きまぐれ 鉄道日和

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【鉄ヲタとアウトドア】中央本線と大城山


覆水盆に返らずである。稀代の大ボラ吹き・吉田清治の嘘から始まり、朝日新聞が執拗に書き立てたことで日韓関係を破壊した慰安婦問題。吉田が虚偽を認め、また朝日新聞も一連の記事を取り消したが、一人歩きを始めた虚偽には異次元的な尾ひれがついて、最早手がつけられない。
吉田は生前、韓国に私費で「謝罪碑」なるものを建立していた。そこに刻まれている碑文も当然虚偽である。一連の大ボラで、こんな碑を建てられるくらい儲かっていたわけで、実に腹立たしい。吉田の長男は現状を憂い、この碑文を消すことを思い立ったのだった。
これを引き受けたのが元自衛官の奥茂治氏である。当初、碑文の刻まれた石板をひっぱがす予定だったのだが難儀なので、上から「慰霊碑」と刻んだ石板を貼り付けることにした。この碑は吉田の私物で長男に相続されており、一連の作業には何の問題もない。
だが奥氏はとっ捕まった。出頭を求められ、自ら韓国に渡って進んで逮捕されたのだ。何法に引っかかったのかは不明だが、おそらく国民情緒法違反なのだろう。以前、韓国紙の記事を引用しただけでとっ捕まり、裁判にかけられた産経新聞の記者もいた。国民情緒法は、憲法や条約の上位に位置する恐ろしい存在である。
奥氏ははじめから、こうなることを覚悟の上で引き受けたのだ。裁判にかけられれば、そこで吉田の虚偽を訴えるつもりだという。韓国人は吉田に騙され、ありもしないことのために怒り、恨んでいる。怒りや恨みはストレスである。しかもそれが嘘によるものなら尚更だ。この問題の解決は、日韓両国民のためになるのだ。奥氏の勇気と行動を心から讃えたい。
撒き散らされた覆水を片付けるという、困難かつ気の遠くなるような作業が始まっている。だが、産経以外の大手マスゴミは、例によって軒並みスルーを決め込んでいる。

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お仲間に入れてもらっている登山のグループで、今回は長野県辰野町にある大城山方面に連れて行ってもらった。地図で見ると、下のような場所である。



鉄道に少し詳しい人なら、中央本線が諏訪湖のあたりで旧線と新線に分かれていることはご存知だと思う。明治39(1906)年の開業当初のルートが辰野経由の旧線で、今回登った大城山を回り込むような形で大きく南に迂回している。これには政治の力が働いたといういわゆる我田引鉄説と、山をぶち抜いてトンネルを掘る土木技術が未熟だったという説がある。
その後、昭和58(1983)年に塩嶺トンネルが開通し、みどり湖経由の新線がメインルートになると旧線は寂れ、現在は短編成の普通列車が時折発着するのみである。
今回、登山口に向かう車中で「で、辰野駅には何があるの?」と問われた私はこう答えるしかなかった。「かつての栄華の名残と、それが醸す寂寥感ですかね…」。
さて、大城山へは道路が通じており、登山口に車を止めると、少々の登りで山頂に着いてしまうのだった。労せずして素晴らしい展望が得られる。

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辰野の街が箱庭のように眺められ、画像の左下、辰野駅構内に進入していくのは中央本線のE127系である。また、右中央方向へ飯田線が分岐していく様子も見える。天竜川(中央上)に合流する直前の横川川に橋がかかっており、ここを渡る列車を撮れたらかっこいいと思われるが、他のメンバーの手前、長々とは待ってられないのだった('A`)
ここ、昭文社の「山と高原地図」の範囲から外れているために盲点だったが、辰野駅から歩き始めて山中を北上、岡谷駅へ抜けるコースも考えられる。鉄道でアクセスし、駅から駅へというのが本来の私のスタイルなので、改めて訪れるのも面白いなと思った。鉄道俯瞰ポイントとしては一級品である。まあ、来る列車がしょぼいのが惜しまれる点ではあるのだが。

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ここからしばらく山中を歩いていくと「日本中心のゼロポイント」という所に着いた。北緯36度ちょうど、東経138度ちょうどという端数のないポイントなのだ。こういうポイントが日本には40箇所ほどあるらしいが、中でも最も日本の中心に近いのがここということらしい。つまり、それが珍しいのであり、これという展望があるわけでもないので、我々は記念写真を撮るとすぐ来た道を引き返した。

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開放的な林道を歩いていく。北緯36度00分47秒、東経137度59分36秒と、ゼロポイントからはちと外れた所に、この日本中心の標がある。ゼロポイントの景色に不満が残る向きには、ここも合わせて訪れることをお勧めする。近くに展望台もあり、眺めは非常にいい。ただし鉄道俯瞰はできない。また、林道を使って車で入ることも可能というあたりは評価の分かれ目かもしれない。
一同、ここで食事にし、なんだか急に雲行きが怪しくなってきたところで下山にかかった。
辰野駅から岡谷駅のコース、いつか実現してみたい。(イノテツ)

| 鉄ヲタとアウトドア | 02:53 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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雨の季節の前に

6月7日だったか8日だったかに気象庁が関東、甲信地方も「梅雨入りしたと思われる」という発表をしたものの、その後、雨らしい雨が降らない。しかし、いずれにしろ雨の季節は間近だろう。その前にと思い、6月11日の日曜日に鎌倉へ走りに行ってきた。
おりから紫陽花の季節であり、おまけに日曜日とあって、鎌倉はどこもかしこも人であふれていた。腰越から乗った江ノ電は、「混雑のため」とかで数分遅れとなっており、長谷から先は、それこそ朝の通勤ラッシュなみの混雑だった。
いつも思うことだが、江ノ電は儲かってしょうがないだろう。この乗客の半分でも、いすみ鉄道や銚子電鉄に分けてやれればいいのだが…。

紫陽花

それはともかく、先日UPした「おこがましいデジャヴュ体験」で、私が撮ったのと同じ構図で中井精也先生が撮ったものが「一日一鉄」に載っていたと書いたが、せっかく中井先生が「こうやって撮るんだ」と示してくれたので(そんなわけはないが)、改めて、腰越の満福寺でお地蔵さん越しに江ノ電を撮ってみた。
う~む。でも、やっぱり、なんか違うなぁ。
お地蔵さんが少し大きすぎたかもしれない。

お地蔵さん

瞬間的に、これ以上でもこれ以下でもないというものを決められるというのは、やはりプロのなせるワザだろう。

満福寺から小動岬下の海へ出ると、いつもより遠くまで岩伝いに行けるようになっていたので、その岩の上から江ノ電を撮ってみた。

小動岬

先日までNHKで「つばき文具店~鎌倉代書屋物語~」という、鎌倉を舞台にしたドラマをやっており、しみじみしたなかなか良いドラマだった。そこでは、妙本寺や腰越漁港なども出て来て、それを見ながら、鎌倉に暮らすというのは、経済的な意味ではない豊かさのようなものがあるように感じた。

その日は材木座・五所神社の例大祭とかで、材木座の通りは法被姿の老若男女で賑わっていて、清水湯で着替えて海へ出ると、ちょうど、お神輿の海渡りをやっている最中で、2基のお神輿が海のなかで競り合っていた。
清水湯も祭りの参加者らしき人で混み合っており、背中一面に入れ墨を入れた人もいた。

しかし、雨が降らない。降らないほうがありがたいのだが、稲をはじめとした作物の生育に影響がでなければいいのだが、と思う(タラ坊)。

| 未分類 | 17:44 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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惜別・都電7000形…60年の歴史、ついに終焉

一橋大学での百田尚樹氏の講演会が中止に追い込まれた。氏を差別主義者だと決めつけた学内団体による執拗な圧力に、実行委員会が屈したのだ。最終的には身の危険すらほのめかされたらしいから危険な団体だ。講演のチケットは好調な売れ行きを見せていたらしいが、少数の大声、いわゆるノイジーマイノリティが表現の自由、大学の自治を粉砕してしまった事実に、憤懣遣る方ない。まあ、私が出た大学は仏教系なので、正直、大学の自治っつってもピンとこないんだけどね |∀・)
百田氏は保守の論客であり、関西弁の語り口は確かにお世辞にも上品とは言い難い。だが、その内容に差別表現を含んだことは、私が知る限りない。例の団体の会長は韓国人だとかいうが、彼らの言う「差別」や「ヘイト」は自分らの主観と偏見に過ぎない。それが際限なく拡大解釈されていき、こうして発言そのものを封殺するに至ってしまった。彼らにとっては、言論の自由に屁ほどの価値もないのだろう。自分の価値観のみが正しく、他の意見は無条件に悪なのである。そんな狭い視野では、健全な民主主義を語ることなどできない。
そしてさらに由々しき事に、この言論封殺には現職の国会議員も関わっていた。民進党の有田芳生氏である。毎度不思議だが、どうして平気でこんな乱暴なことができるのだろう。異なる意見、価値観も尊重されなければならない。その上で意見がまとまらなければ多数決というのが民主主義の掟である。彼らは、国会議員レベルですらそんな基本的なことを理解していないのだろうか。怖い人たちだと薄ら寒くなる。

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これは都電の大塚駅前電停に掲示されていた写真である。7000形の引退は7500形以来の形式消滅でもあり大きな話題になっている。
ナウなヤングである私が生まれた頃には、都電はすでに三ノ輪橋〜早稲田間だけになっており、過去の名残で2系統に分かれて運行されていた。それが直通運転するようになりワンマン化されて現在に至るわけだが、その過程で、7000形のうち31両の車体を新しいものに載せ替え、なんちゃって新車に仕立てたのが現在の「更新7000形」ということになる。つまり、いわゆる「大都電時代」を経た最後の車両なのだ。

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長らく全く当たり前の存在だった7000形は昨年度末での引退がアナウンスされていたが、週末のみの運転という形で1両だけが運行を続けていた。最後の1両に選ばれたのは、予想通り、更新7000形のオリジナル塗色に戻された7022号車だった。

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葬式鉄が苦手なので、この撮影はさよなら運転の1週間前のもの。6月らしくない澄んだ青空に恵まれ、私はいつものようにカメラを向けた。「ありがとう7000形」のヘッドマークを付けている。7022が最後まで残ったのは、ヘッドマークを装着できる特別仕様車だったこともあるだろう。

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再開発が成った大塚駅南口の広場を行く。変わりゆく景色を眺めながら、ここを何回行ったり来たりしたのだろう。
7022は転属を経験した最後の車両でもある。青山→大塚を経て荒川に来ている。現在、都電の車庫は荒川しかないので、他の車両は全て荒川生え抜きということになる。なお、一足先に運用離脱した7001(1枚目の写真、赤帯の方)も当然大都電時代を経験した車両なのだが、昭和30(1955)年の新製配置以来、1度も荒川を離れたことがなかった。

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その後急に曇ったので、時間が飛んで夜の写真だ。この日の撮影が最後になるとわかっているのに、またクロスフィルタとか付けて遊んでしまった。それにしてもどうにかならんのかこの過剰効果('A`) 周囲が暗いと、際立った光がより強い光条になってしまうものらしい。昼間使うと効果もおとなしいものになりかっこいいんだけどな…。
そして悲しいことに、ここでカメラの電池が切れた つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

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あとはiPhoneを使うしかないとなれば暗い条件もズームも考えられない。仕方あるまいと大塚駅前に戻った。雲間に月が上がっていた。これが、私が撮った営業運転をする7000形の最後の写真となった。最後の写真がスマホ。痛恨である_ノ乙(、ン、)_

今後は、車体などを流用して面影を残した7700形8両が引き続き運行されるほか、豊橋鉄道に譲渡された4両はモ3500形を名乗って活躍を続けている。まあいずれにしろ、ついに都電からは完全に吊り掛けモーターの音が消えたのだ。新性能化が成ったとポジティブにとらえるべきところだが、路面電車たるもの、グォーンと低く響く吊り掛け音が代名詞だと思えた古い世代にとっては寂しさもひとしおである。(イノテツ)

| 都電・路面電車 | 02:13 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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祝・大塚駅南口再整備事業完成

加計学園問題、まだやってますね。正直、森友問題の籠池夫妻みたいな濃いキャラクターもいないしつまんねーなと思っていたら出てきました、前川前次官。この人は濃いなw 私が先日、どうせガセだろ( ´,_ゝ`)プッ と書いたあの怪文書が本物だと主張している。それもそのはず、あれを朝日新聞にリークしたのは前川氏本人なのだ。つまり自作自演ってわけだね。朝日以外は胡散臭いので取り合わなかったというのが実際のところのようだ。
加計学園問題の根幹は既得権益や岩盤規制を崩そうとする学園及び愛媛県今治市と、それを守りたい文科省及び獣医師会とのせめぎ合いである。文科省の事務方トップだった前川氏は、それに敗れた。彼は今年はじめ、天下りあっせん問題で辞任したわけだが、まさに既得権益と岩盤規制を体現した人物だったといえるだろう。
規制緩和の観点から学園と今治市についていた民主党(民進党)と朝日新聞が、政局に利用できるとばかりくるりと返した手のひらに地元は怒った。左翼紙とされる地元の愛媛新聞も、今回ばかりは政府側についたようだ。私としても、自分のルーツでもある愛媛県に頑張ってもらいたいと思っている。
で、テレビでは必死で矮小化され、それとこれでは話が別だと擁護されてるのが、例の連れ出しバーの件なわけだね |∀・) まあ確かに話は別だろうが、あれを女性の貧困調査とかかましてしまう人の話を、どれだけ信用できるというのだろう。私がYoutubeに書き込んだコメントを引用して、今回の無駄話枠を終わろうと思う。

>女性の貧困調査のために歌舞伎町に一日おきに通う熱心さの傍、
>一層厳しい状況にある男性の貧困はガン無視というところがポイント
>貧困調査をしたいなら、山谷や釜ヶ崎をまわるべきじゃないのか
>まあいずれにしろ、明らかに厚労省の管轄なわけだがw

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JR大塚駅南口である。長らく続いていた再整備事業がついに完成し、新しくなった駅前広場が供用開始された。バス停及びタクシープールは隣接地に移され、地下駐輪場の出入口と、公園のようなフリースペースになった。山手線の駅前にしては恐ろしく贅沢な土地利用だが、非常時に一時避難場所として活用することを想定しているらしい。ベンチが多く設置されているが、これもきっと非常時にはかまどに転用できるようになっているのだろう。震災を機に、当初の計画が変わっただろうことは想像に難くない。
また、鈴木貫太郎元首相揮毫による「天祖神社」の碑は、より駅近くに移され、以前より見栄えが良くなった。これについては改めて書いてみたいと思っている。

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山手線には29の駅があり、2020年開業予定の泉岳寺(←私の中の仮称)駅を合わせてちょうど30駅となる。大塚駅は、これらの中で最もマイナーな存在だろう。再整備が始まる前は北口南口にそれぞれ小さな駅舎があり、特に南口の木造駅舎は飾り気こそないが、緑の屋根が印象的な好ましい建物だった。21世紀に入っても昭和丸出しだったが、今やこのような立派な駅ビルに建て替わった。ただ、都電の線路を挟んだ商店街は以前のままであり、新旧のコントラストがなんともいえない雰囲気を醸している。

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スクエアでガラス張り、そして木をあしらってみるという、典型的な平成末期デザインは正直好きになれないが、少なくとも南北の行き来がスムーズになったことは歓迎したいし、駅ビル内の店もしばしば利用している。ユニクロとかも入ってて便利だ。でもおかげで電車に乗る機会が減った |∀・) いいんかなJR。

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駅前のほぼ全てが変わった。しばらく時を隔てて再訪した人は、その変貌にたまげることだろう。そんな中、都電の線路だけが変わらずに残っている。
さあ、ぼちぼち暗くなってきたところで、次の展開が見えてきた |∀・)

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近くの100円ローソンで酒とつまみを買い、真新しいベンチに腰を下ろした。行き交う都電を間近に眺めながら呑んだくれるひと時のなんと至福なことか。最高の都電ビュースポットが誕生した。しかも無料。撮影が目的なら他にもたくさんポイントがあるが、ぼんやり眺めるのが目的なら、ダントツここが一番だわ。もちろん、バラと桜が植わっているので、撮り方も色々と試せるだろう。これはいい場所ができたなあ。夕方の涼風に吹かれながら、また缶に口を寄せた。(イノテツ)

| 都電・路面電車 | 01:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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おこがましいデジャヴュ体験

先日中井精也先生の「一日一鉄」(5月28日付)を見ていて、一瞬、あれ? なんで私の写真がこんなところに載っているんだろうと思った。あるいは、悪い写真の例として引かれたのか? しかし、中井先生が私の写真なんかを目にすることはないだろうし、そんなわけはもちろんない。
鎌倉・腰越の満福寺のお地蔵さん越しに江ノ電を撮った写真なのだが、以前、私も同じようなアングルで写真を撮っており、2013年5月30日付の「鉄道日和」で載せている。
こんな写真だ。

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同じ場所で、同じようなアングルで撮れば同じような写真になってしまうだろうから、そのためデジャヴュ感のようなものに襲われたわけだが、しかし、同じような写真といっても、私の写真と中井先生の写真とは、よく見れば明らかに違う。
私のは単なるスナップ写真の域を出ないものだが、先生のはやはりひとつの作品になっている。
これを、一瞬とはいえ、私の写真と勘違いしたのは、おこがましい限りであった。
しかし。写真を見ていて、また鎌倉走りに行きたくなった。
来週半ばくらいには梅雨入りしそうだが、梅雨の晴れ間を見て、6月中に一度行って来ようかと思っている(タラ坊)。

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