな。
JR西日本は金がねえんだアピールのために国鉄型の鋼鉄車に対して塗装の簡略化、単色化をしており、和歌山線の105系もこのような青緑に塗り替えられた。
だが、和歌山線の105系は常磐線の103系1000番代が種車であり、実家が常磐線沿線の私にとっては、むしろこの方が往年の雰囲気に近くて好感が持てる。幌が付いていかつくなり、常磐線時代、また地下鉄千代田線に直通していた頃よりかっこいいんじゃねえかと個人的には思っている。

P1170169.jpg

笠田駅に近づくと古き良き町並みに心奪われた。うわあ昭和だ、もう平成も終わるというのに昭和だよぉとむせび泣きながら歩き着いた駅がこれである。たまらん。たまらんわ(;´Д⊂)

P1170177.jpg

駅に和歌山行きが進入してきた。あれ、さっきのと顔が違うじゃんという方のために、105系についての簡単なうんちくを垂れてみようと思う。
105系は地方向けの通勤型電車である。まずは新製された3扉のグループと、先述の103系1000番代から改造の上編入された4扉のグループがあることを押さえよう。
和歌山線の105系は全て後者だが、なぜ顔が2種類あるのか。先に挙げた幌の付いたゴツい顔が103系1000番代オリジナルの顔である。だが、長大編成を組んでいた103系1000番代は先頭車が少なかった。短編成が中心の105系では先頭車が大量に必要なので、足りない分は中間車に運転台と顔を継ぎ足した。それがこちらということになる。つまり、この顔の電車が常磐線〜千代田線を走ったことはない。
これを「先頭車化改造」と一般に呼ぶのだが、583系を改造した通称「食パン」を代表例として、現在に至るまで大概はキワモノ的外観を呈する結果になる。そんな中、この105系の先頭車化改造は趣味的な面白みには欠けるが、丁寧な仕事をしていると率直に思う。
103系と105系は何が違うかというと、長大編成が基本の103系では電動車が2両で1組になっているのに対し、105系では1両で完結していることだ。よって、103系にモハ102形が存在するのに対し、105系にモハ104形は存在しない。うわ、ブログの趣旨に反して微妙にマニアックになっちった |∀・)

P1170186.jpg

吉野口駅でのしばらくの停車時間でホームに降りると、近鉄吉野線の電車がやってきた。この6029Fもリニューアルを受けつつ半世紀走っている車両であり、105系共々見逃せない存在である。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 01:12 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT