きまぐれ 鉄道日和

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定点撮影の難しさ(失われゆく風景番外編)

民進党と希望の党が合流し、国民民主党ができるんだそうだ。分裂した民進党がまた合わさり、看板を掛け替えるわけだ。民主党系の離合集散は当初から繰り返され、それは民主党政権下においてすら止まなかった。だが、新味をアピるこの手法もすでに飽きられ、起死回生策にはなり得ていない。当人たちが「ゼロからのスタート」と言うのも、実際にゼロにまで落ちた支持率(希望の党/毎日新聞2月調査)をネタにした自虐ネタなのかもしれない。
小池百合子都知事が中心になって希望の党が結党されたときは期待したものだった。保守系野党を標榜し、政権交代をも目指したわけだが、党勢拡大策から民進の議員を大量に迎え入れたことで「失望の党」になってしまった。民進議員を左右に仕分けようという構想から、左側は立憲民主党に集結し安定感を見せているが、希望の党に来たのは右側などではなく残りカスだった。民進に右側なんかいなかったことが証明されたわけである('A`)
以前、同じことをしてしくじった例がある。日本維新の会である。現在の維新は国政政党としてはだいぶ小さくなってしまっているが、それでもおかしなのを切り離した結果、きちんと仕事をする野党としての存在感を維持している。数に目がくらんで民主系に手を出すのはもうやめた方がいいってことだ。希望の党は結党メンバーを中心に存続するそうだ。維新とともに、働く野党を目指してほしい。
で、この国民民主党とやらも、相変わらず審議拒否という名の職場放棄をし続けるんだろうか。百田尚樹氏の「邪魔ばかりして仕事せんのなら、もうずっと出てこんでええわ」という発言はいささか極論に過ぎるにしても、国民の冷たい視線を言い表したもののように感じる。

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「失われゆく風景」をテーマに大塚駅前〜鬼子母神前間の都電を撮り始めて10年になるので、今年は本格的に定点撮影をしてみたいと企てており、前回も二組を紹介した。だが、あれは比較的うまくいったやつで、実際の撮影はなかなか難しい。今回は、三組をご覧いただきつつ、その難しさを愚痴ってみようかと思う。

1.思わぬところに構造物ができてしまう
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上・平成20(2008)年12月/下・平成30(2018)年4月

左端を白いライトバンが横断していくところまで合わせてあるこだわりようw 併用軌道化の工事により、インファンド軌道への敷き替えと架線柱のセンターポール化が進んでいる。だが、このセンターポールがばっちり構図の真ん中に立ってしまった('A`) まあ普通、柱はなるべく避けて撮りたいわけであり、これは大変困った。今後は構図を変えるべきなのか、資料としてこう撮り続けるべきなのか。

2.定点に立てない
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上・平成20(2008)年12月/下・平成30(2018)年4月

大塚駅の南口は全てが変わったので、北口にある右端のビルを目印にして撮っている。旧景には懐かしい旧木造駅舎が写っており、旧塗色の都電とともに昭和50年代の雰囲気を醸していた。新景ではバス停が電停近くに移設されている。そんな中で定点は現在生垣になっており、立つことができない。こうした例は多く、かつて撮影ポイントとしたはずの踏切が移動していたりして定点に立てないのだ。一組目で線路の向きが少し違うのも、そんな理由だと思う。

3.そもそも定点がどこだか分かんない('A`)
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上・平成14(2002)年12月/下・平成30(2018)年4月

先ほどの新景で移設されていたバス停は、かつてはここにあった。旧景で路面に「バス停」とペイントしてある辺りが新景で電車が横断している辺りに相当する。つまり、歩道の位置も変わったのだ。隣接していたタクシーだまりは移設され、その場所は、先日紹介した広場になっている。
緑屋根の旧駅舎は立派な駅ビルに建て替わり、位置を合わせる目印がない。かつて大塚のランドマークであり、旧景でも右上に見えている交通新聞社の広告塔。これが建っていた北口のビルも、とうとう先日取り壊されてしまった。定点がつかめず、ちょっとこれでは比較にならないかな。

旧景は普通に撮ればいいのだが、新景はそれを真似っこして撮らなければならない難しさがある。旧景の画像をスマホに入れて持ち歩き、カメラのモニタと見比べながら調整していくのだが、やってみるとなかなか面倒だ。試行錯誤して、よりうまく撮れたら差し替えたりしていきたいと思う。(イノテツ)

| 都電・路面電車 | 07:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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失われゆく風景2018春〜現れた完成予想図

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東池袋大勝軒には思い入れがある。学生の頃から通って行列に並んだ。今や伝説の人となった故・山岸一雄さんがこれまた伝説となったぼっこい店で見せていた手さばき、そして中華そば(当時530円)の味わいを今でも鮮明に思い出すことができる。近所にはオート三輪が出入りし、四半世紀前の当時ですら相当時代がかっていたが、再開発がなった今となっては道筋も変わり、屹立する高層マンションに当時の面影を見出すことはできない。
大塚大勝軒のマスターはそんな山岸御大の直弟子の一人だ。他のお弟子さんたちと比べて御大の歳に近かったため、東池袋での修行時代にも「弟?」とか思っていたが他人だった。ちなみに「息子?」と思っていた一番弟子もやっぱり他人だったが、現在は2代目を名乗る大勝軒の直系である。
とはいえ、より御大の味をしっかり継いだのは、年齢の近い大塚のマスターだった。巣鴨に住み着いた私はこの幸運を喜び通い続けたが、やはり年齢のことがあって体力が続かず、店を小さいハコに移し、さらに営業時間も徐々に縮んでいった。
そして、昨年12月、何の前触れもなく店を閉めてしまった。いやあぁぁぁっ、あたしを置いていかないでっ つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
私のラーメンライフにぽっかり穴が空いた。他にも旨い店はあるけど、やっぱり大勝軒がないとつまんない。今日あたり、気まぐれに復活してねえかなと跡地に足を運んでみたら、本当に復活していたw
嘘ぢゃねえか、都内にも狐が出るのかと撮ったのが冒頭の写真だ。ただ、店に出ているのは若いお兄さんで、なるほど味は少し落ちていた。それでもマスターの味を継ごうという心意気が感じられたのが嬉しかった。今後に期待だ。
お兄さんに訊いたところでは、マスターは店には出ないものの、引き続き関わるという。お兄さんの年齢では、おそらく御大のラーメンを直接食ったことはあるまい。でもその心を、マスターを通じて受け取ってほしい。大勝軒ファンの切なる願いである。

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ときどきやる「失われゆく風景」シリーズは、「雪の日の都電」シリーズに並ぶ定番ネタになってきた。しかも「失われゆく風景」については道路整備・併用軌道化のアナウンスがあって撮影を始めてから今年でちょうど10年。節目になるので、じっくり見ていきたいと思っている。
で、今回は見た目はあんまり面白くないものの、2組の定点撮影をご覧いただきたい。

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上が10年前の12月、下が現在である。どこが変わったか、見比べると結構興味深い。沿線の家屋が立ち退いてビルに建て替わっている。そして踏切が2箇所撤去されている。これは工事中の臨時措置ではなく併用軌道化への工程であり、復活することはない。道はできるが横断しづらくなる。どうだろうね、これは沿線民にとって便利になるのか逆なのか、ちょっと微妙だ。

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もう一組はこれ。同じく10年前と現在の定点撮影だ。もはや線形以外に同定できるものがない。架線柱すら仮のものに建て替わってしまっている。そして二組とも、新しい写真では奥がインファンド軌道に敷き替わっていることにお気づきだろう。

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インファンド軌道については、リンクから調べてみてね。要は路盤をセメントで固め、レールを樹脂で固定する工法なのだが、このシリーズで以前私が言及したように、緑化軌道にも適しているのだった。今回来てみたら、軌道に土が入れられていた。

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で、これが沿線に建設中のマンションの完成予想図。都電の線路が緑化軌道になっているのが分かる。最終的にはこうなるんだね。もちろんこのCGはマンション宣伝用なので、両脇、そして向かいにもビルが立ち並ぶことになり、こんなスッキリした景色にはならない。とはいえ、下町の情緒を今に伝えるとかいわれた路線がこうなるんだと、いよいよ具体的な図として現れたという感じがした。(イノテツ)

| 都電・路面電車 | 05:38 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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平成30年・日本の花見②〜大塚駅周辺と都電

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春を告げる風はいつになく強く吹き、早春の花はたちまち咲いて散っていきました。暦に縛られて生きる人間はそれに翻弄されるばかりです。
画像は、緑が美しい菜の花と葱坊主のおひたし。菜の花は実家近くの川の土手で摘んできたもの、葱坊主は庭の畑で採ったものです。市販されている菜の花はもっと下の茎の方までついていますが、これは贅沢に花の部分のみを採っています。そして葱坊主。これはそもそも市販されるようなものではありませんがネギの蕾です。薄い膜に覆われた小さな蕾の塊で、やがて膜が破れてしけた花を咲かせます。菜の花同様、蕾のうちにおひたしにすると独特の食感を楽しめるのです。菜の花はさっと茹でて、葱坊主はもう少しゆっくりと。食感を活かす茹で時間のみがコツで、あとは普通に水にさらし、からし醤油をぶっかけて出来上がり。まさにこの時季のみ、たちまち過ぎ去っていく春の味覚です。

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今年の桜前線は韋駄天のように駆け抜けていき、都内の染井吉野は3月のうちには散ってしまった。もともと儚いのがウリの桜だが、今年の花期は一層短かったように思う。それを惜しむように今年の私は北上したり山に登ったりして花見には4回出かけた。しかも「桜の樹の下で人と一緒に飲んで食う」という狭義の花見だけで4回。あんたも好きねえ。それというのも、花期が短いにしても天候が穏やかで花見日和が続いたからだった。

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もちろん基本は単独行動の私だから、「ぼんやり歩きながら花を眺める」という広義の花見も繰り返した。ていうか、桜独特の寂寥感を隠し持つ華やかさを味わうには、一人の花見こそが正統なんじゃないかとすら思ってたりする。

JR大塚駅北口を出て左側の坂道を登っていくと、思いのほか立派な桜並木が続いている。これを前景として都電を撮るという試みを毎年しているのだが、うまくいったことがない。どうやら、花と電車に同時に陽が当たる瞬間は存在しないらしい。これは朝に撮影したものだが本来の順光は午後で、電車にも陽が当たる。ただしビルに囲まれているため、花がビルの陰になってしまうのだ('A`) どっちを犠牲にするかといえば電車だろう。逆光に透ける花は輝くように美しい。

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坂道を降り、南口に移動する。昨年5月に新設された駅前広場に、初めて花見のシーズンが訪れたのだ。こうして接写する限り、山手線の駅前とは思えないでしょ?

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駅ビルから見下ろすとこんな感じ。4本の桜の樹の下にはベンチがしつらえてあり、花見にもってこい。今はまだ若木だが、10年くらいすると生長して、さらに素晴らしい絵になることだろう。

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でもまあ正直、車両が切れないように撮りたいとか、人とかぶるのはイヤだとかいうような純粋な撮り鉄向きではないかもね。もちろんそういう撮り方もできるが、むしろここでは、電車を街の景色の構成要素の一つとして捉える方が面白いんじゃないかと思う。

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夜になるとライトアップされてこれまた美しい。ついでに電飾まで灯っているが、これはむしろ要らないかな |∀・)
この広場、なにせ駅前なのでちょっとした休憩に最適で、大変好評のようだ。先日の大雪のときは東南アジア系の外人が雪だるまを作って遊んでいたし、この日も老若男女が酒を片手にそれぞれの軽い花見を楽しんでいた。「ここになんか建てては?」という区民の意見もあったのだが却下され、一見がらんとしたスペースが広がっている。普段は憩いの場だが災害時には避難所となり、違う機能を発揮することだろう。



で、こちらの動画では、動画のフレキシブルさを活かして、スチルだと画面に収まり切らないような花と電車の共演ポイントをパンを使って撮ったりしている。
この時季に合わせて「東京さくらトラム記念号」として運行された9001号車が何度か出てくる。実は最初に出てくるこの広場でのカットだけは4Kで撮影した。まあ、編集段階でフルHDに縮小してしまってはいるのだけど、それでも他のカットよりも綺麗に見える(ような気がする)。昼間の9001が夜に戻ってくる編集は同じ場所で撮影しており、我ながら凝ってるなおいwとか思うのだが、画角が違うので、気付く人は少ないかな。
あと、3種踏切が続くので、全編にわたってピンポンパンポンと警報音がやかましいです。ご了承ください。(イノテツ)

| 都電・路面電車 | 01:43 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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今日は流鉄日和

所要があって松戸まで行ったので、そのついでに久しぶりに流鉄に乗りに行ってきた。
ちょうど桜が満開になった時期でもあったので、桜とからめて流鉄が撮れないかと思い、幸谷駅から線路沿いを歩いた。

幸谷駅近く

歩き始めて間もなく、民家の庭先にきれいに咲いている桜があったものの、日影で少し暗くなってしまっていて残念だった。けれど、ここ以外では、線路から離れたところでは結構咲いているものの、線路沿いにはあまり桜の木はなかった。

ところで、話が変わり、しかも尾籠な話で恐縮ながら、その数日前、内房線の青堀まで出掛けたときもそうだったのだが、今回も歩くうちにトイレに行きたくなり、青堀のときは我慢しているうちに治まったが、今回は小金城趾駅あたりまで歩いてきてどうにも我慢できなくなり、駅のトイレで用を足そうとしたものの駅にトイレがなく、駅員さんに尋ねると、駅務員用のトイレを貸してくれた。無人駅じゃなくてよかった。
そういえば、皇居走っているときも一度、そういうことがあった。
これはなんだろう。少しおかしい。体のなかで何か異変が起こっているのかもしれない。

それはともかく、危機的状況を脱してやれやれとなったところで、あらためて小金城趾駅の跨線橋から写真を撮った。

小金城趾駅

その後、流鉄に乗って終点の流山まで行った。どこか桜とからめて撮れそうなところはないかと車窓を眺めながら探したけれど、結局、なかった。

流山駅

『散歩の達人』の「柏・松戸・流山特集」(2017年10月号)に、流山の古民家カフェが紹介されていたので、そこに寄ろうと流山街道を歩いた。雑誌のマップでは、流山街道から江戸川のほうに少し入ったあたりだったように記憶していたのだが、結局、見付けられなかった。
しかし、流山街道というのは古い構えの建物が多く、そこが、照明具や雑貨の店になっていたり、イタリアンレストランになっていたりしてなかなかお洒落だ。紹介されていた古民家カフェも、そんな一軒だったのだが、行けずに残念だった。帰ってから改めてマップを見て、あゝ、この辺りだったのかと確認できたので、今度行ったときには寄ってみよう(タラ坊)。

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さよなら三江線〜乗って歩く或る一日(2)

浅間山⑦

昨年に続き、三月上旬の軽井沢に一泊し、周辺の山に登ってきました。鬱になって以来、単独登山ができなくなっている私にとって、こうして外に引きずり出してくれる仕事関係の登山グループに入れていただけたのはありがたいことだったりします。まあ、鬱がバレると仕事に差し障るのでメンバーには言えませんがね(-_-)
雪山をやる人は限られてしまうので、今回は元重役と現重役と一業者という3人編成。なんかすごく気を遣いそうなラインナップですが二人とも大変気さくな方だし、私も元々目上の人に気を遣わない典型的一人っ子タイプなので、意外となんとかなってしまうのでした。この写真は(いつの間にか)撮っていただいたもの。写真を趣味にされているだけあって、本当にうまいよね。許可を得ずここに載っけてますが、「年賀状に使え」とのことなので、ブログに使っても問題ないよね |∀・) ワカンを背負った私が見ているのは浅間山。なんか、山頂を目指しそうに見える絵でしょ? ここは小浅間山の山頂。でも浅間山そのものは登山禁止なので、当然この後はさっくり下山しました。

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【前回のあらすじ】
昨年末、三次駅から三江線の424D列車に乗り、石見川本駅に着いた。

424Dを降りると、石見川本の駅前は賑わっていた。地元の人が地元商店街に人を引き込もうと躍起だった。確かに、この場所にこれほど外の人が集まる機会はもう二度とないだろうな。私はしばらく滞在すると駅を後にし、下り方面へ線路沿いを歩き始めた。

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鉄道が廃止される沿線とはどういうものなのか、自分の足で歩いて見てみたかったのだ。山間をゆったり流れる江の川の景色は美しかったが、なるほど田舎だ。三江線に並行する地元のバス停が見えたが平日のみ1往復半のみという絶望的なダイヤ。三江線廃止後は、このバス路線を拡充するのだろうか。

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自分が乗ってきた424Dが化けた426Dを沿線で撮りたかったが見事に失敗。本番に弱いのは変わらんな('A`)
やがて因原駅に歩き着いた。渋い駅舎が残っているが、実質駅舎としては機能しておらず、地元運送会社の事務所になっていた。まあなんでもいいから、残っていてほしい佇まいだった。
で、この写真だ。因原駅の副本線はすでに剥がされており、冬だというのに路盤は草ぼうぼう。地方鉄道の衰えを見せつけてくれる絵だ。その一方、画像の左上に真新しい屋根が見えるだろうか。

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道の駅インフォメーションセンターかわもとである。そう、時代はやっぱり車だよね('A`) 一応「駅」を名乗っているから、こうして鉄道を引き継ぐかのようなD型硬券が販売されている。これを収集してる人も多いようだ。蒐集鉄の私だが、でもなんだかこういうのは複雑な気分だ。鉄道の敗北を認めるようなもんだからね。でもここでお茶っぱとか酒とかを買った。これで一応、川本町に金を落としたことになるのかな。

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さらに次の鹿賀駅まで歩いてしばらく佇み、やってきた429Dに乗って乙原駅まで戻った。行きの列車で初めて見て魅力的な駅だったからだ。山間の日没は早く、下車して間もなく山の向こうに陽が落ちていった。孤独癖な上に鬱の私にとって、廃止を直前に控えながら他に誰もいないこの駅は快適だった。

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小さな待合室には駅ノートがしつらえてあり、私もこう書き込んだ。
>H29.12.30
>いつか来たいと思っていた三江線
>結局こんな時期になってしまいました。
>乙原駅には気まぐれに下りてみました。
>山間の素晴らしい景色。まさに夕日が落ちていきます。
>静か、本当に静かです。 イノテツ

駅ノートっていうのは、ここに来た人たちが、自分が来たということを顕示するために用意されている。昨今は手の込んだイラストを遺していく人も多い。かつては漫画家を目指した私だが、描けば描くほど自分の下手くそっぷりを思い知り、こうしたところに絵を遺すことはなくなった。年をとるということは自分の才能の限界を知ることでもある(;´Д⊂)

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やってきた430Dに乗り、江津に着いた。出雲市方面の山陰本線普通列車にはまだ時間があるので、駅に近いラーメン屋を検索し、ここ、喜楽で夕食をとることにした。店頭に鎮座するプロパンガスボンベが哀愁を誘う店構えながら、味は確かだった。チャーシュー麺大盛り(950円)。これはまた来て食ってみたい逸品だった。でもまあゆかりのない者にとって島根は遠いわな。



で、実はこの動画がメインで、今回の記事は補完するような内容になっているので、合わせてご覧いただけると幸いです。
三江線はいよいよ明日が最終日となる。線形が悪く、需要に応えられなかったために、開業以来一度も黒字を得られなかったローカル線の中のローカル線だが、100kmを超える長大路線の一括廃止は地方公共交通機関の衰退を象徴していることに間違いない。
地方の衰退は文化の多様性の衰退であり、活性化への施策は待った無しだ…と、都区内から書いても説得力はないだろうけど。(イノテツ)

| ローカル線紀行 | 09:05 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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