きまぐれ 鉄道日和

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今、再びの田浦梅林へ

「今、再びの奈良へ」という、JR東海のTV・CFが気に入っている。
あれを見ると、たまらなく冬の奈良を歩きたくなってしまう。

それはともかく、昨年に引き続き、今年も田浦梅林に出かけて来た。
昨年は、こんなところに来ている場合ではないという状態のなかで、その後、2月から3月、4月はじめ頃まで、それこそ、嵐のような日々が続いたのだったが、今年はそういうものはない。3月はじめに予定されている2泊3日の検査入院が、気の重いまま徐々に日が迫っているぐらいだ。

田浦に出かける前日に、その入院前検査があり、MRIやらレントゲンやら心電図やらを撮り、耳たぶに針を刺してどれくらいで血が止まるかの検査も受けた。血が止まるまで3分ちょっとかかり、それが遅いのか早いのか看護師さんに尋ねたら「フツー」と答えていた。
最後に検査に関する説明があり、看護師さんが、「手術当日は」とか、「手術に際しては」とか、「検査」ではなく、「手術」という言葉をしきりに使う。
検査室ではなく手術室でやるみたいだし、本人だけではなく、親族の同意書も必要みたいで、「検査」というより、はるかに「手術」に近いもののようだ。
手術室でやるのは、緊急時(おい、おい)に即対応できるからのようだが、同意書を書かされるのは、何かあっても文句言わないでね、訴訟起こさないでね、ということだろう。
話を聞いているうちに段々受ける気が失せてきた。来週、その検査結果に関する説明があるようなので、数値がそれほど深刻なものではないようなら、今回は検査を見送ろうかという方向に気持ち的にシフトしてきている。

その翌日の梅見散策は、ちょうど、厄払いのような感じになった。
昨年同様、今回も、そのほうは交通費が安いからという理由で、JR田浦駅ではなく、京急の安針塚駅を起点にした。
京急品川駅で、都営線からの三崎口行きの特急を見送り、その後の品川始発の久里浜行きの快特に乗った。品川始発ならクロスシートなのではないかと思ったからだが、残念ながらロングシートだった。
金沢八景で各停に乗り替えて安針塚駅で降りる。昨年は駅前から道々に「田浦梅まつり」の幟が立っていたが、今年は立っていない。まだ梅まつりがはじまっていないのかもしれない。
京急の線路際の梅林の登り口にある梅も、まだちらほら程度しか咲いていなかった。昨年はそこに灰皿が設置されていたが、今回はなくなっていた。
全体にまだ蕾状態の木が多かったものの、日当たりの良いところでは花を咲かせてくれている木もあった。

紅梅

白梅

登るにつれて眼下に海が見えてくるようになる。

横須賀港

戻りがてら、大六天神社にも立ち寄った。

大六天神社

山を降りて再び安針塚駅に戻り、横須賀中央まで行って、昨年同様、その駅ビルにある「仕立屋」という店で昼をとった。昨年は鮪竜田揚げ定食を食べたが、今回は、焼き魚におでんがついた和定食にした。鎌倉の「仕立屋」でも食べたことがあるけれど、ここは結構美味しい。
横須賀中央から品川行きの快特(これもロングシートだった)に乗り、京急蒲田で各停に乗り換えて新番場で降り、品川神社にお詣りした後、北品川温泉天神湯の黒湯に入って、今回のショートトリップも終了した。

さて、検査を受けるかどうか、決断をせねばなるまい(タラ坊)。

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JR可部線復活区間で試運転開始(3)

「いやはや早いですね、もう1月が終わってしまいました」。そんな時候の挨拶で始まったラジオ番組。それに対してコメンテーターが、「私なんか昨年の続きで13月が終わった気分ですよ」とか、俺は忙しいんだぜ感を醸しておったのであるが、そう言われてみれば、私も全く同じ感覚だったりする('A`)
何せ、昨年の年末進行が完全に破綻し、進行中だった仕事のほとんどが年をまたいでしまった。先日、ようやく鉄道もののムックを1冊入稿できたが、危惧した通り過労で数日寝込むなどしたので、まだまだ区切りがつかず、13月どころか14月に突入だ。
私の場合、過労に陥ると酒が飲めなくなるのがサインだ。5日ほど全く酒を飲まなかった。普通の人だと5日くらい全く当たり前のことだと思うが、アル中の私の中では事件である。こんなときのために漬け込んである特製薬用酒すら喉を通らず、意味ないじゃんかと嘆きの病床だった。だがここのところ、ようやくこれが飲めるところまで回復してきた。生姜、ニンニク、唐辛子などを漬け込んであるのでとにかく温まる。虚弱な体をだましだまし、もう一踏ん張りせねばなるまい。

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可部線ネタは前回で終わりにするつもりだったのだが、可部〜三段峡間廃止直前の頃の写真が出てきたので、懐古ネタとしてうpしてみることにした。

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三段峡駅に停車中のキハ40 2047である。この車は現在は首都圏色(タラコ)に塗り替えられて岩徳線あたりを走っているらしい。記録によると平成14(2002)年12月31日の撮影だ。廃止の約1年前ということになる。

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広島市内だけの短い路線となった現在の可部線からは想像もつかないが、廃止区間、中でも末端部は全くの山間のローカル線であり、1日わずか5本の運行。私が乗車したときも、賑わう車内の大半は明らかに鉄ヲタであり、公共交通機関としての役目はすでに終えているとの印象が濃かった。
三段峡はこのように立派な駅舎を構えていたが、すでに解体されており現存しない。また、最後まで委託駅であったので窓口で常備軟券を買うことができた。確かに出札の様子を覚えているが、なぜか手元にそれが残っていない。金がなくて買わなかったのだろう('A`) 蒐集鉄の私にしては全く不覚だった。

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当時の可部駅である。電化区間のみで折り返す列車用の頭端ホームが1・2番線で、三段峡方面へ行く列車が発着したのが3番線だった。頭端ホームを擁する駅というのは、いかに小規模でも旅情をそそるものである。

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で、これが現在の様子。頭端ホームの1・2番線は使用が停止されており、近く撤去されるらしい。当時の3番線が1番線になり、側線のあったところにホームが新設され、それが2番線になっている。駅の機能が南にずれ、対面ホーム2面2線の構造に変わったわけだ。つまり、全くの途中駅になったということである。

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3月の改正時刻はまだわからないが、状況証拠からすると、現在の可部行きは全便あき亀山まで行くことになるだろう。可部線から可部行きがなくなるとすれば、おそらく初めてのことだと思う。代わりにあき亀山駅が頭端式の地平駅となったが、現場で見ると、なんというか、旅情みたいなものはまだ感じられなかった。そういうものを纏うには、ある程度の年季みたいなものが必要なのかもしれない。復活区間にできた新駅が景色に馴染んでいくのを見るのも楽しみだといえるだろう。(イノテツ)

| 鉄ヲタ紀行 | 06:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日は、鎌倉日和

久しぶりに鎌倉に走りに行って来た。
前、来たのはいつ頃だったろう。多分、鎌倉で句会をやった、昨年の9月以来ではないかと思う。
今回はこれも久しぶりに北鎌倉から入った。
まず、駅際の円覚寺を参詣する。禅刹らしい清澄さがあって好きなお寺のひとつだ。
境内の紅梅が、早くも少し花を着けはじめていた。

鎌倉2紅梅

円覚寺から線路沿いを歩き、次は明月院を訪ねる。紫陽花の時期はごった返しているものの、この時季は静かだ。ここは蠟梅の木が多く、これも少し花を着けはじめていた。

鎌倉1蠟梅

明月院から東慶寺へ向かう途中の線路際に、数人がカメラを構えて屯している所があったので、私もちょっと立ち寄ってみた。

鎌倉3横須賀線

左側に「鉢の木」と書かれた看板が見るけれど、ここは精進料理の店だ。謡曲の「鉢の木」に因む命名らしく、立原正秋が店名を揮毫したというようなことを、昔、取材したときに聞いたことがあるような気がするが、はっきり覚えていない。
しかし、こうして改めて見ると、横須賀線というのは、やはりつまらない。もっとも、鎌倉に来る人の90%くらいは、横須賀線がどんな車輌であろうと恐らく関心はないだろう。
東慶寺から浄智寺へと廻る。浄智寺には、私が好きな澁澤龍彦の墓がある。
その後、扇ガ谷の切通を抜けて浄光明寺、海蔵寺とお参りして、鎌倉駅へと出た。
まだ松の内だけあって、鎌倉駅周辺は人であふれていた。
江ノ電駅裏の「カフェ・ロンディーノ」でツナトマ(ツナとトマト)スパゲッティとコーヒーで簡単に昼食を済ませ、さらに妙本寺、ぼたもち寺、安国論寺と廻ったが、なんだかそれだけでいささか疲れてしまった。走りに来るときは、お寺めぐりは少しセーブしたほうがよさそうだ、というのが今回の結論だった(タラ坊)。

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JR可部線復活区間で試運転開始(2)

いわゆる慰安婦問題をめぐり、「最終的かつ不可逆的に」解決したとする日韓合意を覆す動きが韓国で活発化している。日本は合意に基づき安倍首相が謝罪し、政府として10億円を拠出したが、例の少女像は撤去されないどころか新たに釜山に設置され、行政側も「市民」の圧力に屈してしまった。駐韓大使と総領事の同時帰国やスワップ再開協議の停止など、日本の厳しい対応は当然である。
そもそもこの「慰安婦問題」なるものは朝日新聞がでっち上げた虚構であり、安倍首相は必要もないのに謝り、10億円は盗人に渡した追い銭なのだった。では、なぜこんな無駄なことをしたのだろうか。おそらく、日本側に「どうせまた蒸し返してくる」という読みがあって、そうなることで国際社会に韓国の異常性を晒せると踏んだからだろう。であれば、むしろ最大限の誠意を見せておいたほうがいい。今回の合意には、米国など第3者の証人を得る仕掛けがあったからだ。案の定「強請ればまた出てくる」と、韓国はいつものように思ったらしい。だが、今回出てきたのは金ではなく制裁だったのだ。件の10億円はいわば手切れ金だったのだと気づいていなかったのだろうか。潮目は変わった。
韓国では朴槿恵大統領が職務停止となって権力の空白が生じている。国民の無知がもたらす、感情的な行動が野放しなのも不幸なことだ。後任の大統領は誰であろうと間違いなく反日主義者であり、彼によって合意は完全に反故にされるだろう。国際的な約束が守れない国、規律よりポピュリズムが優先してしまう国、そういうイメージが国際社会に広がるのは国益に反するはずだが、たった今溜飲を下げるために後先のことを忘れてしまう。これが、韓国が官民共通して抱える宿痾というやつだ。

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【前回のあらすじ】
JR可部線で始まった復活区間での試運転列車を見ながら、あき亀山駅まで歩いた。

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あき亀山駅近くの民家である。庭先に復活までの日数を示した看板が掲げられ、カウントダウンが行われている。あき亀山駅は今回の路線復活によってできた新駅であり、廃止前にもなかった駅だ。また廃止前より運行本数は激増、一挙に交通の便が良くなるのだから、指折り数える思いなのはよく分かる。

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その一方、駅舎も頭端駅のそれとして建てられ、その先の区間の復活がないことを強く印象付ける構造となっている。こうして路盤は残されているのだが、大きく明暗が分かれた。
さて、向こうの山の中腹に住宅が立ち並んでいるのを私は見逃さなかった。あそこまで登れば、復活区間を俯瞰できるんじゃなかろうか。そんなに大変じゃなさそうだし、行ってみることにした。

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坂道をしばらく登っていくと、なぜか途中に旧河戸駅を発見。もちろんてんで線路から離れたところであり、この駅名標と待合所は移設したものだろう。河戸駅も、復活区間にありながら再開することのない、いわば影の存在だ。wikipediaによると待合所は取り壊されたことになっているが、ここにあるのは当時のものだと思う。
なんていう可部線ゆかりのものがあるので疑いもしなかったが、道を間違えた('A`) 目的の住宅地へはもっと簡単にいく方法があったのだが、随分遠回りをしてしまった。

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だがその眺めは期待以上で、あき亀山駅の配線や真新しい復活区間の線路、奥には途中駅の河戸帆待川駅も確認できる。ここでは線路がよく見えるようにトリミングしたが、奥の山並みや、右手を大きく流れる太田川の様子も合わせて大変いい景色。この高台に住んでる人はこれを毎日眺めてるのか、ええなあ。まあもっとも、年取ったら下界との行き来に難儀するかもね。

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線路沿いに降り、河戸帆待川駅近くの歩道橋から撮った写真がこれ。金網が写り込んでしまった('A`) さっきまでいた高台の住宅地が写っている。やってきた列車は、すっかり少数派となった113系、しかも広島色である。テールライトが点灯してたり、もしかすると貴重な写真なのかもしれないのだが、それだけに金網対策の甘さが悔やまれる。
これにて撤収。可部駅に戻ると、かつて電化区間用に使われていた頭端ホームが閉鎖されているのに気づいた。可部駅の終端駅としての歴史は14年で終わる。それは大変めでたいことだが、頭端ホームを失ってしまうことには、一抹の寂しさを感じた。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 10:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日は、富士急日和

お正月の3日に富士急に乗りに行ってきた。
なぜ3日かと言えば、3日までなら大月まで「休日おでかけパス」が使えるからだ。これを使うと使わないでは交通費で1200円以上の差が出る。わずかばかりの年金でつましく暮らしている身にはこの差は大きい。
それはともかく、今回は、高尾から「ホリデー快速河口湖行き」に乗れたので、大月での乗り換えなしで富士急に直通乗り入れすることができた。このホリデー快速は特急車両を使っており、それほど混んでもいなくて快適だった。
大月を過ぎてしばらくして、ああ、菊花山へ登る途中で見えるのはこの辺りかと思うところを通過する。
ホリデー快速は大月を出ると、都留市、都留文科大学前に停まり、その次が三つ峠駅だった。そこで降りる。

富士急三つ峠駅

駅員のおばさんに「がんじゃ踏切」に行く道を尋ねると「あー、写真を撮られるのですね。今日は天気がいいのでいい写真が撮れるでしょう」と言われた。どうやら有名な撮影ポイントであるらしい。
余計なことながら、駅にアルバイト駅員募集の案内が張ってあった。時給800~850円で、切符の販売や精算、駅構内の清掃が主な仕事らしい。そのおばさんもそうなのだろう。
それはともかく、教えられた通りに行くと、約20分ほどで、その「がんじゃ踏切」に着いた。
いかついカメラを三脚にセットした、いかにもという雰囲気の人が4~5人集まっている。私ごときがその仲間入りするのはおこがましいのだが、スマホを構えている人もいたのでいくらか気が楽になる。それに、せっかく来たのだしと思い、割り込ませてもらうことにする。
ところが、車内から見た富士山はあんなにきれいだったのに、現地に着いてみると雲に覆われてしまっていた。

富士急がんじゃ踏切1

う~む、残念。最初の列車が通り過ぎた後、一旦雲が流れて山頂が望めたものの、次の列車が来る頃には再び雲に覆われてしまった。
諦めて駅に戻ろうと歩き始めてしばらくして振り返ると、雲が流れて山頂が顔を出し始めていたので再び踏切に戻った。

富士急がんじゃ踏切2

三つ峠駅へ戻り、次は十日市場駅からほど近いという「田原の滝」へ行ってみた。
ネットの富士急撮影ポイントガイドでは、そこは順光・逆光関係なしとなっていたのに、見事に完全逆光だった。
午前中か、あるいは高曇り程度のときであれば、もっときれいに撮れるかもしれない。

富士急田原の滝

十日市場駅に戻ると次の大月方面が来るまで少し間があった。トイレに行きたかったのだが、駅にトイレがなく、隠れてできるような場所も周囲にない。こんなとき、トイレが近い年寄りは困る。我慢しながらやっと来た列車で次は禾生駅で降りる。ここにはトイレがあり、三つ峠駅と同様、駅員のおばさんがいた。
禾生駅からは、駅からほど近いという禾生橋に行ってみた。ここもネットの情報では順光・逆光関係なしとなっていたのに、やはり逆光だ。

富士急禾生橋

やや消化不良気味の気分を抱いたまま大月駅へと戻る。また、来年のお正月にも来てみよう。それでもお天気もよく比較的温かくて、気持ちの好い1日を過ごせた。
今年もこうして無事お正月を迎えられてありがたいと思う。後何回お正月を迎えられるかわからないけれど、その1回1回を大切にしたいと思う(タラ坊)。

| 未分類 | 09:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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